わんだふる☆わーるど

 

6/30 第21話 「Reading VI」

   「あ、あの、痛いです……」  「すまない。でも、しばらくこうさせてくれ」  おれの手に彼女の温もりが伝わる。  女の子特有の柔らかい肌の感触を感じつつ、おれは目を閉じてエルを抱きしめ続けた。  「…………?!」  ふと、背後に殺気を感じる。  おれは慌ててエルから離れ、後ろを振り返る。  「誰も、いないよな……」  「あの、どうしたんですか?」  「いや……」  再びエルの方を振り向く。  い、いかん、今ごろになって猛烈に恥ずかしくなってきた。  なんであんなことをしたんだ、おれは?  しかもあの時は何の躊躇もしなかったし。  ま、まさかこれはじいさんの血なのか?  いや、まさかな……。  かなりの恥ずかしさのため、エルの顔を直視できないおれは、気を紛らすためと照れ隠しのために、再びマニュアルに 目を通した。  エルとの距離も若干離れている。  「さてと、ん、なんだ?このプロフィールってのは」  それは、冊子とは別の一枚の紙だった。  そこにはまるで履歴書のように、エルのバストアップの写真と様々な個人情報が書かれていた。  「え〜と、『名前 エルシオーネ=ロイヤルスキー』……嘘くせえ名前。まあ、どうせ偽名だろうけどな」  思った通り、その紙の備考の欄には、「この履歴は向こうの世界でのみ通用する」と書いてあった。  「やっぱりな。『国籍 ロシア』……まあ、日本人離れした顔だけど」  そういって、ちらとエルを覗き見る。  い、いかん、まだ恥ずかしい。  動悸がものすごく激しくなってるぞ。  お、落ち着かないと。  「……性別、女って当たり前か。ん?なんで誕生日がおれと一緒なんだ?現住所もうちになってる……どういうことだ? ………なるほど、ロシアからの留学生ってことになってるのか。ん?待てよ。エル、君って……」  そう言ってエルの方を向いた時、おれはやっとそのことに気づいた。  
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6/30 第22話 「Reading VII」

    「は、羽根が……」  「?どうしたんですか?」  「羽根が消えてる!」  そう、エルの背中からあの立派な羽根が見事に無くなっていた。  いったい、いつから?  おれが彼女を抱きしめた時にはまだ……あれ、あったっけ?  そういえば、この手は羽根の感触など感じていなかったような気がする。  まさか、その時に……  「なあ、なんか背中が妙に軽いとか、やけに涼しいとか、そんなこと感じないか?」  おれはエルに聞いてみた。  「いえ、別に何も感じませんけど……どうかしてんですか?」  「あ、いや、その、エルの後ろにさっきまであった羽根が消えてるもんだからさ。なんかあったんじゃないかな、って」  「そうなんですか。でも、私は何もしてませんし、別に普段と変わったような感じはしませんけど」  「そうか。それなら別にいいんだ」  考えようによってはラッキーだったのかもしれない。  あんな羽根をつけたまま学校にいけるわけがないしな。  災い転じて福となすってやつか?  ちょっと落ち着いたおれは、最初に浮かんだ疑問をエルになげかけた。  「ところで、エルっとロシア語話せるのか?」  「ロシア語?」  「そう、ほら、ボルシチとかエリツィンとか……」  だあ、どっちも名詞だ。  でも、まあ、実際おれが知ってるロシア語なんてこんなもんだ。  本当にロシア語かどうかも怪しいけどな。  「え〜と、多分無理だと思います」  微笑みながらおれに答えるエル。  可愛いから許す!……ってわけにはいかんだろう。  「ロシアからの留学生がロシア語話せなくてどうするんだ?ったく、向こうの世界の奴らは何考えてやがる」  そういっておれは、再び履歴書らしきものに目を通し始めた。  しばらく読み進めていくと、おれの目にその一文が飛び込んできた。  「……ん?『なお、この履歴に矛盾や不都合が生じた場合、マスターはこれを自由に変更することが出来る』……へえ、 便利なもんだ……あ、マスターっておれのことか……てこたあ!」  おれが彼女の履歴を作れるってことか?  まあ、不都合が生じた今は願ってもないことだが、これってかなりやばいことじゃねーのか?  ま、おれが気にすることでもないか。  じゃあ、早速国籍から……って、あれ?  これ、どうやって消せばいいんだ?  消しゴムでは消えないぞ。  う〜ん、なんか特殊な材質で出来てるらしいな。  おれは修正の仕方を求めて、再び履歴書のようなものの隅々にまで目を配った。  
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6/30 第23話 「Reading VIII」

    …………ない。  どこにも修正の仕方など書いてない。  くそっ、一体どうしろってんだ?  今からエルにロシア語でも習わせろっていうのか?  ……ん?待てよ。もしかしたら……  おれはかすかな期待を胸にマニュアルの方を見てみた。  「これか?」  それらしき文が見つかったので、ひとまず安心する。  「なになに?『修正は羽根を用いて行うこと』………………なに〜〜〜〜っ!!!」  「きゃっ?!」  いけね、またエルを驚かせちまったみたいだ。  しかし、羽根だと?  ついさっき消えちまったってーのに、一体どうすりゃいいんだ?  まさか、カラスとかハトとかの羽根でもいいってことはないだろうしな。  途方に暮れたおれはなんだか喉の乾きを覚え、台所に向かった。  「エル、なんか飲むか?」  「いえ、かまいません」  「そうか」  見るとエルの前のコップにはまだたっぷりとジュースが入っていた。  もうぬるくなってるだろうに。  それとも飲む気がないのか?  そんなことを考えながら、おれは自分のコップにコーラを注いだ。  そして、台所から居間に戻る途中、それを見つけた。  「ん、あれは…………もしかして!」  コップを机に置き、駆け寄ったおれの目に飛び込んできたのは、紛れもなく羽根だった。  「そうか、あの時のケイの……よし、これで修正できるぞ」  羽根を手にしたおれは、急いで机に戻り、もう一度よく履歴書のようなものを読み返した。  
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6/30 第24話 「modification」

   「よし、まずは………国籍からだな。とりあえず日本にしとけば問題ないだろう」  おれはさっき手に入れた羽根で、国籍のところを軽くこすってみた。  「お、マジで消えたぞ。すげーな」  ひとしきり感心したあと、おれは羽根の先を国籍の場所におろした。 その時、おれの頭に一つの馬鹿げた考えが浮かんだ。  「……この履歴って、書いたことが事実になるんだよな……。なあ、ここに『M78星雲』って書いてもいいか?」  「え?なんですかそれは?」  「……………ゴメン。やっぱり、日本でいいよな」  「ええ、構いませんけど……」  エルはまだ不思議そうな顔をしている。  しかし、言ってもわからんだろうな。  変身できるようになるかもしれないなんて。  「で、次は………と、国籍が日本なのに留学生ってのはおかしいな。どっかから転校して……って、そうか、そういえば一 週間しかこっちにいないんだ。う〜ん、どうするか……」  困ったぞ。  う〜ん、いい考えが浮かんでこない。  「ま、いっか。転校生ってことにしとくか。あとは、なるようになるさ」  我ながら楽観思考だと思うが、悩んでてもどーしようもねーからな。  「ちゅーことは次は住所か……。やっぱ赤の他人が一緒に住んでちゃおかしいよな。もう、ホームステイっていう手も使え ねーし。遠い親戚っていうのが一番無難かな?」  幸い、うちの両親には兄弟姉妹が多い。  一人くらい親戚が増えてもなんとかごまかせるだろ。  「そうだ、従兄弟の三雄さんってまだ独身だったよな?あの人がロシア人の女の人と結婚したことにして、その子供が結婚 して出来たのがエルってことにしよう」  随分ロシアの血が濃いクウォーターだけど、しょうがないか。  ちなみに、三雄さんというのはうちの親父の一番上の兄さん(親父は末っ子だ)の長男で、うちにはほとんどやってこない。  おれも正月にちょっと会うくらいでまともに話したことは一度もない。  なんだか、うだつのあがらないおっさんだ。  ま、こういうところで役にたったんで、今度会ったら挨拶くらいしておこう。  「さてと、これで大体終わったかな?」  おれはもう一度よく履歴書じみたものは見回した。  「うん、よさげだ。エルも一応目を通してみてくれ」  「はい」  おれはエルにそれを渡した。  すると……  「あら?」  「お、お前、なにやったんだ?!」  エルがそれに触れた瞬間、その紙は跡形もなく消えてしまった。  
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6/30 第25話 「delete」

   「え?」  キョトンとした顔でエルがおれを見返してくる。  ……エルに聞いても無駄っぽいな。  それにしても、エルが触れただけで消えるなんて……一体あの紙は何だったんだ?いや、そもそも紙だったのか?  まあ、難しいことはおれにはよくわからない。  とりあえず何か書いてないかマニュアルでも読んで………って、あれ?  ない。  ない、ない、ない、ないぞ!  なんてことだ、マニュアルまで消えちまってる。  一体どうなってんだ?!  「あ、あの……」  ちょっとパニクってたおれに、エルがおずおずと声をかけてきた。  「ん?なんだ?」  「お腹空きません?」  「はぁ?!」  な、なんと緊迫感のない娘だろう。  「あのなぁ……」  おれはエルをたしなめようとした、しかし、    ぐぅ〜〜〜    おれの腹は真っ先に彼女の意見に同意してしまった。  「ま、まあ、なんだな。そういえばもうすぐ夕飯の時間みたいだし、なんか食べるとするか」  「はい!」  エルは今までで一番嬉しそうな顔をした。  よっぽど腹が減ってたのだろうか?  おれは改めて時計を見てみる。  ……6時ちょい過ぎ。  もうそんな時間になってたのか。  夕飯にはちょっと早いような気もするが、腹も減ってることだしまあちょうどいだろう。  「ところでエル、料理なんて出来るのか?」  「はい、一応……」  「ナイス!!じゃあ、早速なんか作ってみてくれ。台所のやつ勝手に使っていいから」  実際問題、おれは母親がいなくなったことで食い物の危機を感じていた。  おれに料理などできるわけもなく、かといって外食ばかりしていては莫大な食費がかかってしまう。  しかもカップラーメンの買い置きすら底を尽きかけていた。  しかし、これでひとまず安心だ。  「それとも、なにか作りたいものでもあるのか?だったら買い物につき合うぞ」  「はい!じゃあ、買い物に行きましょう」  そういってエルは真っ直ぐ玄関のほうに向かっていった。  
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6/30 第26話 「change her dress」

    「ちょっと待てい」  「はい?」  「その格好で外に出るつもりか?」  「?何か変でしょうか?」  「思いっきり変だ」  そう、いくら羽根が消えたとはいえ、エルの格好がかなり奇抜なのはいうまでもない。  あんな服で外をうろうろされたら。どんな目で見られることやら……  「とりあえず、姉貴の部屋に行って着替えてこい。出かけるのはそれからだ」  「はぁ……」  エルはまだ不思議そうな顔をしていたが、おとなしく2階にある姉貴の部屋へとむかった。  しっかし、エルが料理できて本当に助か……  ん、待てよ?  やっぱり、作るっていっても向こうの料理だろ?  向こうの料理ってどんなんなんだ?  そういや、ケイがあの時言ってたな、  『こっちには色のついた飲み物なんてない』みたいなこと。  ひょっとして、醤油とか酢とかそういった調味料もないってことか?  もっとも、飲み物ではないんだが……  いかん、だんだん不安になってきた。  「あの……」  「ぬぉぁっ!!」  不意に声をかけられたおれは意味不明の言葉を発した。  「どうかしたんですか?」  「いや……それより、もう着替えはすんだのか?」  「はい。でも、これでいいんでしょうか?」  「ん、どれどれ………って、なんじゃそりゃ?!」  エルが着ていた服。  それは、隣町にある超お嬢様高校、土御門女学院の制服だった。  「エ、エル、それをどこで手に入れた?」  「え?どこって、あの箱の中に入ってましたけど?」  ったく、あの箱の送り主(多分ケイだろうけど)は何を考えてるんだ?  「と、とにかく、その服も却下。も一回着替えてくれ」  「はぁ、そうですか」  エルはとぼとぼと歩きながら階段を登っていった。  もしかして、気に入ってたのか?  だとしたら、ちょっと悪いことしちまったかな。  次はちょっと誉めてやるか。  実際、さっきの服も似合ってたし。  でも、エルの場合、何着ても似合うようなきがするな〜。    コツコツコツ……    エルが階段を降りる音が聞こえてきた。  「どれどれ………って、おい!!!」  
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6/30 第27話 「Fetishism」

    「はぁ、なんでしょう」  また、エルはきょとんとした顔をしている。  他意はないらしい。  が……  「はぁ、じゃねーって。なんで水着なんか着てるんだよ。どっかで泳ぐつもりか?」  そう、エルが今身に着けているのは水着だった。  しかもビキニの。  しっかし、よくみるとけっこうボリュームのある胸してるな……  よくここまで育ったもんだ。  お父さんは、お父さんは………  「あ、あの〜」  おれが自分の世界に浸っていると、不審に思ったのかエルが声かけてきた。  「これも駄目ですか?」  「当たり前だ。しっかし、どんな基準で服を選んでるんだ?」  「え?上にあるものからですけど……」  おいおい、そんなことやってたら日が暮れるどころか日が昇っちまうぞ。  「もういい、わかった。おれが選んでやる。けど、その前に………その、なんか羽織っててくれないか」  さすがにおれもそろそろ目のやり場に困っていた。  あんな格好でうろうろされたらどうしても見ちまうしな。  ということで、おれとエルは姉貴の部屋に行った。  そして、おれは適当にシャツを選んでエルに渡した。  「じゃあ、これでも羽織っててくれ」  「わかりました」  それを受け取ったエルはもぞもぞとそれを着はじめた。  「おい、別にボタンまで止める必要は…………っ!!」  そこでおれはやっとそのことに気づいた。  今エルが着ているもの、それ即ち男物の白いYシャツ。  なんてこった、これじゃあさっきよりももっとエッチっぽいじゃないか!  しかし、なんで男物がこの中に?  謎だ。  これは早いとこ服を選ばないとおれの理性がもたないかもしれない。  フェティシズム、恐るべし。  「さあてと、エル、好きな色とかあるか?」  「そうですね〜、あ、温かい色とか好きですね」  ちゅうことは暖色系を揃えてみるか。  春だしな。  「スカートとズボン、どっちがいい?」  「え〜と、スカートでしょうか」  ふんふん。  「で、シックな感じと可愛い系だとどっちにする」  「可愛いほうがいいです」  なるほど。  よし、決まった。  「よし、じゃあこれに着替えてみてくれ」  「はい。わかりました」  そしておれは、姉貴の部屋を後にしエルの着替えを待った。   
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6/30 第28話 「Shopping」

    「お待たせしました」  「うむ」  部屋から出てきたエルをおれは満足気に見つめる。  やっぱ、普通の格好でも可愛いわ。  「んじゃ、行くとしますか」  「?どこに行くんですか?」  「だぁっ!飯の材料買い出しに行くんだろうが!」  「ああ、そうでした」  ………ときどきこの娘がわかんなくなる。  ま、それはそれとして早いとこ出かけんとな。  日が暮れちまう。  そしておれとエルは家を後にした。  「さて、ちょっと聞くのは恐い気もするが一応聞いておこう。何を作る気なんだ?」  「はい、カレーです♪」  「………カレーって、あのカレーか?」  「?カレーはカレーですよ?」  「そうか、そうだよな、ははははは」  「ふふふふふ」  ……笑いあうおれたちの姿は、端から見ると、ちょっと不気味に見えたかもしれない。  しかし、カレーとはある意味意表をつかれた。  まさかそんなメジャーかつスタンダードな料理で攻めてくるとは。  でも、まあカレーだったら多少アレンジしてあっても食えるしな。  まずは一安心といったところか。  「で、どこから回る?米はあるからいいとして………って、おい?!どこに行くんだ!」  エルはおれの叫びを無視してどこかを目指し、小走りに駆けて行った。  ………おい。  小走りのくせに無茶苦茶速いのは気のせいか?  おれは慌ててエルの後を追った。  エルは肉屋の前にいた。  しかも既に買い物をすませたらしく、手にはビニール袋を持っている。  ん?買い物?  そういや、おれはエルに金なんて渡してねーぞ。  どうやって買ったんだ??  「おい、ちゃんと金払ったんだろうな?」  おれはエルに小声で聞いてみた。  「当たり前です」  何故かエルも小声で返してくる。  それにしても、本当に記憶を失ってるのか?  なんだかそっちの方が疑問だ。  っと、その前に。  「エル、お前金なんて持ってたのか?」  「ええ、ポケットの中にこのようなものが……」  と、エルがポケットの中から財布らしきものを取り出した。  「ふ〜ん、どれどれ……」  おれはそれをエルから受け取り、中身を調べようとしてそれを開こうとした。  が、開かない。  「……なんじゃこりゃあ?!」  突然の大きな声に、周りの視線が一瞬おれに集まる。  た、耐えろ、耐えるんだ。  ここは何事もなかったかのように振る舞うのが一番の得策だ。  ………作戦成功。  おれを捉えていた好奇の視線は、もとの雑踏へと消え去っていった。  
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6/30 第29話 「HOMETOWN」

   おれはその財布のようなものについて深く考えることを諦めた。  「世の中は不思議だらけだぞ、京極堂よ」  「?」  おれは自分でもわけのわからないことを呟いていた。  「なんでもない。ところで、何を買ったんだ?」  「え〜と、豚肉を500gです」  「ふ〜ん、豚か」  そういや、うちはカレーには牛肉を使っていたような気がする。  しかし、なんとかまともな食い物にありつけそうなので、おれは肉の種類など気にしなかった。  「さて、次はどこに行く?やっぱ、肉の次は野菜か?」  「そうですね」  「んじゃ、行きますか」  おれとエルは八百屋を目指した。  そういえば、うちの近所には大型スーパーというものがない。  郊外に行けばあることにはあるが、とても歩いて行ける距離ではない。  よって、この商店街は昔ほどではないが、それなりの活気は保っていた。  「へい、いらっしゃ………い?!」  店に入ってきたおれらを見て近づいてきた八百屋のおやじが一瞬固まった。  その視線の先は明らかにエルをとらえている。  「……かあちゃん、かあちゃん!」  かと思うと、おやじは叫びながら店の奥へと消えていった。  「?なんなんでしょう?」  「さあな」  おれとエルは互いに顔を見合わせた。  「なんだい、あなた騒々しいね」  「かあちゃん、ちょっときてくれよ!」  「一体どうしたってんだい?」  「いいからいいから!」  「まったく、しょうがないわね」  店の奥から聞こえてくる、どこかのアニメのような会話を耳の端にとらえつつ、おれたちはカレーの具を物色していた。  にんじん、じゃがいも、たまねぎ、ブロッコリー、トマト、きゅうり、白菜、キャベツ……って、これ全部カレーに入れる つもりか?  いや、盛りつけとかそえるだけとか……  まあいい、ここはエルにおれの運命をあずけよう。  一通り野菜を選び終え、おれたちはレジに向かった。  レジにはさっきのおやじと、その奥さんらしき人がたっていた。  「あら、まあ、ほんとだわ……」  「な、だから言ったろ?」  おやじは満面の笑みを浮かべ、おばさんはあんぐりと口を開けている。  なんなんだこの人らは?  そして、エルがレジに近づいていくと、おやじは意を決したように口を開いた。  「きゃ、きゃんゆーすぴーくいんぐりっしゅ?」  そうか、おやじはエルのことを外人だと思ったんだな。  しかし、もてる英語の力を総動員して使ったのであろう英語はエルに『あなたは英語を話せますか?』と問いかけていた。  ……哀れな。  しかし、そんなに外人が珍しいかね〜。  まあ、エルは外人ですらないんだが。  やはりこの商店街は時代が一つずれているようだ。  それはそれとして……  「おやじさん、おれたちこれ買いたいんだけど……」  そういっておれはエルが持っていた買い物かごをおやじの前に差し出した。  「おおそうだったな、すまねえ。ところで、そこの嬢ちゃんの国はどこでい?」  「え?」  「出身よ、出身」  「え〜と、福島ですけど……」  「なに〜〜!!」「なんと!!」「なんですって!」  おやじ、おばさん、そしておれの3人は見事にシンクロして叫んでいた。  
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6/30 第30話 「at home」

    「福島って、おめぇ、あの福島か?」  「それとも、福島っていう島かしら……」  おやじとおばさんは明らかに動揺している。  「もしかして、福島正則の子孫とか?」  いかん、おれも動揺してるようだ。  そういや、国籍の欄に日本って書いただけで、どこ出身かなんて書いてないぞ。  まさか、エルが自分で決めたのか?!  と、とにかく、おやじとおばさんを落ち着かせよう。  「え〜と、この娘はおれの親戚で、こんな格好してるけどれっきとした日本人なんですよ」  「とてもそうは見えね〜がよ」  「まあ、日本人とは言ってもクウォーターですから」  「くうぉーたー?かあちゃん、わかるか?」  「いいえ」  「……クウォーターっていうのは、ハーフの子供のことです」  「ほう、こりゃいいこと聞いた。ところで、お嬢ちゃん、名前はなんて言うんだい?」  「はい、エ……」  「絵里です」  おれは、エルが答えるよりも早くおやじの問いに反応していた。  「この娘の名前は早瀬絵里。わかりましたか?」  「あ、ああ。なにもそんなに力まなくとも……」  「絵里もわかったな?お前は絵里だからな」  「はい、わかりました」  「??」  おやじとおばさんが明らかに疑問符のこもった目でおれたちを見ている。  ここはさっさと会計をすませてどっかに行ったほうがよさそうだ。  「それよりおじさん、これ買いたいんだけど」  「ああ、そうだったな。すまねえ」  おやじが慣れた手つきでレジを打つ。  今度はおれが自分の財布から金を払い、八百屋を後にした。  「あの〜」  商店街を歩いていると、エルが声をかけてきた。  「ん、なんだ?」  「絵里って誰ですか?」  「ああ、あの事か。君はもう日本人だからね、エルっていう名前じゃちょっとって思ったから変えておいたんだ。 ……ひょっとして、嫌?」  「いえ、素敵な名前だと思います!」  「そ、そうか?はははは……」  そこまで力強く言われると、なんだか照れくさい。  そしておれたちは、必要なものをあらかた買い揃えて家路へとついた。  「ただいま〜……って、誰もいないのについ言ってしまう」  「?わたしがいますけど?」  「……気にしないでくれ」  おれたちは買ってきた代物を台所に運んだ。  「何か手伝うこととかあるか?」  「いえ、そのへんでくつろいでいてください」  「そうか………ん?そういえば、エル、おれの名前って知ってるか?」  「え?」  聞かれてエルは急に真剣な表情になる。  しばらくして、がっくりと肩を落とし、  「申し訳ございません〜っ」  と、本当にすまなさそうな顔で謝ってきた。  「いや、そんなに謝られてもこっちが困るんだけど……第一、名乗ってなかったおれも悪いんだし。じゃあ、改めて。おれは 氷上聡。聡って呼んでくれ。大体ダチからはそう呼ばれてるからな」  「聡……さまですか?」  「ぐっ!さ、さまはこっ恥ずかしいからやめてくれ。呼び捨てで構わないって」  「では、聡さん」  聞いちゃいねー。  「………わかった。それでいい」  「はい。聡さん、すぐに料理を作りますからもう少しお待ちになってください」  そう言ってエルは軽い足取りで台所へ向かった。  「……結構いいもんだな、こういうのも」  「ごちそうさまでした〜」  「どうでした?」  エルが恐る恐るおれに聞いてきた。  「……点だ」  「え?」  「いや、100点満点中の120点だ〜〜!!!」  おれは思わず叫んでいた。  それほどまでにエルの料理はうまかった。  今までに食ったどんな料理よりも。  例え三星レストランのシェフといえども、ここまでおれの好みを的確に捉えた味は出せないだろう。  おれはその日、カレーを7杯もおかわりするという偉業を成し遂げていた。  そして、ゆっくりと時は流れ……  「さてと、エル、お前先に風呂に入るか?」  「え?いいんですか?」  「ああ。おれはもうちょっとこれやってるから」  おれは目の前に繰り広げられているジグソーパズルを指さした。  「わかりました。じゃあ、お先に」  「ちゃんと姉貴の部屋から着替え持ってけよ」  「あ!そうでした」  やれやれ、世話の焼けることだ。  おれは末っ子だからよくわかんないけど、妹ってあんな感じだろうか。  はかなげで、頼りなくて、つい守ってしまいたくなるそんな存在。  そして耳に響くこのシャワーの音……って、何考えてるんだよ、おれは!  しかし、男なら当然の雑念か。  男って悲しい。クスン。  そんな雑念とおれが戦っていると、いつの間にかエルが風呂からあがっていた。  風呂あがりってなんだか色っぽい……  「?どうしたんですか?」  「あ、いや、ははははは……」  「?」  言えねーやな、つい見とれてたなんてさ。  「さて、おれも風呂に入るとするか」  「はい、お気をつけて」  「?気をつけるって、風呂にいくだけだぞ?」  しかし、何に気をつければいいのかは、風呂場にいったらすぐにわかった。  「なんじゃこの湯気は〜〜!!しかも、湯船の湯、さっきまで沸騰してましたって感じでくすぶってやがる」  もしかして、エルってこれに入ったのか?  異世界の住人、恐るべし……  結局おれはシャワーだけを浴びて風呂場を後にした。  熱湯風呂のことは恐くてエルに聞くことが出来なかった。  風呂からあがったおれは、この世界の基本的な知識をエルに教えた。  エルは熱心に聞いていたが、どのくらい理解しているかは不明だ。  まあ、あとは実践あるのみだろう。  百聞は一見にしかずっていうしな。  「んじゃ、明日は学校だし、今日はこのくらいにしてもう寝ようぜ」  「そうですか……もう少しお話していたかったのですが……」  「おいおい、エルも明日学校にいくんだぜ?」  「あ、そうでしたね」  「じゃ、おやすみ〜」  そう言っておれは自分の部屋に向かった。  「おやすみなさいませ」  「………って、なんでついてくるのかな、君は?」  「え?一緒に寝ようかと思いまして」  ……ときどきとんでもないこと言い出すな、この娘は。  「駄目。ちゃんと姉貴の部屋で寝るんだ」  「はぁい」  ちょっとつまらなさそうな顔をした後、エルはとぼとぼと姉貴の部屋へとむかった。  「聡さん、おやすみなさい」  「ああ、おやすみ」  おれたちは部屋に入る前にもう一度挨拶を交わしてから、自分の部屋に入った。  「何を考えてるんだ?あいつは」  おれは、ベッドの中で色んなことを考えようとした。  しかし、おれにはベッドに入ると3秒で寝るという特技があるために、すぐに爆睡していて、何も考えることなどできな かった。  

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