わんだふる☆わーるど

1/24 第71話 「Rainy Wednsday」

 「ごちそうさま」  「ごちそうさまでした」  朝飯を食べ終え、食後の挨拶をする。  平和だ。  怖いぐらいに平和だ。  まあ、いままではこれが日常だったのだが。  そういえば今日は夢も見なかったな。  単に覚えてないだけかもしれないが。  ちなみに、今日はおれの方が先に起きたので、朝食はシンプルにトースト&コーヒーだったのだ。  正確にはほぼ絵里と同時に起きたのだが。  「おはよう」と挨拶したら「……おはようございます」と一瞬の間を空けて返事が返ってきた。  しかも、何故かちょっと残念そうな顔だったような。  そんなにおれを起こしたいのかね。  で、昨日の如く朝飯を作ろうとする絵里を制止しておれが作ったわけだ。  といってもパン焼いたくらいだが。  さすがに毎朝あんな食事は出来ないからな。  「さて、ちょっと早いがもう学校に行くか」  まあ、今日早く行ったからといって昨日の遅刻が消えるわけではないのだが、なんとなく気分的に。  それに、やっぱ絵里と歩くと人の視線が痛い。  だから人通りの少ない時間帯に登校したいというのもある。  「はい、では行きましょう」  というわけで、おれたちは支度を整えて学校へ向かうことにした。  ドアを開けて外に出ようとすると、  「あ、今日は雨降ってやがるのか」  降り注ぐ雫を見つめてそう呟く。  「傘はどこにあったかな………って絵里?」  おれが傘を探していると、絵里は何事もないように外へと出ていた。  「おい、何やってんだよ!濡れるだろうが!」  「え?大丈夫ですよ?」  と言いながらも玄関に戻ってきた絵里の身体は、なるほど、言葉通りに全く濡れていない。  「大丈夫でも、傘は差してくれ。雨に打たれて濡れてないのはこの世界じゃ有り得ないことなんだ」  そう言って絵里に傘を渡す。  「わかりました」  素直にうなずく絵里。  自分の分の傘も見つけて、学校へと向かう。  その道すがら、おれは絵里に今後のことについて話した。  「なあ、絵里。おれは今日からお前の記憶を取り戻すために何かしようと思うんだ」  「私の記憶、ですか?」  「ああ。そこでだ。絵里が今までに思い出したことは何かないか?」  「え〜と」  立ち止まり、真剣に考え込む絵里。  「……思い出したのとはちょっと違うかもしれないんですけど、ちょっとづつ能力の使い方なんかはわかってきました」  「ケイのこととかは?」  「ケイさんですか?これといって」  ケイよ、お前の妹はこんなことを言っているぞ。  「向こうの世界のことも、全然思い出せないのか?」  「すみません」  急に絵里がしゅんとした顔になる。  「あ、いや、別に絵里が謝ることないんだ。そうだよな。焦ってもしょうがないもんな」  とはいったものの、正直時間がない。  けれど、絵里にあんな顔されたんじゃ強く言えるわけもなく。  「……梓たちにも協力してもらうとするか」  三人寄ればなんとやらというしな。  四人なら効果もアップするだろう。  そんなことを考えながら歩いていると、いつのまにか学校に辿りついていた。
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2/25 第72話 「Iron Chef」

 「おはようっす」  「おはようございます」  おれたちは朝の挨拶を口にしながら教室の扉を開けた。  「って、ありゃ?まだ由美しか来てないのか」  「あ、おはよう聡くん。こんなに早く学校に来るなんて珍しいわね」  パタリ、と読んでいた本を閉じて由美がこちらへと顔を向ける。  ちなみに、由美が読んでいた本にはカバーがかけてあるのでどんな本かは分からないがなんとなく想像がつく。  由美は大人しい顔に似合わず読書の趣味が独特だ。  まあ、それをおれ達に押し付けてくるわけじゃないので別にいいんだけど。  「ああ、さすがに連続で遅刻ってのはマズイだろうからな」  「ただでさえ出席日数ギリギリなのにね」  そう言って由美はクスクスと笑う。  「うっせー。余計なお世話だっつーの。あ、それよりちょうどよかった、由美にちょっと頼みがあるんだ」  今なら教室に誰も居ないしちょうどいい。  「頼み?」  「ああ。おれは今日から本格的に絵里の記憶を取り戻すために何かしようと思うんだ。で、由美にも協力してもらいたいん だけど……」  「そんなの、オッケーに決まってるじゃない。で、まずは何するの?」  「………いや、まずそれから考えてるとこなんだけど」  「要するに一からスタートってわけね。わかったわ。梓ちゃんには私から話しとくわね」  「ああ、よろしく」  と、そんな会話をしているとちらほらと教室に入ってくる生徒が増えてきたんでこの話しはそこまでで打ち切り。  あとは他愛ない世間話でホームルームまで時間を潰した。  「突然だが、またしてもうちのクラスに転校生が入ってくることになった」  この日のホームルームは、本当に突然な桐生先生からの連絡で始まった。  教室は騒然とするのも忘れて呆然とした状態だ。  「まあ、なんだ。とりあえず入ってこい」  そうやって桐生先生が呼んだその転校生は、おれの隣りに座る異邦人と同じ顔をした男だった。  「エ……!」  言いかけて、おれは慌てて言葉を飲みこむ。  そう、転校生とは絵里とケイの父親だというエクス=ワイアールだったんだ。  「ん、どうした氷上?もしかして知り合いか?」  「いえ、そういうわけでは……」  「ああ、そうか。そういや早瀬に似てるもんな、それで驚いたのか。なるほどなるほど」  桐生先生は一人で勝手に納得してくれたようだ。  エクスはそんな先生を無視して勝手に自己紹介を始めた。  「天王寺六三郎たい。こいからよろしゅうしてくんしゃい」  天王寺………六三郎?!  まあ、名前はエクスが自分で決めたんだろうけど、なんで六三郎なんだ?  和の鉄人でも目指してるのか?!  「質問!天王寺くんは九州から引っ越してきたんですか?」  委員長が挙手して質問する。  あ、そういやおれがエクスと初めて会った時にはエクスの言葉はおれにはわからなかった。  けど、今の自己紹介の言葉はクラス全員に聞こえたみたいだ。  なぜか九州弁で。  「出身は九州ばってんが、引っ越してきたとこは別にあっとよ」  ……おいおい。  そんな銀髪の日本人はそうそう居ないと思うぞ。  「へえ、じゃあどこから来たの?」  「おいもよう知らん。各地ば転々てしよったけんが土地の名前とか覚えとらんけんね」  「ふ〜ん」  あからさまに怪しい理由だが、何故かみんな納得しているようだ。  いや、それよりもおかしなことがある。  エクスと絵里はよく似てる。というか瓜二つだ。  なのに、みんなそのことに触れようとしない。  絵里に気遣ってとかそんな感じじゃなくて、まるで、みんなそれを当たり前だと思ってるかのように。  「じゃあ天王寺の席は……う〜ん、波多野の席しか開いてないみたいだな。しょうがないから一時間目はあの席で授業を受 けてくれ」  ちなみに、波多野は今日も風邪で休んでいる。  間がいいのやら悪いのやら、何にせよ気の毒なやつではある。  スタスタとこちらに向かってくるエクス。  まあ波多野の席は絵里の後ろなんだからしょうがないんだが。  ちなみに、波多野の席は非常に狭い。  波多野は細身だからなんとか座れるが、道夫くらいのガタイだと多分座れないだろう。  そんなことを考えているとエクスがおれの横を通り過ぎていった。  すれ違いざまに何かを呟いたみたいだったが、それはおれに向けられたものなのか絵里に向けられたものなのかわからない 言葉だった。
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3/29 第73話 「Secret」

 1時間目の授業(数学)は何事もなく終わった。  そして、休み時間。  普通、転校生の周りには多かれ少なかれ人が寄ってくるもんだと思う。  絵里の時のは、まあ行きすぎかもしれないが。  しかし。  エクスの席には誰も寄っていこうとしない。  別にエクスが「誰も近寄ってくるんじゃないぞコラ」的なオーラを発しているわけではない。  むしろ、九州出身ということでみんな興味があるはずだ。  というわけで、その辺のことを梓に尋ねてみることにした。  「よ、梓」  「ん、なんだサトシ。宿題なら貸さないよ」  「いや、別にそんなんじゃなくてだな。お前、あの転校生のこと気にならないのか?」  俺はちらっとエクスの方を見る。  なんだかジーッと俺を見つめてるような気がするのは気のせいということにしておこう。  「転校生?ああ、天王寺君だっけ?う〜ん、なんていうのかな。なんだか見慣れた顔だからね」  そう言って梓はいつの間にか俺の隣に来ていた絵里の方を見た。  「まあ、確かに絵里そっくりだけど、その辺のことを本人に聞こうとかは思わないのか?」  「別に。世の中には自分と同じ顔の人間が3人は居るっていうじゃない」  いや、そんな問題なのだろうか。  「それより、由美から話は聞いたわよ」  「へ、何の?」  「あのねえ。あんたが由美にこの娘の記憶を取り戻すから手伝ってくれって頼んだんだしょうが」  ビシっと絵里を指差して言う梓。  「ああ、そのことか。っていうか由美の奴いつのまに…」  朝から今まで、梓と由美が接触するような場面はなかったはずだ。  梓と由美の席は結構遠いからな。  「ま、それはさておき実際どうするの?」  おれの疑問はさらっと受け流されてしまった。  「そうだな。まだ道夫には話してないから、昼休みに屋上で飯でも食いながら詳しいことを決めようと思う」  「屋上ってあんた、今日は雨よ?」  しまった。そういやそうだった。  「でも、あんまり教室で大っぴらに相談できるような事でもないしな……ま、とりあえず昼休みに学食に集合ということで」  「オッケ。由美にも伝えておくわね」  こうして、エクスに関する疑問は解明されぬまま1時間目の休み時間は終わった。
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4/29 第74話 「Peace」

 平和だ。  あまりにも平和すぎる。  エクスが転校してきて、一時はどうなることかと思ったが、もう昼休みだというのに何も起こらない。  不気味だ。  かえって不気味だ。  「おい、どうしたんだ聡」  と、あまりの平穏さにしばしぼーっとしていた俺のもとに道夫がやってきた。  「ん、ああちょっと平和についてだな」  「はぁ?なんだそりゃ。それより飯食おうぜ」  「ああ、そうだな。で、どこで食うんだ」  「俺は学食に突撃するつもりなんだが。聡はどうする?」  「そういや今日は弁当持ってきてなかったな。じゃあ、俺も学食で食うとするか。絵里もいいよな?」  「はい」  「あ、あんたたち、学食に行くの?」  「私たちも一緒に食べていい?」  「おう、もちろんだ」  と、いうわけで、おれたちはいつもの面子で学食に向かった。  「ふ〜ん、早瀬さんの記憶をねえ」  おれは、飯を食いながら本格的に絵里の記憶を取り戻しにかかることを道夫に伝えた。  まあ、あまり人に聞かれていいような話ではないが、学食なら雑音も多く、おれらの話に聞き耳立てるような物好きはいない ……いや、一人居たな。  でもまあ、この場にその物好き、天王寺六三郎ことエクスはいないからまあいいか。  「で、具体的に何をするんだ?」  「いや、それをこれから考えるんだよ」  「ここでか?」  「まあ、別に今でもいいんだが、やっぱ学校終わってからおれの家に集まらないか?部活が終わってからでもいいからさ」  そう、今日の授業中ずっと考えていたことだが、やっぱりこういうのは腰を据えてやったほうがいいだろう。  なら、一番落ちつく自分の家でじっくりと考えた方が名案も浮かぶというものだ。  「あたいはいいよ」  「私も」  「構わんぞ」  「いいですよ」  「って、絵里。お前が返事する必要はないんだぞ」  「そうですか…」  なぜかがっくりとうなだれる絵里。  相変わらず謎だ。  「じゃあ、今日の7時にうちに集合っていうことで」  というわけで、“絵里の記憶をなんとかして取り戻そう会議”は今夜うちで開かれることとなった。
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5/27 第75話 「Visitor」

 「起立!礼!」  という委員長の号令の元、今日の授業はHRも含めて全て終了した。  後は家に帰るなり部活に勤しむなり各個人の自由だ。  それにしても、だ。  エクスは今日一日、おれや絵里に何も手を出してこなかった。  まあ、ずっと監視はされてたみたいだが。  「あの、聡さん。そろそろ帰りましょう」  「ああ、そうするか。じゃあ梓、また後でな。部活頑張れよ」  そう梓に告げて、おれと絵里は教室を後にした。  「しっかし、なかなかやまないな、雨」  傘を打つ雨音に少し顔をしかめつつ、おれと絵里は家へと帰っている。  「そうですね。これじゃ洗濯物がたまってしまいます」  などと所帯じみた発言をする絵里。  「そういや絵里。朝聞き損ねたんだが、なんでお前濡れないんだ?」  「う〜ん、自分でもよくわからないんですけど。体質かも」  「体質?じゃあ、水道の水とかでも濡れないのか?」  「いえ、そういうことはありません」  「じゃあ体質じゃないぞ。雨だけを弾くなんて便利な体質があったら、おれが譲ってもらいたいくらいだ」  「そんなに便利ですか?」  「ああ、傘さす必要なくなるしな。……いや、でも荷物は濡れちまうから結局一緒か」  「え、荷物も濡れませんよ。ほら」  そう言って絵里は自分の体から傘を外した。  ………本当に手に持った鞄まで濡れてないぞ。  これで絶対に体質ではないことが確定したわけだ。  よそう。これ以上深く考えても無意味だ。  「わかった。わかったから傘はまたさしてくれ」  「は〜い」  と、そんなやり取りをしている間に家へとたどり着いた。  「ただいま」  「ただいま帰りました」  誰もいないと分かってはいるが、とりあえず挨拶はするおれ。  そしてそれに続く絵里。  「おう。やっと帰ってきたとね」  そしてにこやかに現れるエクス。  ……………って、ぬぅぁにぃ?!  「あんた!一体ここで何やってるんだ?!しかもどうやって中に入った!」  「まあそう怒んしゃんなて。とりあえず家に入らんね」  「じゃあ、お邪魔しま〜す」  「って、絵里も馴染んでるんじゃない!」  ああ、もう何が何やらさっぱりだ。  何より怖いのはエクスの笑顔なのだが。  しっかし、何でこう毎回毎回学校から帰ると、家に人が居るのかねぇ……  本当はおれ、1週間ほど一人で暮らす予定だったんだけども。  まあ、今はそれよりもだ。  いつのまにかリビングでくつろいでるエクスをどうするかが問題なわけで。  「お、やっと来たとね」  「聡さん、遅いですよ」  「……エクス、あんたに一つ聞きたいことがある」  「ん、何ね?」  「あんたの目的は何だ?」  おれは単刀直入にそう聞いた。  「……おいがそいば教ゆって思うとっとね?」  「別に思っちゃいないが、一応聞いとこうと思ってな」  「ふむ。まあ一つだけないば教えてやってもよかばってんが」  一つって、複数の目的があるってことか?  ………なんだか厄介な事になりそうな予感がする。  「じゃあ教えてくれ」  「おいはこの家に住むことにしたけんが。よろ」  はぁ?!  「何考えてるんだあんた?!」  「“よろ”、って何ですか?」  「ああ、“よろ”っていうとは“よろしう頼みまんがなー”ば略した言葉たい」  「なるほど」  「二人しておれをさらっと無視するのはよせ!というか絵里!お前は何とも思わないのか?!」  「はぁ。大勢で暮らしたほうが楽しいと思いますよ?」  だめだ。  絵里は自分の置かれてる立場というものを全くわかっていない。  エクスが絵里にとって危険な男だということも。  「まあ、あんたが嫌がるともようわかっ。おいも絵里ば連れ戻すとば諦めたわけじゃなかけんが」  やはり、そのつもりなのか?  だとしたら…  「ばってん、おいもあんたの事についてあの後詳しく調べてみたったい。そいぎんた、あんたがあの時の男の子やったことの わかったとよ」  へ?  「そいけんが、こっちもそれ相応の対応ばせんぎいかんごとなったけんが、しばらくあんたと一緒に暮らしてみっことにした ったい」  え〜と、あの、話が全然見えてこないんですが……  「ん?あんたのその顔……まさか全然覚えとらんとね?ふむ。まあ無理もなかかもしれんばってんが、そいならそいでよか」  「なあ、おれなんか重要な事とか忘れてるのか?」  「あ、さっき言ったことは聞き流してくんしゃい」  「出来るか!」  あんな物言いされたんじゃあな。  「で、エル。今日の晩御飯はなんね?」  「はい、今日は天麩羅にしようかと思ってます」  「つゆは自家製以外は認めんばい」  「合点承知の助」  そしてあっさり無視されてるし。  というか、それよりも絵里の言動が微妙に変だ。  こうしておれの家に溶け込みかけているエクスを迎えたまま、夕食をとることになったのだった。
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6/29 第76話 「Japanese」

 「うむ。絵里の料理はやっぱいうまかねえ」  「あ、聡さん。おかわりいかがですか?」  「ああ、すまない。ところで、このつゆは何で作ってるんだ」  「ベースはかつおぶしです」  「絵里。醤油ばとってくれんね」  「はい」  「あ、俺にはマヨネーズ………って、何和んでるんだおれは!」  思わずダンと机を叩きつける。  「聡さん、今日の料理はお口にあわなかったですか?」  ちょっと潤んだ瞳でおれを見つめる絵里。  「いや、そういうわけじゃないんだ。天麩羅は美味いから安心していいぞ」  「そりゃそうたい。絵里の料理はこっちじこみやけんねえ」  こっちってどっちだよ。  ってまあ、絵里たちの住んでる世界のことだろうけど。  ちゅうか、それと料理が何の関係があるんだ?  しかも天麩羅って思いっきし和食だぞ。  「というか、それよりもだ。エクス、あんた本気でここに住むつもりなのか?」  「もちろんばい。日本の家賃は高かけんねえ。そいに手続きとかも面倒かし」  ぐむ、なんか妙に生々しい理由を返されてしまった。  「まあいいじゃないですか、聡さん。六三郎さんも悪気があるわけじゃないでしょうし」  ……絵里、何を根拠にそんなことを。  「そうたいそうたい。居候が一人増えるくらいで心の狭かねえ」  そういう問題でもないと思うが。  「そいと絵里。おいのことは“パパ”て呼んでくれんか?」  「それは出来ません」  おお、なんか絵里が笑顔で速攻断ったぞ。  「というかエクス。なんであんたこそ絵里を絵里って呼んでるんだ?」  「郷に入っては郷に従えてゆうけんねえ。こっちで暮らす以上、こっちの呼び方ばせんぎんたいかんやろうけんが」  日本人だ。  外見は完璧北欧系だが、こいつ絶対日本人だよ。  と、そんな事を考えていると玄関から声が聞こえてきた。  「サトシ、居る〜?居なくても上がるけどね〜」  「まあ、部屋の電気はついてたから居ないこともないだろ」  「鍵も開いてたしね」  どうやら梓たちが来たらしい。  「おう、遠慮せんで入ってくんしゃい」  「って、なんであんたが返事してんだよ!」  「もはやここは我が家も同然たい」  悠然とお茶をすすりながらそう答えるエクス。  ったく、なんなんだよこの余裕は。  「あら、天王寺君も来てたの?なんで?」  当然の疑問を口にする梓。  「ああ、そのことなんだが……」  取り敢えず、エクスと絵里の関係などを梓たちに説明することにした。
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7/31 第77話 「Around the table」

 「ふ〜ん、つまり天王寺くんは和の鉄人を倒すべく、修行の途中で立ち寄ったラーメン屋で食い逃げしたサトシに一目ぼれ してここまで追いかけてきたわけね」  「そうそう、そして俺たちは目出度く結ばれ………って全然違う!!」  おれは爆笑問題の田中も恐れをなすくらいの速度で梓につっこんだ。  「そうよ梓ちゃん。ラーメン屋じゃなくて醤油屋さんよ」  「そこで醤油にされそうになってた聡を天王寺が助けたんだよな」  「そうそう、あの時は腰のあたりまで真っ黒に……ってなんでやねん!!」  おれはとても関西人には真似できないような関西弁で二人につっこんだ。  「聡さんはお醤油だったんですね〜」  もはや絵里の天然は無視するしかない。  「おいはやっぱい目玉焼きには醤油よいかは塩やね」  誰もそんなことは聞いちゃいない。  「っていうか、あんたまで乗るな!話しが進まないだろうが!」  「もう、サトシってば付き合い悪いわよ」  「……一人でつっこみに回るのは正直きついんだよ」  5対1では分が悪すぎる。  って、そういうことではなくて。  「そろそろ本題に入っていいか?」  「ま、そろそろね。で、本当は天王寺くんが絵里ちゃんのお父さんで、何を企んでるのかわからないけどサトシの家に住みこ もうとしてる、と。こういうことでしょ?」  「まあそうなんだが。わかってるんなら最初からそう言ってくれ」  「そんなんじゃ面白くないじゃん。ねえ」  「ねえ」  「おう」  「はい」  「うむ」  ……俺が悪いのかよ。  「で、聡くんはどうしたいの?」  由美がおれに聞いてきた。  「どうしたいっていうと?」  「例えば、絵里ちゃんを守るために天王寺くんを亡きものにするとか」  由美、例えが怖すぎるぞ。  「んなこたしねえよ。ただ、ちょっと混乱しててだな。まず、何をするか決めるところから始めよう」  「そんなもん、自己紹介に決まってるじゃない」  「は?」  「サトシと絵里ちゃんはどうだかわからないけど、少なくとも私と由美と道夫の三人は天王寺くんとはほとんど喋ってないんだ から」  そういえばそうだった。  エクスはおれの知る限り、学校では誰とも話してないみたいだったしな。  「じゃあまず私から。私は柳瀬梓。そこのサトシとは腐れ縁の幼馴染みね。趣味は体を動かすこと。以上」  ふむ、梓らしい簡潔な自己紹介だ。  「二番、的場由美。聡くんと梓ちゃん、それに道夫くんとは中学校の頃からの友達なの。趣味は読書。特技は一筆書きです」  相変わらずその特技は謎すぎるぞ、由美。  「んじゃ、前の二人が大まかなことは説明したんで俺は名前だけ。三番、神田道夫」  って、本当に名前だけかい。  「四番、早瀬絵里。本当の名前はエルシオーネ=ワイアール。通称エルです。和食はなんでも大好きです」  「絵里は別にしなくて……って、あれ?」  おれは、そのとき何か妙な違和感を覚えて言葉を止めた。
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8/30 第78話 「Come on sister」

 「どうしたんですか?次は聡さんの番ですよ?」  「ああ、そうか。五番、氷上聡……ってそうじゃなくてだな」  おれはいつもよりちょっぴり冷静なノリツッコミで絵里のボケをかわした。  「絵里、お前さっきはじめて自分から自分のこと話したろ」  「?」  「そういえば、絵里ちゃんって全然自分のこと話さなかったわね」  「まあ、記憶喪失なんだからしょうがないんじゃないの?」  「でも、最近は少しづつ思い出してきたって言ってたぞ」  「そういえばそうですね」  他人事みたいに絵里が言う。  「六番、天王寺六三郎。本名エクス=ワイアール」  「って、あんた!何気に自己紹介続けてどうるすよ?」  「ばってん、次はおいの番やろうが」  「今は自己紹介より絵里のことが先!」  「そいもそうたいね」  あっさり納得するエクス。  「さて、絵里。今わかる範囲でいいから、自分のことで思い出したことを話してみてくれないか」  まずは、現状を把握しておきたい。  「えと、思い出したことって言われても、なんだか良くわからないんですけど……」  「そうね、エルのは普通の記憶喪失ってわけじゃないんだから」  「そうか。まあなんとなくそんな感じはしてたんだが……ってケイ?!いつからそこに!」  「ども、お邪魔してるわ」  「……ねえ、サトシ。この金髪のおねえちゃんは誰?」  あ、そういや梓たちはケイに会ったことなかったんだ。  「どうも〜。聡の伯母です」  「ってこら!そんな微妙な嘘をつくな!」  「聡君、それよりきちんと紹介してくれないかな」  「ああ、そうだな。この人はケイ。似てないけど絵里の姉ちゃんだそうだ」  「ってことは、天王寺の娘ってことか?にしても本当に似てないな」  「天王寺君と絵里ちゃんはそっくりなのにね」  「私は母親似なの」  そういう問題か?  「で、ケイ。今日は何しに来たんだ?」  「ちょっと様子見にね。それと、ちょっと気になることもあったし」
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9/29 第79話 「Turning Point」

 「気になること?」  「そう。エル、あなた自分の誕生日はわかる?」  「えと、7月7日の七夕です」  そういや、あの偽履歴書にもそんなこと書いてあったな。  ってか、エルたちの世界も太陽暦使ってるのはまあいいとして、七夕は日本独特のもんだと思うが……  あ、でも本当は中国かどっかの伝説だったっけ?  「うちの住所は?」  「某県美汐市遥町茜51-05です」  「まてい!それはうちの住所だろうが!」  絵里、いつのまに覚えてたんだ…  「はい、そうですけど?」  「エル、そうじゃなくて私たちの世界での住所のほうよ」  「ああ、そっちですね。……………………です」  ん?  今、なんか不思議な感覚が耳を襲ったぞ?  「まあ、向こうの言語をこっちの世界の人間が理解するのは不可能だと思うから気にしないでちょうだい」  おれが不思議そうな顔をしていると、ケイが説明してくれた。  「で、うちで飼ってるペットの名前は?」  「大五郎です」  なぜに日本語?  「隣りに住んでるジョルジュさんの職業は?」  「槍師です」  どんな仕事だ、そりゃ?!  と、こんな感じでケイは矢継ぎ早に絵里に質問を投げかけていった。  その結果。  「やっぱり、エルの記憶はほとんど修復されてるわ」  「修復?絵里は記憶喪失じゃなかったのか?」  「ええ、私も最初は記憶喪失じゃないかと思ってたんだけど、ちょっと気になって少し調べてみたのよ。そしたら、どうも プロテクトに引っかかってたみたいね」  「プロテクト?」  「そのことについてはおいから話そう」  今までことの成り行きを見守っていたエクスが、そう言ってきた。  その表情は、今まで見せてきた飄々としたものではなく、何か、威厳を感じさせる重いものだった。  「ところで氷上聡、お前は絵里がこっちの世界に来た本当の理由ば知っとっか?」  そういえば。  おれは、ケイから絵里は課外授業でこっちに来たと聞いていただけだ。  別にそれを完全に信じていたわけじゃないが、今まで聞くのを忘れていた。  まあ、絵里はあんな状態だったので聞いても無駄だったろうけど、ケイに聞く機会は何度かあった。  ただ、今ではここに来た理由なんてどうでもいいとすら思えている。  絵里がここに居る。  そのことだけで十分だった。  「いや、知らないし、知りたいとも思わない」  「そうか。ないばもう大丈夫やろう。ここで、最後の封ば解く!」  「父さん!まだ早いわ!」  「確かに早かかもしれんばってん、今しかなかとよ。おいがここにおらるっ時間も残り少なかけんね」  「……それはそうだけど」  なんだ?一体何が起ころうとしてるんだ?  「氷上聡、お前に………託す!」  エクスのその言葉を聞いた刹那、おれの意識は闇へと沈んでいった。
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10/31 第80話 「Truth/SIDE EARTH T」

 「ちょっと、サトシ!どうしたの!天王寺君、サトシに一体何を!」  急に力無く崩れ落ちた聡を見て、梓がエクスに詰め寄る。  「騒ぐな小娘」  今までと全く違う、低く威圧に満ちた声音に、思わず萎縮する梓。  「天王寺、お前一体…」  その、余りの迫力に思わず身構えてしまう道夫。  由美は、咄嗟に道夫の後ろに隠れていた。  「父さん、やりすぎ」  呆れたようにケイが呟く。  「ああ、悪い。こっちの世界の人間には刺激が強かったみたいだな」  「天王寺君、口調が……」  「こっちの方が俺の本来の喋り方だ。封印が解けたことで完全に能力が使えるようになったってわけだ」  「封印?」  「それは……私から説明します」  今まで、じっと黙っていた絵里のかすかな、しかし確かな呟きが部屋の中に響く。  「絵里……ちゃん?」  絵里を見た梓はハッとした。  泣いている。  絵里が、泣いているのだ。  その、絵里の涙をたたえた瞳は、ただ一点、聡だけを見つめていた。  「エル。思い出してしまったのね」  「これで、あとはあいつ次第だ」  「父さん、姉さん、心配かけてごめんなさい。でも、大丈夫。私は聡さんを信じます」  そう言って、ぎゅっと瞳を閉じる絵里。  次に瞳を開いた時、そこにあったのはもう涙ではなく、強い意志の光だった。  「まず、梓さん、由美さん、道夫さん」  「ん、何?」  「どうしたの?」  「なんだ?」  急に姿勢をただした絵里の姿に戸惑いつつも、しっかりと絵里の言葉を受け止めようとする三人。  「今回はこのようなことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」  そう言って、深々と頭を下げる絵里。  「ちょっと、いきなりどうしたのよ」  「これは、本来なら、私と聡さん、いえ、私だけで解決しなければならない問題だったんです」  「どういうこと?」  「ここから、少し昔話におつきあいくださいますか?」  「昔話?」  「エル!あなたまさかあの時のこと全部話すつもりなんじゃ……」  「そうよ、姉さん。この人たちには知る権利があると思うの。いいでしょ、父さん?」  「構わん。ここまで知られた以上、全てを知ってもらったほうが後の手間が省ける」  黙ってエクスたちの会話を聞いていた梓たちだが、会話の端々からただならぬ気配が感じられた。  「な、なんだか大変な話みたいね」  「どうしよう、梓ちゃん。私、なんだか怖くなってきちゃった」  「まあ、なるようにしかならんさ」  「道夫は相変わらずこういったことに淡白ね」  「悪いか」  「私は羨ましいよ」  と、こんなことを小声で話しあっていた三人に、絵里が話しかけてきた。  「では、告げましょう。幼き頃の過ちと、今なお続く罪の螺旋の物語を」
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