遥かな昔にこの世界で起こったという、神界と魔界の代理戦争『神魔大戦』。
 様々な伝承や吟遊詩人によって歌い継がれる英雄譚により、それは神の勝利で終結したという。
 だが、真実を知るものはなく。
 知らずとも、人はそれから悠久の時を過ごしてきた。
 再びこの世界で神と魔がせめぎあう時が来るとは想像すら出来ずに。





 とはいうものの。
 やっぱり世界は至って平和で。
 過去にそんな大戦が起こったことを知る者さえほとんどいなくなってるのが現状で。
 三界を繋ぐ“門”がその大戦の残滓だということさえ、一部の“クローザー”しか知らないのがこの世界の実情なのである。
 そんな“クローザー”の一人であるホクト。
 彼と彼の仲間たちはいずれ世界の“鍵”となる存在なのだが。
 今はまだ世界の“欠片”にしかすぎない。
 それでは、物語のはじまりはじまり。






World of Legend

 「やっぱ、足りねぇよなぁ」  机に突っ伏して、ふか〜いため息をつく。  そして再び、目の前に置いた銭の入った皮袋を右手に持って上げてみる。  ……軽いぜコンチクショウ。  「なにやってんのホクト?」  「おお、リューか。ちょうどいいとこに来たな」  ノックなしで入ってくるのはいつものことなので敢えて気にしない。  というかここ宿屋の二人部屋で、俺とリューの部屋だしな。  「なになに?」  てくてくと歩いてくるリュー。  童顔、女顔で小柄なリューのそんな姿は子犬を連想させるのだが。  これで自分の身長より長い大剣を平気で振り回すパワーファイターというのだから世の中間違っている。  とんだ狼だ。  「とりあえずお前今日から断食ね」  「首刎ねていい?」  「いや、お前の笑顔は非常に本気なので今回は勘弁してやろう」  「なんか微妙に偉そうだけど、まあいいや」  「いやまあ、さっきのは冗談としても、もうちょっと食う量減らせないのか?」  そうなのだ。  リューは小柄で華奢なくせに大食漢なのだ。  まあ、戦ってる姿を見ればそれも納得できるのだが、普段のこいつしか見てないのならば到底想像できないだろう。  「えー無理だよー」  そしてあっさりと拒否されてしまった。  「でもまたどうして急に?」  「いやな、どう考えても足りねーんだよ」  そういって皮袋をぽんぽんと手で弄んでみる。  「もしかして、路銀?」  「もしかしなくてもそうだ」  「なら、ヒビキに借りれば?」  「それが出来れば苦労はしねーよ」  ヒビキというのは、一応俺らの仲間の占術師だ。  色んな町で占いをやっていたようだが、ふとしたきっかけで俺たちと同行することになった。  ちなみに今もこの町のどこかで占いをやってることだろう。  「それもそうだね」  二人同時にため息をつく。  普通、パーティーの財布は一まとめにするのが主流だが。  個別に収入のある場合は財布が別でも別におかしくはない。  それでも、パーティーの苦境にはなんらかの融資をするのが仲間ってものだと思うが、ヒビキにそれは望めない。  なにせヤツは守銭奴だからな。  しかもかなりの大金を稼いでると思われる。  突然だが、ヒビキは嘘つきだ。  まあ、占術師なんてのはそもそも詐欺師と紙一重の職なわけだが。  どういうわけだかわからんが、ヒビキの嘘は半々くらいの確率で「本当」のことになってしまうのである。  そういうわけで、ヒビキの占いはどこの町でも大盛況というわけだ。  にしても、それは既に「占い」の粋を脱してると思うのだが。  それすらも嘘ということになるのか。  世の中は不公平だ。  「じゃあさ、私が稼いであげよっか?」  いつの間にやってきたのか、ミカが俺の頭上で偉そうに踏ん反り返っている。  人間の姿をそのままぐぐっとちっちゃくして背中に4枚の羽を生やしたミカは、いわゆるフェアリーである。  「却下」  とりあえず、その提案は即座に棄却。  だいたい考えてることわかるしな。  「えー、なんでよー」  「ミカはどうやって稼ぐつもりなの?」  「もちろん、歌」  おーおー、リューも笑顔のまま見事に固まってるねぇ。  「な、だから言ったろ」  「うん、聞くだけ野暮だったね」  「だからー、なんでそうなるわけ!」  「じゃあ聞くが、お前、本当に歌で稼げると思ってるのか?」  「ぐぶっ!ま、まあ、近い将来ということで」  一般的には、フェアリーが吟遊詩人として生計をたてるのは珍しいことではない。  というか、スタンダードだ。  もともとフェアリーは声もいいし、歌う姿も愛くるしいので人気があるのだ。  だが、ミカの場合はそうはいかない。  なにしろ、超ド級の音痴なのだから。  まあ、本人にその自覚があって、声質そのものはいいのでまだ救いがあるのだが。  「俺らは今すぐに金がいるの」  「あのー、私に何かお手伝いできることはあるのでしょうか?」  「いや、リムルは何もしなくていいから」  「ほえー」  というか、いつの間に部屋に入って来てたんだ?  最近は音もなく部屋に忍び込むのが流行なのか?  んなこたないか。  で、このほえー、としてる女の子が修道士見習いのリムル。  実は俺たちは、このリムルを首都の修道院まで送り届ける旅の途中だったりする。  というわけで、彼女はいわゆる“お客様”なので、働く必要はない。  というか、何かすると何かが起こる典型的なトラブルメーカーなので、何かさせてはいけなかったりする。  しかも天然のおまけつき。  「ほえー」  「ほらリムル、いつまでもほえーっとしてないの!」  「ほえ?」  ミカが別の世界へ旅立っていたリムルを連れ戻す。  「それでは、私は何をすればよいのですか?」  そしてまた振り出しに戻った。  「やれやれ。やっぱあれしかないのか」  「しょうがないよ。いつもの事だし」  「んじゃ、いっちょ冒険しますか」
次回予告

 「だ〜ま〜さ〜れ〜た!!」  手にしたダガーで、うじゃうじゃと押し寄せるゾンビを払いながら悪態をつく。  「ったく、これのどこが簡単なクエストなんだよ!あのタヌキ親父め!」  「まあ、タヌキってよりキツネっぽい顔だったけどね」  などと軽口を叩きながらも、バスターソードをぐるぐると振り回しているリュー。  文字通り振り回しているので、今リューに近づくのは危険だ。  「がんばれ〜、負けんな〜♪」  「ミカは歌うな!!」  時折聞こえてくる脱力ソングを牽制しつつ、一匹一匹仕留める。  「どうでもいいけどホクト。別に私たち騙されてなんかいないわよ」  涼しげな顔でヒビキがそんなことを言う。  ヒビキの職業は占術師だが、冒険者としての役職は高位の魔導士だったりする。  で、その魔導士に限らず、ある一定以上のレベルの「魔法使い」は自然と自分の周りに障壁を巡らせるため、ゾンビくらいの敵 に狙われることはない。  というわけで、ヒビキは俺たちの戦いを黙ってみているのだが。  「それってどういう意味だよ?つーかその前にちったぁ加勢しろ!」  「疲れるからイヤ」  コンマ3秒も待たずに拒否されてしまった。  「えいっ、えいっ、えいっ!」  「だぁっ、リムルは無理して戦わなくていいから!大体その杖は殴り用じゃないんだから攻撃力は皆無なの」  「ほえー」  ちなみに、一応“クローザー”である俺にも、当然障壁は存在する。  が、リムルを守るために、意図的に障壁を解除してゾンビを引き寄せているのだ。  もっとも、修道士見習いのリムルには、まだゾンビを撃退する術がないので、結局俺が二人分働いているのだが。  「ったく、なんでここが危険度Eのダンジョンなんだ?!」  「そうそう、ホクト、そこが間違ってるのよ」  「は?」  「ここね、あなたが貰った地図にあるダンジョンじゃないから」  「なんですとー!!」
くえすとT フラムの聖洞 その1
 辺境の町クルード。  それが、今俺たちが居る町の名前だ。  どれくらいの辺境かというと、王都ジャニスまで全て歩くと一年なんてあっという間に過ぎ去るだろうくらいの辺境だ。  ってか、よくこんなとこまで来たな、俺。  まあ、歩く以外にもいくつも移動手段はありはするが、俺はわけあって王都からここまで歩いてやってきたのだ。  しかも、最初は気ままな一人旅だったものの、気がつけばなぜか大所帯になってしまっている。  なぜだ?  「いや、私に聞かれても」  「ん、別にミカには何も言ってないが?」  「な〜んか、目が問いかけてたけど」  フェアリーのミカ。  旅の序盤で出会ってから行動を共にしているせいか、だいぶ俺の思考パターンを読まれるようになってきた。  まあそれはどうでもいい話だが。  「それでホクト、当面はどれくらいお金がいるの?」  「そうだな……」  俺は頭の中で王国の地図を思い描く。  ここは王国の最北端と言っていいクルード。さらに北に進むと隣国シャンゼリオンの国境を突破してしまうのでとってもデンジ ャーだ。あそこは軍事国家なので不法侵入者は問答無用でやられるだろう。  それに最近なんだかクーデターとかなんかであの国そのものが危険だからな。  で、俺たちが目指している王都ジャニスはというと、そこは王国の最南端。  というわけで、俺たちは結果的に王国縦断の旅に出ることになったというわけだ。  「せめてゲートが使えれば楽なんだけどねぇ」  そう言って、リューがはぁとため息をつく。  ゲートというのは、町と町とを一瞬にして行き来できる魔法のことである。  魔法とは言っても、人が使用するわけではなく、その魔法が仕掛けられた場所に立つと、あらかじめ指定されていた場所に飛ば されるというものだ  町ごとに指定されている場所は異なるが、大抵どの町からも王都には飛べるようになっている。  もちろんここクルードも例外ではない。  だが。  「それは駄目です。それだと試練になりませんから」  ふふ〜ん、と鼻歌を歌うようにリムルが言う。  「ったく、なんで大司教さまはそんな面倒な試練を与えたのかねぇ」  さま、の部分を殊更強調していう。  さらに心の中で、「あのハゲ親父が!」と悪態をついておく。  聖サイフォン修道院の最高位である大司教ラゴスとは知らない仲じゃない。  というか飲み仲間だし。  そういや、あの親父のお気に入りの見習いの娘がいるとは聞いていたが、それがリムルだったとは。  可愛い子には旅をさせろとは言うが、可愛がりすぎだろ、これは。  「で、結局いくらぐらい稼げばいいの?」  今まで黙って歩いていたヒビキが話を元に戻す。  「そうだな……とりあえず最寄の都市、シェイプスまで行こうと思う」  「とすると歩いて一週間ってとこだねー。なんだ、意外と近いじゃん」  ミカが俺の頭上を回りながら呟いた。  「なら、別に今の路銀でも足りるんじゃない?それに、クローザーって結構給料いいんでしょ?」  「ま、そういうなよ、リュー。確かに給料は結構な額入ってくるが、そのほとんどを食い潰しているのはどこのどなたさんでし たかな?」  「スミマセン」  とりあえず、リューにも自分の食費が莫大であることの自覚はあるようだ。  「それなら、そんなに難度の高いクエストは必要なさそうね」  そういいつつ、自分の懐にいくつかの紙切れを仕舞うヒビキ。  ……あいつは一体どんなクエストを見繕ってきたんだ?  「ああ、だから今回はこれに決めた」  と言って、取り出した紙を皆に回した。  「え〜と、何々………え〜、下水の雑魚退治〜?」  ミカが明らかに不満の声をあげる。  「また随分と地味なクエスト選んだね」  リューもまた、ちょっと呆れ顔である。  ヒビキに至っては無言でなにか凄いオーラを発している。  「私はなんでも構いませんけど」  唯一の味方はリムルだったが、心許ないことこの上なし。  「まあ、皆の不安もわかるけどな。ここにはクエスト屋一軒しかないだろ?その中で短時間で稼げるのはこれくらいだったんだ」  ちなみに、クエスト屋というのは文字通りクエストを取り扱っている店のことである。  クエストには、王国から正式に要請されたものもあれば、金持ちの商人の護衛、はたまた迷い犬探しなどのほんのささいなもの まで多種多様の種類がある。  そしてそのクエストには危険度に応じてA〜Eまでランクがつけられている。ランクAが一番危険度が高い。  ちなみに、犬探しなどはランク外だ。  もちろん、危険度が高いほど報酬もあがるわけだが。  「今回はそこまで切羽詰った状況ではないので手早く終わるEランクにしたってわけだ」  「でもさぁ、こんな簡単なクエスト、もう誰かやっちゃってるんじゃない?」  「それがだな、リュー。こんな辺境に俺らみたいな冒険者がくるのは珍しいんだと。だから、まあその辺の心配はするな」  「そういえば、私たち以外には旅人っぽい姿は見ないわね  ミカもうんうんと頷いている。  「あの、私が修行に来てからこの町にやって来られたのはホクトさんたちが最初なはずです」  「え?そうなの?リムルっていつからこの町に居たんだっけ?」  「そうですね〜2年は過ぎてないと思いますけど」  「ふ〜ん、って、それじゃあ一年以上は確実に過ぎてるってこと?」  「はい、それは確かです。ちなみに、私がやってきたときは5年ぶりのお客様だとか言われましたけど?」  いや、そんなことをにっこりと言われても。  「ま、辺境だしな」  「辺境だしね」  「それはそうと、その下水というのはどこにあるの?」  またもヒビキが話の軌道修正をする。  「ん、場所か?この地図だとここからちょっと東に行ったとこだな。じゃあさっさと出発してとっとと終わらせるぞー」  「おー」  微妙に間延びした号令とともに、俺たちは下水へ向かって歩き出した。  「ホクト、あなた逆向きに地図見てたわよ」  と、一人こっそり呟くヒビキ。  「さて、今回は何処に辿り着くのかしらね?」
次回予告

くえすとT フラムの聖洞 その2
 「で、俺たちは全く逆の方向に来ちまったってわけか」  あらかたゾンビを倒し終え、一段落ついた後で、ヒビキから事の顛末を聞いたわけだが。  「つーか気づいてたなら教えろよ」  「だって、下水掃除なんて退屈なだけじゃない」  悪びれもせずに言い切るヒビキ。  「それに、ここが全然違う場所だって気づいてなかったのってあなただけよ、ホクト」  「なぬ?!」  思わずミカを見上げる。  「私が道間違うわけないでしょ〜。ヒビキと同じ理由で黙ってただけ」  ミカの職業は案内役、つまりはガイド。  フェアリーという種族は抜群の方向感覚を誇り、磁場や魔力が強くとも方位を誤ることはないという。  というわけで、フェアリーがつける職業というのはガイドか吟遊詩人かのどちらかに限られる。  その中でもミカはどんな力が働く場でも、正確な方位を感じ取れる“絶対知覚”の持ち主なのだ。  これは、フェアリーの中でも極一部にしかそなわっていないものだそうだ。  本人の談なので信憑度は薄いが。  で、ミカはその特性を存分に活かせるガイドをやってるわけだが。  まあ、それ意外なれないっていうのが最大の理由だとは思うがね。  「む、なんか失礼なこと考えてる目してる〜」  そんなミカの呟きはよそに、俺は視線をリューに向ける。  「僕?まぁ途中で何か変だなぁとは思ったけどね。暴れられればなんでもいっかってことで」  そういやこいつはこいつで顔に似合わず好戦的なやつだった。  まあ、自分から他人に喧嘩を売るほど血の気が多いわけではないが。  売られた喧嘩は必ず買うしな。しかも倍返しだ。  元が傭兵なので仕方なくもないのだが。  そして俺は最後の砦、リムルに視線をあわせる。  「ほえー。私もただの下水に封印が施されてるのは変だなぁって思いましたけど」  「封印?そんなのあったけか」  あったらあったで気づかないわけがないんだが。  「はい。ヒビキさんがさくっと解除なさってましたから。あの式は確か古代の法だったかと」  「リムル、あなた、あれが分かったの……大司教の秘蔵っ娘なだけのことはあるわね」  こんな辺境にやるのは秘蔵のしすぎだと思うが。  「それよりも、だ。古代の法、だと?となるとここは……」  「まあ、ホクトの考えてる通り、古代遺跡でしょうね」  遥かな昔、それは“神魔大戦”よりもさらに時を遡る時代。  今でこそ広大な国土を有する王国ではあるが、その時代には五つの国が存在したという。  それぞれの名を、ムスカ・ラウゼン・フラム・ブリュンゲル・タキという。  今ではその名を示す文献すらわずかしか残されいないほどの昔の話なので、その存在を知る者は限られている。  俺みたいな“クローザー”か、ヒビキのような高位の魔術師か、リムルのような聖職者か。  他には王家の人間や吟遊詩人くらいなものか。  「ねー、古代遺跡って何?」  「何?」  というわけで、当然リューとミカは何のことだかわかっていない。  詳しい説明をしてもどうせ二人には理解不可能だと思われるので、俺は要点だけまとめて伝えることにした。  「古代の遺跡だ」  「へぇ、ってそれでわかるわけないでしょ!」  「それより、旧遺産とは違うの?」  俺とミカの漫才をよそに、リューがもっともな疑問をぶつけてくる。  「ホクトに任せるとなんだか長引きそうだから私から簡単に説明するわ」  やれやれといった感じでヒビキが語りだす。  「まず最初に、旧遺産と古代遺跡は全くの別物よ。旧遺産というのは、神魔大戦で使われた魔導機やゲート、それにその時代の 建造物や細々としたアイテムまでを幅広く指す言葉。もっとも、現在では大抵の場合、この時代の遺跡を旧遺産と呼んでるみたい だけれど」  ヒビキが言うように、現在クエスト屋で出回っている旧遺産を扱ったクエストは9割9分の確率で遺跡探索なのだ。  「それに対して古代遺跡というのは、まあ、ここみたいな遺跡のことよ。ただ、古代遺跡は五つの古代王国に各一つづつ、つま り五箇所しか存在しない。それに、遺跡というよりも、そうね、聖洞と言ったほうがいいかしら」  「せいどう?」  「聖霊が封じられた洞窟ってこと」  「精霊って、あたしたちの仲間?」  ミカがちょっぴり怯えていた。  「精霊じゃなくて聖霊、聖なる霊獣のことよ」  それを聞いても、ミカはなかなかピンとこないようだった。  リューに至っては既に眠りの世界へ旅立っている。  「ふぅ、これ以上ミカたちに話しても無意味みたいね。さて、ここでホクトに問題です。私たちが今いるこの場所とは、一体ど こなんでしょう?」  「フラムの聖洞、なんだろ」  「フラムの聖洞です」  なぜかリムルとハモっていた。  「ご名答。でもホクト、なんで最初は気づかなかったの?」  「ヒビキがこっそり封印解くからだろうが」  「うーん、ホクトくらい場慣れしてると雰囲気とかで感じとれるかと思ったんだけど」  確かに、洞窟に入った途端に絶対難易度Eなんかじゃねぇとは思ったが。  まさか聖洞だとは思わなかった。  というか普通思わない。  「それで、これからどうするんですか?」  珍しくリムルがまとめに入る。  「どうする?ここから引き返して下水に行く?」  悪戯な笑みを浮かべて、ヒビキが問いかける。  「進むしか、ないだろ」  それが俺の本来の目的であり、仕事でもあるのだから。  「というわけでミカ、一曲頼む」  「え、歌っていいの?」  期待に満ち満ちた顔でミカが聞いてくる。  「ああ、激しいのを頼む」  「了解。では、あ〜あ〜。はるか〜ちへいを〜♪」  「ホフマン?!」  ミカの歌が一小節も進まないうちに、謎の叫び声をあげてリューが跳ね起きた。  やはりミカの歌は目覚ましには最適だ。  「というわけで、行くぞ、リュー」  「え?え?」  寝起きのリューを連れてすたこら歩きだす。  「ホクト〜、そっち逆〜♪」  綺麗な旋律だったので驚いて振り返ると、どうやらさっきの歌はヒビキがミカの声真似で歌ったようだった。  隣にはへこんでいるミカがいた。  こんなパーティーで、果たしてこの聖洞を切り抜けられるのかそこはかと不安になるのであった。
次回予告

 「なあ、押すなって言ったよな?」  「言ったわね」  「何度も言ったよな?」  「言ったね」  「念入りに申し付けたよな?」  「申し付けられてましたね」  「なのに何で押すんだよ、ミカ!あんなにあからさまに罠っぽい出っ張りを!!」  「何で押すかって?それはそこに罠があるからよ」  「意味わかんねーー!!」  叫びつつ落ちてゆく。  そう、俺たちは今、ミカが押したために開いたであろう穴から下に落ちている真っ最中なのである。  まあ、俺とヒビキの魔法で急速度での落下は免れているのだが。  それでも、どこまで続くか知れない闇に向かっていることは間違いない。
くえすとT フラムの聖洞 その3
 「到着〜」  「到着じゃねぇ!」  やっとのことで地に足が触れるなり、俺はミカの羽を引っ張った。  「いたたたっ、暴力反対!妖精虐待禁止!」  「そんなことを言うのはこの口か!この口か!」  「あひゃひゃ、ほふひょ、やめへぇ〜〜」  「まあ、そのくらいでいいんじゃない、ホクト」  珍しくヒビキが俺を止めた。  いつもはただ面白がって見ているだけなんだが。  「次は私の番だから」  「ま、待ってヒビキ、今なんか禁呪の詠唱終えてなかった?」  「大丈夫よ〜、痛いなんて感じる間もないからね〜」  いかん、目がマジだ。  「リムル、ヒビキを止めてくれ」  「え?え?………えい!」  何を思ったからリムルはヒビキの後ろから目隠しをした。  「いや、そうではなく。“取り消し”か“中和”あたりを使ってほしかったんだが……まぁ結果オーライか」  リムルの行動に驚いたのか呆れたのか、ヒビキは自ら魔法をキャンセルしていた。  「すみません……」  「それに、どうせ使っても禁呪に効くわけないわよ」  「禁呪には、な」  さっき、ミカは禁呪と言ったが、こんな洞窟の中で禁呪を使うほどヒビキは愚かではない  というか、ヒビキが禁呪を使えるかどうかもわからないのだが。  まあ、使えたとしても全然不思議じゃないけども。  というわけで、さっきの呪文は詠唱の途中から別の呪文にすりかわっていたのである。  「ねえねえ、それよりさ。ここって洞窟のどのあたりなのかな?」  マイペースに辺りを観察していたリューが観察に飽きたのか話しかけてきた。  「やっぱり、最下層なんじゃない?」  俺とヒビキの怒気が収まったと見たミカがリムルの背中からちょこんと顔を出す。  「まあ、随分長い間落ちてたからな」  「おかげで余分な魔力を使ってしまったわ」  「あの、“飛翔”で上まで戻ることは出来ないんでしょうか?」  「まあ、出来ると言えば出来るが」  「あなたたちは置いて行かないといけなくなるわよ?」  そう、確かに“飛翔”を使えば上まで戻ることはできる。  ただ、この魔法の難点は多大な魔力を消耗する上に、自分一人を浮き上がらせることしかできないことだ。  まあ、倍の魔力を使えば人を運ぶことも可能だが、落下した時間から距離を逆算すると、途中で魔力が尽きることになりそうだ。  「それに、俺たちの目的は上にあるわけじゃないしな」  「そうそう、ポジティブシンキ〜ング!………って、あれ?私たちになにか目的ってあったんだっけ?」  はて、といった感じで腕を組むミカ。  「もともと、この洞窟には間違えて来たわけだよね。目的地は別だったんだから」  リューも疑問顔だ。  「私は………なんとなくわかります。ホクトさんはクローザーですから」  リムルは気づいているようだ。  「ま、頑張りなさい」  ヒビキは知っている。  「で、結局目的って何よ?」  「会いに行くのさ、聖獣・白虎に」
次回予告

くえすとT フラムの聖洞 その4
 「ビャッコ?」  「そう、白い虎と書いてビャッコ。文献には『その体躯は地を覆い、白い毛皮の輝きは光を反射し、その咆哮は大気を裂き、眼 光に捕らわるれば逃げる術なし』とあった」  「…………なんか大仰すぎて嘘っぽいけど?」  まあ、ミカの言うこともわからなくはない。  「否定はしない。その文献自体あまり信憑性がないしな」  「ダメじゃん。っていうかさ、本当にその白虎って実在するわけ?」  「する」  それだけは、はっきりそう言える。  「は?なんで?だってその文献って信憑性ないんでしょ?」  「まあ、いずれわかるさ」  「で、ホクトはその白虎に会ってどうするの?やっぱ倒すの?」  「リュー、聖獣は元々古代王国の守護者、さらに遡ればその土地の守り神として崇められてきたんだ。いくら俺たちが“竜狩り” の称号持ちだとはいえ、倒すのは不可能だろう。つーか倒しちゃだめなんだよ」  「なんで?」  心底不思議そうな顔でリューが問い返してくる。  これだから戦闘至上主義はいかん。  まあ、昔と比べると随分おとなしくなったほうだが。  「聖獣はね、この世界を支える支柱にして三界の監視者だからよ」  俺のかわりにヒビキが答える。  それでもリューとミカは余りわかっていないようだ。  まあ、あまり詳しい話はクローザーという立場上仲間にも出来ないので、俺もそれ以上の補足はできないのだが。  と。  ふいに、足元がぐにゃりと不安定になる。  「うお?」  「何?地震?」  「地震じゃない!だって、私も感じるもの!」  宙に浮いているミカが叫んだ。  「いったいなんなのよ、これ!」  ぴた、と振動がやむ。  いや、振動というにはあまりに曖昧な感覚であったが。  「ちょっと、嫌な感じね」  露骨に顔をしかめて、ヒビキが呟く。  「見て!ホクト、あんなところにゲートが!」  はっ、とミカが指差すほうを見る。  そこは、今までは何の変哲もない壁だった。  しかし今、そこに今まで影も形もなかった淡く緑色に光る小さな輪が現れていた。  あれこそ、まさにゲート。  「しかもあの色……通じているのは魔界か!」  「そんな、聖洞に亀裂が入るなんて……」  リムルは、がくりと膝を着いた。  「ホクト!早く封じないと!」  「わかってる!」  言われるより早く、俺はそのゲートに近づいていた。  ゲートの大きさは俺の手のひらよりも少し大きい程度。  この位の大きさならば、術を施す必要はない。  右の拳に魔力を集中させ、一気に打ち抜く!  「崩!!」  崩拳。  小さなゲートを手っ取り早く消滅させる技だが、非常に手が痛いので緊急時以外は使いたくない技だ。  「間に合った……か?」  静かに辺りを見回す。  「残念ながら」  言いながら、ヒビキが氷の礫を俺の方に向かって放つ。  礫は、俺の顔のすぐ横を通り過ぎ、俺めがけて突進してきた巨大コウモリに命中した。  「リムル、ほら、しっかりして!」  ミカは、まだ放心状態のままのリムルをなんとか正気に戻そうとしている。  「ねえ、なんで急にモンスターが出てきたの?さっきのゲートは封じたんでしょ」  リューが巨大ラットや巨大ムカデをなぎ払いながら聞いてくる。  「こいつらは出てきたんじゃない。元々いたんだよ!」  そう、一般的に魔物は魔界のゲート、いわゆるデモンズゲートから現れるといわれている。  もちろん、デモンズゲートはその役割も果たすが、それよりも怖いのがゲートから漏れる瘴気なのだ。  この瘴気は、野生の動物や時に人間を巨大化・狂暴化させる。  なので、デモンズゲートが開き続けている場所は自ずと魔境と化す。  そんなデモンズゲートを封印することが、俺たちクローザーの主な仕事なのだ。  「それにしてもこの数………ちょっと異常じゃない?」  襲い掛かってくるモンスターをいなしながら、ヒビキが言う。  ちなみに瘴気は俺やヒビキの障壁を無効化させるのだ。  「確かに、な。となれば考えられることは……」  「ホクトさん!あそこにもゲートが!」  やっと正気を取り戻したリムルが叫んだ。  「ミカ!ゲートの数と位置を!」  ミカが俺の頭上までやってくる。  「OK。9時方向距離130に程度中が1、11時方向距離70に程度小が1、距離180に程度中が1、1時方向距離40に 程度中が1、5時方向距離55に程度小が1……………何よこれ!いくらなんでも多すぎるわ!」  ミカの悲鳴にも似た絶叫が轟く。  「それでも、やるしかないんだよ!ヒビキ、リュー、リムル!モンスターは任せた!」  「がってん」  「ま、しょうがないわね」  「が、がんばります」  そう、俺は一人じゃない。  頼れる仲間がいるのだから、デモンズゲートの五個くらいで慌てる必要はないのだ。  いや、確かに一人頼るのは心もとない天然娘もいるが。  それでも、やはりこのレベルのモンスターは自力で倒せるようになってほしい。  まあ、危なくなったらリューかヒビキが助けてはくれるだろうが。  「ミカ、まずは一番近いやつから封じるぞ!」  「イエッサー!」
次回予告

 「リムル!」  俺は、ゲートに近づくに連れその数を増してきたモンスターを薙ぎつつ先にゲートに近づいたミカに向かって護符を投げる。  「OK!ホクト、いつでもいいわよ!」  ミカは受け取った護符を、ゲートを塞ぐようにしてかざしている。  「これでラストだ………世の理、万物の流、断ち切る歪を、ここに、正す。散!!」  法に則り、印を結び、真言を吐く。  言を媒介とし、護符に封じられた力が散じる。  ミカに渡したのは『封魔の護符』。その名の通り、デモンズゲームの封印に特化された護符だ。  俺の身長と同じくらいのゲートまでなら封印できるすぐれものである。  ただ、有効範囲が狭いのでゲートに近づかなければならないのが難点ではあるが。  その近づく役割はいつのまにかミカの仕事になっているのであまり気にならなくなった。  「消えてなくなれ!」  このミカの台詞も毎度のものだ。  そして、そのミカの台詞通りにゲートが消滅する。  これで、五つのゲート全てを封じたことになる。  と、今まで俺に向かってきていたモンスターたちが急に大人しくなる。  「?」  不思議だ。  いくらゲートを塞いで瘴気がなくなったとはいえ、取り込んでしまった瘴気が消えるわけではない。  瘴気を除くためには“浄化”が必要なのだが、リムルはまだそれを習得していない。  「女神の祝福でも受けていれば別だけど、な」  そう呟いて、自分でもバカげた考えだと一笑に伏す。  「ホクト、どうしたの?」  「いや、ちょっとな。さて、みんなの所に戻るか」
くえすとT フラムの聖洞 その5
 「遅かったわね」  「そうでもないと思うが………つーか、お前ら何やってるんだ?」  ヒビキの手に握られた6枚のカード。  それを扇状に広げ背面を向けた状態で、リムルに向けて差し出している。  リムルは一つだけ上に出されたカードを引くか引かないかを逡巡しているようだ。  「ほえー」  口調からはあまり迷った様子は伝わってこないが。  「ねー、なんでババ抜きとかやってるの?」  ミカが順番の回ってきていないリューに尋ねる。  「暇だったから」  「ならちっとは手伝いに来んかい!」  「でも、ゲートの封印は私たちには専門外だもの。行ったところで何も出来ないわ」  「それはそうだが、モンスター追っ払うくらいは出来るだろ」  「え、モンスターってまだ居たの?」  リューが不思議そうに聞いてくる。  ちなみにリムルはまだ迷っている。  「ホクトが二個目のゲートを封じたくらいで、この辺りに居たモンスターは急に大人しくなったわ」  「うん、だからホクトたちも大丈夫だろうって思って待ってたんだけど」  「そうなのか?」  「ほえー」  リムルはひたすら迷っていた。  「まあ、大したことはなかったからいいんだけどな」  「あと、一つ訂正しておくと、今やってるのはババ抜きじゃないから」  「いや、どっからどう見てもババ抜きだろ?」  「違うよ、ホクト。確かに誰もババ、つまりジョーカーなんて持ってないもん」  「ああ………あれか。ジジ抜きって言ったっけか」  正式な名前はよく知らないが。  ババ抜きとはジョーカーが一枚余分な状態で始めるゲームに対し、こちらはジョーカーを入れないで、無作為に選んだ一枚を予 め抜いておく。  そうすると当然一組だけ揃わないペアが出来るので、それがババということになる。  初期段階ではどの札がババなのかわからないために、戦略をたてるのが難しいゲームといえよう。  「まあ、呼び方なんてどうでもいいんだけどね。ほら、リューの番よ」  気づかない間に、リムルはヒビキの手札を引いていたようだ。  「で、結局リムルは何引いたんだ?」  ちょっと気になったのでミカに聞く。  「目立ってたの」  「そうか」  まあ、リムルらしいと言えよう。  というか、迷っていたということは、既にどれがババなのかわかっているということだろうか。  それは意外だが。  「うし、そろそろ移動するぞ」  まだ決着は付いていないが、あまりこんな場所でのんびりもしていられない。  「それもそうだね」  真っ先にリューが手札を捨て立ち上がる。  「リュー、あなた今ババ引いたわね」  「う」  図星だったらしい。  「ところで、結局ババってどの札だったんですか?」  リムルはやっぱりわかっていなかったようだ。  何で悩んでいたのかは、あえて気にしないようにしよう。  簡単な協議の結果、俺たちは緩やかな勾配を下りながら進むことにした。  さきほどの場所はどうやら大広間みたいなものらしく、そこから細い道に通じる場所をゲート封印の時に二箇所発見したのだ。  一つは上り坂、そしてもう一つが下り坂。  で、白虎はもっと地下深くに居るに違いないということで、下り坂を進むことになったのである。  「しっかし、あのトランプってヒビキの商売道具だろ?いいのか、あんなことに使って」  「いいのよ。どうせ本業じゃないし」  そう言って、おもむろに先程のトランプでジャグリングを始めるヒビキ。  相変わらず、そっちでも金を稼げるほどの多芸ぶりだ。  「思うんだけどねー、私たちって冒険者やってるより大道芸やってたほうがお金稼げるんじゃないかしら」  しみじみとミカが言う。  「まあ俺もたまに思うが、そんなことやってるとこ上の人に見つかったら俺の命が危ないからな」  いや本気で。  「僕は大道芸より冒険のほうが好きだな」  「リューの場合は冒険というかバトルだろうが」  「ま、そうだけど」  「えーと。では、私は何をすればよいのでしょうか?やはり水芸をマスターしないとダメですか?」  「……いや、リムルは何もしなくていい。というか俺たちは大道芸人じゃないから」  「はぁ」  と、不思議な気配に気づき足を止める。  「?どうしたの、ホクト。突然止まって」  「ゲートだ………」  「え、どこどこ?」  ミカが辺りをキョロキョロ見回すが、見えるはずがない。  俺は、そっと右手を目の前の何もない空間へと突き出す。  すると、何もない空間が、歪み、波打ち、波紋となって広がる。  「何?どういうこと?」  「つまり、この通路自体がゲートってことさ」
次回予告

 ゲートとはつまり、“扉”のこと。  現在、ゲートが通じる先は三種類に限定されている。  一つ、同じ世界の違う場所。  一つ、属界と呼ばれる、精霊や妖精などが暮らす場所。  一つ、異界、つまり神界や魔界と呼ばれる場所。  この世界、つまり人界と、神界・魔界を含めて“三界”と言う。  神界、魔界もそれぞれ独自の属界を持っているが、属界へのゲートはその母体となる場所でしか開けない。  人界の属界を“幻界”、神界の属界を“天界”、魔界の属界を“獄界”と言う。  もっとも、これらの名称は全て人界での呼称であり、天界や魔界では別の呼ばれ方をしているだろう。
くえすとT フラムの聖洞 その6
 「ただし、今話したのはあくまで“神魔大戦”以降の話だけどな」  目の前に広がるゲートをじっと見据え、俺はゲートのなんたるかを簡単にリューたちに説明していた。  というかリューに説明していた。  ミカは何度も俺のクローザーとしての仕事を手伝っているのでわかっているだろうし、リムルは見習いとはいえ修道士。このく らいのことは知ってなくてはおかしい。  ヒビキは言わずもがなだ。  ただ、リューと一緒に行動するようになってからゲートを封じる仕事はなかったので、今まで話す機会がなかったのだ。  まあ、普通に生活する上では知る必要もない知識だしな。  だが、このゲートを通るとなると、やはりある程度知っておいてもらったほうがいい。  「このゲートは特別なんだ、わかるか、リュー?」  「全然」  コンマ5秒で首を振るリュー。  「お前もちっとは考えろよ」  「いや、今の話整理するだけで頭一杯になっちゃったんだよ」  「そうか。まあ、今の話だけでも理解したならばよしとしよう」  「で、ホクト。このゲートと普通のゲートってどう違うの?」  ミカが興味津々といった感じでゲート付近を飛び回りながら聞いてくる。  ちなみにゲートが始まる場所は、俺が魔力で光らせているので誤って侵入する心配は…………ありそうで怖いが。  「根本的に、通じてる場所が違う。ここはゲートというよりもむしろ」  「ステップ。階段ね」  俺の言葉を遮り、ヒビキがそう呟く。  「続いてる場所は屋上?地下室?それとも無限の螺旋回廊かしら?」  その言葉を聞いたミカがびくっと体を震わせてゲートから離れていった。  「おいおい、あんまり脅すなよ。ヒビキも分かってるんだろ?この階段の行き着く先を」  「まあ、ね」  ふと、ヒビキの瞳に寂しげな色が浮かんだ気がしたが、次の瞬間にはいつものヒビキに戻っていた。  「さあ行きましょうか。白虎の待つ“聖域”へ」  聖域。  古文書には、聖霊の居る場所のことをこう呼ぶと書いてある。  その場所は、“ここであり、ここでない場所”だそうだ。  その言葉について、注釈書には様々な見解が述べられていたが、俺の解釈はそのどれとも違う。  俺が導き出したのは─────  ゲートを通り抜けても、目立った変化は起こらなかった。  景色も以前と変わらず、常人ならばゲートをくぐったことすら気づかないだろう。  ただ、確実に違うことが一つだけある。  それは、来た道を辿るだけでは決して元の場所に戻ることは出来ないということだ。  「えー!それじゃ帰れないんじゃないの?!」  その話を聞いたミカが大きな声をあげた。  「大丈夫だ。退路はきちんと確保してある」  「そう、それならいいんだけど」  そうは言ったものの、実際試したことなどないのでいささか不安な方法ではあるのだが。  「それにしても」  今までずっと黙っていたリムルが唐突に呟いた。  「お腹が空きましたね」  「うん!そうだね!」  それに超絶同意するリュー。  「まあ、ここに入ってから結構時間が経つから仕方ないことではあるが…………ってこら、そのピクニックセットはなんだ?」  「お昼ごはんー」  「いや今は多分夕方くらいなんじゃないか、ってそうじゃなくって!」  「まあまあ、ホクト。腹が減っては戦は出来ないわよ」  そう言うヒビキは既にピクニックシートに腰掛けて茶などすすっていた。  「別に戦に行くわけじゃないんだが……」  どうにも緊張感が足りないような気がする。  「こんなとこ白虎に見られたらどうするんだ」  「大丈夫よ。こんなことを気にするような聖霊ならたかが知れてるわ」  なんというか、やっぱりヒビキには逆らわないほうがよさそうだ。  「…………しっかし、こんな弁当どこから出したんだ?」  ピクニックシートの上には大量のおにぎりやらおかずやらが所狭しと広げられていた。  「出前」  「嘘つけ!」  とりあえずミカをイクラの海にはたき落とす。  「ホクトさん!食べ物を粗末にしちゃダメです!」  リムルに怒られた。  「すみません」  「私の心配はしてくれないの?」  イクラまみれのミカがふらふらとリムルに近づく。  「………美味しそう」  「リムル、涎でてる、涎」  リムルの涎に恐れをなしたミカはさっとおにぎり方面へと逃げて行った。  「平和ね」  「まあな」  とりあえず俺も腰を落ち着けてから揚げをつまむ。  「しっかし、こんなんでいいのかな、俺たち」  「いいんじゃない?別に焦る必要もないでしょ」  「それもそうか」  「それとも、あなたには急ぐ理由があるのかしら?」  「んー、ノーコメントってことで」  「まあ、その辺はお互い様よね」  「ああ」  俺とヒビキは、一心不乱に弁当を食い荒らすリューの姿を見ながらそんなことを話した。  「少し休んだら?もう魔力も余り残ってないんでしょ。頃合になったら起こしてあげる」  「そうか、済まない」  実際、俺の魔力はもう限界値ギリギリのレベルだった。  俺はヒビキの言葉に甘えて束の間の休息をとることにした。  瞳を閉じると、疲労の波が怒涛のように押し寄せ、俺の意識は瞬く間もなく混濁の波にさらわれていった。
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