わんだふる☆わーるど

10/14 第41話 「School Days T」

 「ねえ、サトシ」  授業終了のチャイムと同時に、左隣の席の梓が声をかけてきた。  「あん?」  「机取りに行くんでしょ?手伝ってあげよーか」  とか言いながら微笑む梓。  むむむ、さっきまでの殺意はどこへいったんだ?  ハッ、まさか、気配を消しておれに近づき、油断したところを一思いにやるつもりなんじゃ……  「サトシってば!」  「ああ、わかってるよ」  な〜んてこと、あるはずねーか。  「けど、わざわざ手伝ってもらうほどのことじゃねーべ?」  「そうだけど。ちょっと聞きたいこととかあるし」  「あ、そういうことね」  やはり、今朝の説明だけでは納得しきれていないようだ。  う〜む、信じてもらえなくても本当のことを話すべきなのだろうか……  「んじゃ、とっとと机と椅子を持ってきますか」  「で、なんで君がここにいるのかな?」  おれは、いつの間にかおれたちの後について来ていた絵里に声をかけた。  「え?いけなかったんですか?」  ……ったく、この娘だけは……  「別に構わないわよ」  口ではそういいつつも、顔には見せかけの笑顔しか浮かんでいない。  もう長い付き合いだし、わかるんだよなーそういうのって。  「絵里ちゃんだっけ?」  「はい」  「あなたサトシの何なの?」  うわ、相変わらず直球勝負なやっちゃなー。  「何って、さっきも言ったけど親戚なんだってば」  「サトシは黙ってる!」  「ハイ……」  うう、こうなった梓にはさからえねー。  梓は絵里を見つめたまま、彼女が口を開くのをじっと待っている。  そういや、こういう場合の対処法までは教えてなかった。  絵里〜、頼むから変なこと言わないでくれよ〜。  「えと、聡さんは、私のマスターです」  おれのその願いは、3秒で早くも崩れ去った。  「マスター?!」  予想通り、梓が素っ頓狂な声をあげる。  まあ、無理もないか。  「はい。つまり私のご主人様なのです」  絵里は、さらに追い討ちをかける。  頼むからもう喋らねーでくれ〜〜!  「ご、ご、ご、ご……」   梓はといえば、判別不能な声をあげながら、おれと絵里を交互に見ていた。  そして、その視線がおれのところで止まる。  「サトシ」  低く抑揚のない声でおれを呼ぶ梓。  やばい。  おれの本能がそう告げたときには、もう手遅れであった。  昔、空手を習っていた、っていうか、今も週に一度は道場に通っている梓の上段回し蹴りは、確実におれのこめかみをとら えていた。  死ぬぞ、おい。  勢い良く床に倒れこむおれの耳には「この変態が〜〜!!」という怒声が飛び込んでくる。  痛む頭をおさえつつ、何事かと出てきた近場のクラスの皆様に愛想笑いで応えながら、おれは絵里を引っ張ってそそくさと その場を後にした。  「大丈夫ですか?」  「まあ、慣れてるからな」  出来れば、慣れたくはなかったんだが……  しかし、中学の頃はよくくらってたけど、高校では始めてだな。あの蹴りは。  それにしても、陸上で脚力を鍛えてるせいか、威力といい鋭さといい、かなり増してたぞ。  そんなどうでもいいことを考えながら、おれは絵里の机と椅子を教室まで運んできたのだった。 
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10/18 第42話 「School Days U」

 さて、問題はこの机をどこに置くかだ。  困ったことにうちのクラスの人数はちょうど40人。  これが多いか少ないのかは知らんが、横5×縦8というふうな机の並びになっているため、空いたスペースがない。  が、  「どうなってんだ?!」  教室に入った瞬間、おれはその異変に気づいた。  そのきれいに埋まっているはずの桝目にぽっかりとスペースが空いていたのだ。  しかもおれの右隣に。  まさか、あそこに席を置けとでも?っていうかそれしか考えられねー。  「おい、道夫」  「ん、どした?」  おれは近くでダチとだべっていた道夫にこうなった理由を聞いた。  「どういうことだ?」  「気にするな。波多野の許可はとってある」  さすが中学時代からの付き合いだ。おれが言いたいことがわかったらしい。が、しかし。  「そういう問題か?」  「いいじゃん別によ。お前と絵里ちゃんは愛より深い絆で繋がってるんだって?」  それまで道夫とだべっていた水原正利が気色の悪い笑みを浮かべて会話に参加してくる。  「……なんだよ、その『愛より深い絆』っていうのは」  「主従関係」  即答する水原。  一瞬、おれはなんのことだかわからなかった。いや、できることならわかりたくなかった。  「道夫、まさかお前……!」  「いや〜、久々に見たぞ、柳瀬の必殺技。なんか、風圧がこっちまできてたけどな。それにしても、お前もよく生きてる よな〜」  なんてことを呑気な顔で答えてくる。  「絵里と梓の会話は……」  「ん?早瀬さんがお前のことを『ご主人様』だって言ってたとこしか聞いてないぞ。それがどうかしたのか?」  だぁ!こいつ、しっかり聞いてやがる。  けど、道夫はあった事実を正確に伝えてるだけで、別におれが悪いというようなことは言ってないだろうしな。  そこが道夫のいいとこだ。  が、周りのヤツらはそんなおれをほっとくほど甘くない。  しかし!この誤解だけは絶対に解いておかなければ、おれの人間としての尊厳が傷つき、まっとうな生き方をさせてもら えなくなってしまう!!!  「道夫、その話しをどのくらいのヤツに話した?」  「ん、今始めて話したんだが……」  「そ、おれも柳瀬さんが女子と話してるのを聞いただけだぜ?」  「梓のやつ……」  これで、クラスの女子全員を敵に回したことがほぼ確定した。  うう、そういえばやけに視線が痛い……  「そんなことより、いつまで机と椅子持ってんだ?もうすぐ休み時間終わっちまうぞ?」  「はっ?!」  道夫に言われて、始めて自分が机と椅子を持ったままだったことに気づく。  そしておれは、観念して自分の席の右隣に席を持っていくことにした。  ちなみに、波多野の席は窓側の一番後ろに移動されていたのだった。  すまん、波多野。  「じゃね、絵里ちゃん」  と、水原がおれの後ろに視線を向けて挨拶をした。  「はい」  そして、後ろから返事が返ってくる。  ……そういや、ずっと居たんだな……  半ば諦めの混じったため息を吐き、おれは机をおれの席の右隣に置いた。  そしてその席に何の疑問も無く座る絵里。  そして、屈託なく席を寄せてくる。  うう、もうどうにでもしてくれ。  そして、2時間目の開始を告げるチャイムが鳴る。  おれは、恐ろしくて左の席に目を移すことが出来なかった。
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10/21 第43話 「School Days V」

 クラス中に浸透してしまった誤解が全く解けないまま、昼休みを告げるチャイムが鳴ってしまった。  ちなみに、2時間目と3時間目の休み時間は絵里を囲む人垣に邪魔されて全く行動できなかった。  う〜む、やっぱり梓には本当のことを話そう。  信じてはくれないだろうけど、変な誤解をされているよりよっぽどましだ。  そう思ったおれは、何時間ぶりにか左の席に目を向けた。  ……いない。  クラス中に目を回してみても、梓の姿を発見することはできなかった。  くそ、あいつ何処へ行きやがった。  と、だれかがおれの腕をくいくいと引っ張っている。  まあ、こんなことをするのはあいつくらいなもんだろう。  「どうした、絵里」  「お食事、食べないんですか?」  「ああ、今はそれどころじゃないんだ。絵里は先に食ってていいから」  「はぁ……でも何を食べればいいのでしょう」  う、そういやおれはいつも学食か購買のパンで済ませてるから弁当なんて用意してるはずもなく。  「おやおや、いきなり放置プレイとはまた高度な……」  にやにやしながら何事かを呟いている水原は無視して、おれは絵里に近づいた。  「道夫!」  「ん、何だ?」  既に弁当を食い終わっていた道夫を呼ぶ。  「絵理を学食か購買まで案内してやってくれないか?」  こういうことを頼めるのは何の詮索もしない道夫か、気配りできて良識のある由美くらいしかいない。  けれど由美は梓と一緒にいるだろうから、必然的に道夫に頼ることになった。  「別に構わんが。お前は飯どうするんだ」  「食ってる場合じゃねーよ」  「そうか。柳瀬なら多分屋上だぞ」  「サンキュ」  道夫からの有力な情報を得て、おれは全力で屋上へと向かった。  居た。  道夫の言った通り、梓は屋上で由美と二人で弁当を食べていた。  ちなみに、うちの高校の屋上は高いフェンスで囲まれているため自由に出入りできる。  ので、梓たち以外にもちらほら屋上で弁当を広げたりしている生徒がいるのだ。  まあ、そんな人たちには目もくれず、おれは梓の前へと一直線に歩みを進めた。  梓も多分気づいているだろうけど、こっちに顔を向けるそぶりも見せない。  たびたび、由美と目があったけど、由美は何も言わずに視線を外すだけだった。  やはり、おれが自分でなんとかしろという合図だろう。  そして、ついにおれは梓の目の前で立ち止まった。  「……何しに来た、変態」  おれの顔を見ようともせず、冷たい声で梓が言い放つ。  く〜、こりゃかなりやっかいそうだぞ。  しかし、ここで負けるわけにはいかない!  おれは大きく息を吸い込んで、梓にこう告げた。  「本当のことを話すよ」  「本当の……こと?」  その言葉が意外だったのか、梓はきょとんとした表情をおれに向けてきた。  「由美にも聞いてて欲しいんだ」  気をきかせて場を離れようとしていた由美をおれは呼びとめた。  梓と由美、それと道夫にだけは本当のことを話しておいたほうがいいと思ったんだ。  「私にも?」  「そう。これから話すことは、すぐには信じられないと思う。けれど、それが事実なんだ。そのことだけは覚えていてほしい」  そしておれは、おれが絵里、いやエルと出会ってから今までの経緯をかいつまんで二人に話すことにした。  
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10/28 第44話 「School Days W」

 「……じゃあ、あの絵里って子は、本当はエルっていう名前で、突然空から降ってきた違う世界の住人で、いきなりサトシに ぶつかってきて、しかも記憶喪失で、一週間だけこの世界で課外授業ってやつを受けてるっていうのね?」  一通り説明を終えたおれに、梓が聞き返してきた。  しかし、あらためて聞くとすごい話だな。  「まあ、そういうことだ」  「で、この話を私に信じろと」  「まあ、信じられないだろうけどな。おれだって、まだ完全に信じてるわけじゃねーし」  けど、浮いてるとことか羽根とか見ちまったからなー。  ありゃ、実物見ないと実感湧いてこないと思うし。  「……信じるよ」  「やっぱ、そうだよな……って、へ?今、なんと言いました?」  「サトシを信じる」  なんか、やけにあっさり信じてくれたな。  「梓ちゃん、いいの?」  隣で由美が心配そうに梓の顔をのぞいている。  って、何を心配してるんだ?  「いい。サトシがあの目をしてるときは本当のことを言ってる時だから」  「“あの目”ってどんな目だよ」  「え〜とね、青色に光ってるんだ」  「ああ、なるほど…って、おれはどこの超生命体だ!」  「あははは」  「ふふふふ」  「おお、やっぱりここにいたのか」  いつのまにか、普段の調子に戻っていた梓たちと、いつも通りのくだらないやりとりをしていると、道夫が絵里を連れて やってきた。  「ん?どうした、道夫」  「いや、早瀬さんがな、どーしてもお前と食べたいらしいんだよ」  「あの、ご迷惑でしたでしょうか?」  道夫の横におずおずとたたずんでいた絵里が申し訳なさそうな声で聞いてくる。  「いや、構わないさ。なあ?」  「絵里ちゃん、一緒に食べましょう」  前とは違う心からの笑顔を浮かべて絵理を誘う梓。  うむ、やっぱり梓はこーでなくっちゃな。  「聡くん、なんだか嬉しそうね」  そんなおれを見て、ニコニコしながら由美が聞いてくる。  由美も梓がいつもの調子に戻って嬉しいんだろう。  「まあ、な」  「ほい、聡」  そう言って道夫がおれにあんパンとハムカツサンドと紙パックのコーヒーが入った袋をおれに投げ渡した。  「何も買ってないんだろ?」  「ああ、サンキュ」  「お礼なら早瀬さんに言うんだな。買ったのは早瀬さんだし」  「え、そうなのか?」  「はい」  笑顔で絵理が答える。  しかし、なんで絵里がおれの定番メニューを知ってたんだ?  まあ、変なもん買われるよりましだから、このさい深くつっこむのはやめとこう。  「サンキュな、絵里」  こうしておれたちは屋上で仲良く昼食をとることになった。  ちなみに、道夫はまた購買で何やら買ってきたらしい。  相変わらず良く食うやつだ。  “チーズジャムパン”を頬張っているあたり、味覚のほうは相変わらず謎だが……  そして、全員の食事が終わった頃、  「そういや柳瀬、さっきまで何で怒ってたんだ?」  と道夫が切り出した。  「もういいのよ、その事は」  「あ、そうだ。道夫くんにもあのこと言っといたほうがいいんじゃない?」  「ああ、そうだな」  おれもそう思っていたところだった。  そこで、おれは梓たちにしたように、絵里のことを説明した。  絵里は自分のことだとわかっているのかいないのか、ただおれの話に耳を傾けているだけだった。  そして、おれが話し終えると、道夫は、  「ふ〜ん、なるほどね」   と言うだけだった。  実にあっさりしたものである。  「相変わらず、リアクションが薄いわね……」  「そう言われてもなあ。宇宙人だろうと地底人だろうと、早瀬さんは早瀬さんなんだろ?それでいいんじゃねーか?」  ある意味、道夫が一番この状況に馴染んでいるのかもしれない。  「というわけで絵里、この3人には本当のことを話したから、困ったことがあったら相談するんだぞ」  と、絵里のほうに顔を向けると、何故か顔を伏せて小刻みに震えていた。  まさか、泣いてるのか?  そう思った瞬間、絵里の背中に、輝く翼がその姿を現した。
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11/4 第45話 「School Days X」

   「綺麗だな……」  絵里の翼を見て、最初にそう言ったのは道夫だった。  「本当……」  「そうね」  続いて由美・梓も同意を示す。  って、ここ屋上じゃねーか!!  もし誰かに見られてたらえらいことになるぞ!  おれは天国のセナも裸足で逃げ出すくらいのスピードで辺りを確認した。  「サトシ、何やってんの?」  「……ふぅ、誰もいないみたいだ」  「当たり前だろ、もう5時間目始まってるし」  涼しい顔で道夫がいう。  「なんだ、そうなのか……って、だめじゃん!おい、教室戻るぞ」  「戻るって、このまま?」  由美がなんだか恥ずかしそうにしてる絵里を指差して聞いてきた。  ああ、そういや羽根が出てるんだった。  「絵里、その羽根は前みたく消せないのか」  「えと、消すことは出来ませんけどしまうことなら出来ます」  「ならさっさとしまってくれ」  「え、でもせっかく皆さんにお披露目したのに……ちょっともったいないです」  「もったいなくない!それにしまわないと教室戻れないだろうが」  「まあいいじゃないか聡。5時間目はサボったってよ」  またこいつはのほほんと言いきりやがる。  「んじゃ、梓はともかく由美は早く戻ったほうがいいぞ」  「ちょっとそれどういう意味よ!」  「ふふっ、いいよ。私もみんなと一緒にいるから」  「おいおい、いくらなんでも5人同時にサボルのはまずくねーか?」  「気にするな」  おれの肩をぽんぽんと叩きながら道夫が言う。  お前はちっとは気にしないと進級できねーぞ。  おれも人のことは言えんが……  「ねえねえ、飛ぶ時ってさ、やっぱりこの翼使うの?」  すっかりくつろぎモードに切り替わっている梓が絵里に質問する。  「いえ、別に翼を使うわけじゃないんです。だから、基本的に翼をしまってても飛べるんですけど、私はまだ飛び方を思い 出してないから飛べないんです」  そういや、ケイもそんなこと言ってたような言ってなかったような……  ん?思い出す?  「絵里、今お前、飛び方を思い出してないとか言ったよな?」  「はい、そうですけど?」  「なら、翼の出し方としまい方は思い出したのか?」  「ええ、つい先ほど」  「もしかして、記憶が戻ったのか?」  「さあ、過去のことはよく分かりませんが、日常的なことはだんだん思い出してきました」  「そうか……」  まだ、完全に記憶を取り戻したわけではないみたいだ。  けど、何の進展もないよりましだ。  「とりあえず、おめでとう」  「はあ」  絵里は何が何やらという顔をしている。  多分、さっき字が読めていたのも、覚えたというよりも思い出したのだろう。  ケイもこっちの字分かるみたいだったしな。  「で、今はどのくらいのこと思い出したんだ」  おれはちょっと気になったので聞いてみた。  絵里の日常的なことってどんなんだろう?  「え〜とですね、まず翼の出し入れでしょ、それから読み書きそろばん、炊事洗濯家事おやじ……………あの」  「……もしかして」  「ギャグ?」  絵里は真っ赤になってうつむいてしまった。
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11/11 第46話 「School Days Y」

 「まあ、それはそれとして、これからどうすんだ?」  場の気まずい雰囲気に臆することなく、道夫が問い掛けてきた。  相変わらず鈍くてマイペースなやつだ。  「どうって?」  「早瀬さんのこと。みんなに隠しとくのか?」  「ああ、お前ら以外には話す気はねーよ。余計な騒動起こしたくねーしな」  「もう十分起こってる気がするんだけど……」  「ということで絵里、おれたち以外には翼を見せるんじゃないぞ」  「はい」  「それから飛んだり消えたりするのも禁止だ」  「はい」  「門限は6時だからな」  「はい」  「……すっかり父親ね」  キーンコーンカーンコーン  5時間目終了のチャイムが響く。  「お、終わったみたいだな」  「結局さぼっちゃったわね」  「まあ、由美は出席余裕なんだから心配ねーべ」  「おれらはギリギリだけどな」  ハッハッハッと豪快な笑い声をあげて道夫が言う。  ちなみに、おれらの中にはおれ以外に梓も含まれている。  ……っていうか、笑えねーぞ道夫。  「あの、そろそろ教室に戻りませんか?」  「ああ、そうだな」  「待て」  「え?」  「その前に羽根をしまっとけ」  「はい」  絵里がうなずくと、一瞬で絵里の背中から翼が消えた。  ちょうどその後、屋上に続く扉が開かれて、生徒がぱらぱらと屋上にやってきだした。  ふー、まさに間一髪ってやつだ。  「でも、不思議よね。あの羽根、どうやって背中から出てきたんだろう」  「……世の中には知らなくていいことがあるってことさ」  「は?」  「なんでもいいから早く戻ろうぜ」  こうしておれたちは屋上を後にした。  6時間目も平和に終わり、残すはHRのみ。  桐生先生のHRは短くて好評だ。おれの中で。  「さて、帰るか……」  「待ちな」  さっさと帰ろうと鞄にのばしたおれの手を、誰かが掴んで制した。  「……なんだよ、梓」  「サトシが握るのはこれさ」  そう言って梓がおれに渡した物は、長い柄の先に、三角に膨らんだ個所から伸びた無数の細い枝状のものが、同じ長さで 切りそろえられている物だった。  つまりホウキだ。  「あんた、今日掃除当番でしょうが」  「え、そうだっけ?」  「とぼけても無駄よ」  雑巾を手にした由美がにこにこしながらおれを見ている。  「観念しろ」  机を運びながら道夫が言う。  「消える飛行機雲〜♪ 追いかけて追いかけて〜♪」  ……何故か絵里が歌いながら嬉々として黒板を拭いている。  「わーったよ。やればいいんだろ」  「うむ、よろしい」  おれ一人ならいくらでも抜け出す方法もあるのだが、絵里はどうせ家までの帰り道知らねーだろうし……って、別に梓たち と帰ってもらえばいいだけじゃん!  むむ、しくじった。  おれは一度引き受けたことはやりとげないと気がすまないのだ。  ので、この日は何故かいつも以上の気合で掃除をしてしまった。  ワックスもかけてないのに床がピカピカだぜ!  「んなわけあるかい!」  「どうしたの、梓ちゃん。誰もボケてないのにいきなり突っ込んで」  「どうせ聡が心の中でボケたんだろ」  「あ、そっか。久しぶりに見たよ。そのコンビネーション」  ……もうなにも言うまい。  こうして掃除を終えたおれたちは帰ることにした。  が、梓は陸上部、由美は新聞部、道夫はサッカー部の練習があるので帰りはおれと絵里の二人きりになってしまった。  そういやあいつら部活やってたんだった。  よかった、さっさと帰らなくて。  「んじゃ、帰りますか」  「はい」
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11/18 第47話 「Back to the home」

 帰り道も、やはりというかなんというかおれ達は注目を浴びていた。  白い髪に制服っちゅうのはやたらと目立つようだ。  朝に比べて人通りも多いため、注目度も倍増していたが、絵里はこれといって気にしていないようだ。  やっぱりぴったりくっついてるし。  「ただいま〜」  おれは誰もいないはずの家の扉を開いて帰宅を告げた。  「あら、遅かったわね」  「ああ、今日は掃除当番に捕まったんだ」  「ふ〜ん」  「ところで、なんであんたがここにいるんだ?」  そう。  家は無人ではなかった。  何故か居間でケイがテレビを見ながらくつろいでいたのだ。  なんか、妙に馴染んでるぞ。  「絵理の報告を聞きにきたのよ」  「報告?」  「聡君、ちゃんとマニュアルは最後まで読んだの?」  「ああ……いや、途中で絵里が触ったら消えちまったんだった!」  「消えた?変ね、そんな仕掛けは作ってないと思うんだけど……」  「あれはやっぱりあんたが作ったのか?」  「ご明察。だって既成のやつってつまんないんだもん」  「おれはつまんなくてもいいから既成のやつが欲しかったぞ」  「本当かしら」  「あの」  今まで黙っていた絵里がおずおずと声をあげた。  「報告って、どうすればいいんですか?」  ちょっと不安そうな表情がうかがえる。  「レポートにして提出するのか?」  「しないわよ、そんなこと。エル、ちょっとこっちきなさい」  絵里は一瞬自分が呼ばれたことに気づかなかったようで、ワンテンポ遅れてケイの側に寄って行った。  「すぐに終わるから……」  そう言って、ケイは自分の唇を絵里の唇と重ねた。  キ、キスっすか?!  女の子同士のキスって始めて見た。  いや、普通のキスもドラマくらいでしか見たことないけどさ。  それにしても、二人のキスはいやらしさを感じさせないくらい、とても綺麗だ。  まるで、時間が止まっているかのように感じたが、実際には5秒くらいで二人はキスを終えていた。  「なるほどねえ……はい、今回の評価はC。寸評『ヒロインなのに出番が少ない』ってところね」  「はぁ、頑張ります」  どうやら報告とやらはすんだようだ。  「ところで、その評価ってのは何だ?やっぱ進級とかに響くのか?」  ちなみに、おれは出席さえ足りれば、成績は中の下なので留年の心配はない。  「う〜ん、こっちのシステムは君たちでいう学校とは全く違うからね。まあ、評価はいいにこしたことはないんだけど。 けど、悪くても別にペナルティがあるわけじゃないのよ」  「そうなのか。ところで、最高はやっぱりAなのか?」  「評価の仕方も人によってまちまちなのよ。とりあえず、私はA・B・Cの三段階評価だけどね」  「う〜む、ならもうちょっと頑張らんとな」  おれは絵里に向けてエールを送った。  なんだか、本当に絵里を育ててるような気になってきたぞ。  「分かりました、聡さん」  「じゃ、報告もすんだことだし私は帰るわ」  「ああ、気をつけてな」  何をどう気をつければいいのかは知らないが。  「ケイさん、さようなら」  「エリに手出したら、すごいわよ」  謎の言葉を残して、ケイは律儀に玄関から去っていった。
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11/25 第48話 「jogging」

 「さてと」  ケイが去った後、俺はふと思った。  これから何しよう?  取り敢えずいつもは家に帰ったらテレビ見たり漫画読んだりゲームしたりしてだらだら過ごしているんだが、絵里が居る のにそんなことで時間を潰すのはなんか勿体ないような気もするしな。  よし、ここは絵里に決めさせるか。  自主性って大事だよな。  「絵里、なにかやりたいことあるか?金のかかること以外は何だって聞いてやるぞ」  「え、本当ですか?」  う、何やらすごく瞳が輝いてるぞ。  なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか……  「ああ、多分な」  「それでは……」  「ハッハッ、ね、楽しい、でしょ?」  「ヒャッヒャッ、いや、苦しい、だけだって」  「ホッホッ、風が、気持ちいい、じゃないですか」  「フヘッフヘッ、それより、そろそろ、休もうぜ」  「ヒュッヒュッ、はい、じゃあ、もう一周したら、休みましょう」  「グヘッ……」  おれ達が何をしているかというと、見てのとおりジョギングだったりする。  いや、ジョギングというよりマラソンのほうが近いな。  なんせもう2時間近く走りっぱなしだ。  途中、見知った顔にも何度か会ったが、声をかける気力もなかった。  もっとも、向こうも表情固めてたけどな。  「はい、到着です」  「フヘ〜〜〜〜〜」  出発地点、つまりおれの家に到着したとき、おれは玄関先に倒れたまましばらく動けなかった。  「10分のインターバルの後、また出発しますよ」  ……絵里、お前はおれに金メダルを取れというのか?  にしても、絵里のほうは全然息があがってない。  あいつの身体は一体どうなってるんだ?  「なあ、絵里」  ようやくひと心地ついたおれは絵里を呼んだ。  「はい。出発ですか?」  「いや、マラソンはもういいって。それより、もうすぐ夕飯にしたいんだけど、また買い物に行くか?」  「あ、もうそんな時間なんですか?わかりました、行きましょう」  「その前に、おれはちょっとシャワー浴びるから」  「じゃあ、私も一緒に……」  「ああ、いい………って、よくないよくないよくないよくない!」  ふう、つい許可するところだった。  「がっくり」  何故か言葉に出して残念さをアピールしている絵里だった。  やはり謎な娘だ。
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12/2 第49話 「hair color」

 シャワーを浴び終えて着替えたおれたちは、一路商店街へと向かった。  その道すがら、  「なあ、今日は何を作るんだ?」  とたずねたところ、  「肉じゃがです」  と、あっさり絵里は返してきた。  肉じゃが……そんな家庭的な料理を作って点数を稼ごうとしてるのか!  って、なんの点数だよ。  そんなことを考えていると、いつのまにか肉屋の前に立っていた。  またもや、既に絵里の手には買ったと思われる肉の入った袋がぶら下がっている。  「また、あの財布使ったのか?」  「はい。あの、いけなかったんでしょうか……」  絵里が悲しそうな顔をする。  「いや、そういうわけじゃないんだが……」  多分、あの不思議な財布はケイが持たせたものだろう。  あんな物を持ってると、なんだか無駄な買い物し放題で教育上よくないとは思うが、絵里にはそんな感覚はないらしい。  まあ、だからケイも絵里に持たせたんだろうけど。  それに、なかったらなかったで、絵里は金も払わずに商品だけ持ちかえるに違いないからな。  悪意はないにしろ、それは立派な犯罪だ。  よし、決定。  おれにはあの財布は開けることができないし、絵里が使う分にはオッケーということにしよう。  「さ、次は何を買うんだ?」  「あ、はい!」  自然に声の調子が明るくなったおれの意識を感じ取ったのか、絵里も明るく返してくれた。  「次は野菜ですね」  「野菜、か〜。またあの八百屋に行くんだよな」  「ええ、あそこが一番品揃えもいいですし」  「ま、いっか。んじゃ、行くとしますか」  「おお、またあんたら来たのか」  店に入った早々、八百屋のおやじが声をかけてきた。  「あらあら、今日は何を作るの?」  そのおやじにつられたのか、おばさんも店の奥から顔を覗かせた。  「えっと、今日は肉じゃがを作ろうと思ってます」  「肉じゃが!……最近の外国の人はそんなものまで作るのか」  「だから!絵里は日本人だって言ってるじゃないですか!!」  予想通り、八百屋のおやじはいまだに絵里を外人と思っていた。  「んなこといってもよう、あの頭は染めてるわけじゃねえんだろ?」  「ええ、地毛ですよ」  微笑んでそう答える絵里。  「……世の中っちゅうもんは不思議なもんよなあ。今日の昼に、あんたと同じような髪の色した男が訪ねてきてな、なんか 言ってたがちんぷんかんぷんでわからなかった。ありゃ、日本語じゃなかったな」  「ええ、それでその男の人は言葉が通じてないのに気づいたのか、いきなりジェスチャーを交えて何かを伝えようとしてた みたいだけど、生憎さっぱりわからなくて……」  「しょうがねえからおれらが『全くわからないから他をあたってくれ』ってジェスチャーで伝えたら、悲しそうにとぼとぼ と立ち去っていっちまったんだ。それを見て、ちょっと悪いことしたかなとか思ったんだが……」  「あ、もしかして、あなたのお知り合いだったんじゃないの?」  「いえ、違うと思いますけど」  「そう。まあ、そうよねえ……」  絵里は違うと答えたが、おれにはなぜか心に引っかかるものを感じていた。  絵里と同じ髪の色……  絵里の髪はいわゆる白に近い銀色なんだが、この色は染めて出せる色じゃない。  しかも、独特の輝きを放っている。  これと同じ髪の色だとすると、絵里と無関係だと思うのは難しい。  「あ、それより会計お願いします」  そう言っておれの思考を途切れさせたのは絵里だった。  しっかし、いつのまにそんな日本語を覚えた?  おれは教えた覚えがないぞ。  あ、思い出したのか。  「ああ、はいはい78円が5点、92円が……」  こうして買い物を済ませ、おれたちは家路についた。
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12/9 第50話 「Who's house?」

 「ただいま〜」  おれは誰もいないはずの家の扉を開いて帰宅を告げた。  「あら、遅かったじゃない」  「ああ、ちょっと八百屋のおやじと話しこんでたんだ」  「ふ〜ん」  「ところで、なんで梓がここにいるんだ?」  「道夫と由美もいるわよ」  いや、そういう問題じゃなくて。  「どうやってドア開けたんだ?」  「合い鍵の隠し場所、そろそろ変えたほうがいいわよ」  「さいですか」  「なあ、早く飯にしようぜ」  道夫が言う。  こいつら、まさかうちで飯食ってくつもりか?  「絵里ちゃん、今日の料理は何なの?」  由美が聞く。  こりゃ決定的だな。  「……なあ、お前ら。どうして絵里が料理できるって思ったんだ?おれはそんなこと一言も言ってないと思うが……」  「なんとなく」  ……三人同時にかえしてきやがった。しかも速攻で。  「まあ、できなかったら出来なかったであたしと由美で作ろうって話してたから」  「俺も手伝うって言ったんだが…」  「それだけはヤメロ!」  音速でおれが答える。  確かに、道夫は料理ができる。はっきり言って得意な方だろう。  ただ、味付けが常人の好みの域を越えている。  あれは地球の外の味としか思えない。  そう言った意味では絵里がどんな反応を示すか見てみたい気もするが、それはさすがに気がひける。  どうやら、味覚はおれたちと同じみたいだし。  「それはともかく、今日の料理って何なんだ?」  「肉じゃがです」  「肉じゃがとは……また家庭的な。憎いねこの!」  道夫がなぜかおれをつつく。  「んじゃ、さっそく作りましょうか。絵里ちゃん、私達も手伝うわよ」  「え、でも……」  「いいからいいから。みんなで作ったほうが早く終わるし、それに、楽しいわよ」  「はい!よろしくお願いします!」  そう言って絵里はペコリと頭を下げた。  そして三人は賑やかに台所へと消えていった。  「暇だな、道夫」  「そうだな」  取り残された感じのおれと道夫は、互いに顔を見合わせた。  「何かやるか?」  「何やるんだよ」  「任せる」  「オーソドックスにトランプでもやるか」  「まあ、たまにはいいか。ちょっと待ってろ」  おれはトランプを取りに自分の部屋へと行った。  なんとかトランプを見つけ出したおれはまたリビングへと戻る。  「ほい」  「……いつも思うんだが、どうしてお前のトランプはこんなにファンシーなんだ?」  「いいじゃねえか、別に。トランプには変わりないんだから」  「それはそうなんだが……」  あんまり物事にこだわらない道夫も気にするとは。  そんなに変か?このトランプの絵柄は。  おれは結構気に入ってるんだけどな。  「で、何やるんだ?」  「二人でやるとなると結構限られてるな」  「7ならべとか」  「そりゃ二人だよ面白くねえべよ」  「ババぬき」  「それも駄目だよな」  「神経衰弱」  「それは出来るが、神経を衰弱させるようなことはしたくない」  「まあ、それもそうだな」  基本的に、二人ともあまり頭脳労働は得意じゃない。  「あと、出来そうなのは……」  「大富豪!」  「それは二人だとどうしよもない……って、絵里!お前いつからそこに?」  いつのまにか、絵里がにこにこしながらおれの隣に座っていた。  「大富豪♪」  「いや、お前、大富豪のルールって知ってるのか?」  そもそも、絵里の世界にトランプってあるのだろうか…  「こら、絵里ちゃん!さぼっちゃ駄目でしょ」  そんな疑問を晴らす機会を得る間もなく、由美が絵里を台所へと連れ戻していった。  「大富豪〜〜」  ……そんなにやりたかったのか、大富豪。  そんなくだらないやりとりを交わしている間に、料理は出来あがったらしい。  「はい、お待たせ〜」  梓が料理を持ってリビングまでやってきた。  「おお、美味そうだな」  「当たり前でしょ、あたしたちが作ったんだから」  「いや、お前がいるから心配だったんだが……」  グボッ!  「…すごい擬音だな、聡」  「あ、梓さん?今、何をなさったのかな?」  「知りたい?」  「いえ、結構です……」  「あの、早く食べないとご飯が冷めちゃいますよ」  おお、絵里がもっともなことを言ってるぞ。  おれ的にプラス1ポイントだ。  「そうだ。早く食べようぜ」  「待って、道夫君。その手に持ってるの何?」  う、由美に先に突っ込まれてしまった。  「……マヨネーズ?」  「ああ、そうだが」  平然と道夫がいう。  「まさか、肉じゃがに入れたりは……」  「そりゃ、するさ」  瞬間、道夫の手からマヨネーズが消え去った。  その消えたマヨネーズはいつのまにか梓の手に収められている。  そして梓が一言。  「禁止」  「……わかったよ」  「じゃあ、聡君、食前の挨拶をよろしく」  「んじゃ、いただきます!」  「いただきま〜す!!!!」

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