わんだふる☆わーるど

12/9 第91話 「L」

 「ふむ」  自然と目を覚ましたおれは、まず思った。  「エルは……いないな」  まあ、それが普通なんだが。  それでもちょっと寂しかったりするのはなぜだろうか。  「ま、いいや。着替えて下におりるとするか」  そんなわけで、下に降りると既にエルが朝食の準備をしていた。  「あ、おはようございます聡さん」  「ああ、おはよう」  とりあえず、台所に顔を見せることなく声だけ返す。  なんちゅうか、その、エルの声聞いたら昨夜のこと思い出してまともに顔見れないんだな、これが。  というわけで、無意味にテレビなど眺めてみたりする。  「あの、聡さん?」  「ぬぉぁ?!」  いつのまにか朝食の準備を終えていたエルが俺の隣に座っていた。  「?早く食べないと遅刻しますよ?」  「あ、ああ。そうだな……って、エル。また口調が戻ってないか?」  「??何のことですか?それより、昨日は話の途中で寝てしまったみたいで申し訳ありませんでした」  そう言って深々と頭を下げるエル。  「記憶を取り戻して、ついつい喋り疲れてしまったようです。やっぱり、慣れないことはするべきではありませんね」  「まあ、疲れてたんじゃ仕方ないさ。それより、昨夜のことなんだけど……」  「昨夜?私が寝た後で何かあったのですか?」  むむ。  「ああ。聡さんが私を部屋まで連れていって着替えさせてくれたんですね。私は、その、別に構いませんから」  頬を染めながらそう言うエル。  なんだか、とんでもない勘違いをされてしまっているらしい。  「してないしてないしてないしてない。……本当に何も覚えてないのか?」  「?だから、何のことでしょうか?」  むむむ。  エルは本当に昨夜のことを覚えてないらしい。  じゃあ、あの時のあれは幻だったとでもいうのか?  いや、あの感触を幻だと言われてもおれは信じないけどな。  「それにしても、変ですね」  「ん?何がだ?」  「いつのまにか、“エーテル”が聡さんに返ってるんです。私は返した覚えはないんですけど……まあ、元々返す予定のもの だったので、結果オーライです」  をいをい。  いいのか、それで?  「これで聡さんも飛べますよ」  「ほへ?」  むう、エルが思いも寄らないことを言うので妙な音が喉からほとばしったぞ。  「“エーテル”が身体に馴染むまで多少時間がかかると思いますけど、慣れたら私たちほどではないにしろ、ちょっとした能 力が使えるようになります。それが“エーテル”の力と聡さんの体質なんです」  「そいつは初耳だ」  「目指せ、エスパー伊藤!」  「いや、それ絶対違う。というかエル君、その知識はどこで吹き込まれたのかね?」  「私のこっちの世界の知識は、大体姉さんから教えてもらったものです」  ………やっぱりな。  妹にまで嘘教えるなよな、姉よ。  「まあ、敢えて追求はしないが。それより、さっさと朝飯食うぞ、絵里」  「はい……って、え?」  「ん?ああ、これから学校に行くし、今のうちからこっちのほうで呼ぶようにしとこうと思ってな」  「あ、そういうことでしたか」  「そういうこと」  というわけで。  おれたちは朝飯を食っているわけだが。  ちなみに今日の朝飯は手抜きなのか凝ってるのか判断に困るおにぎりである。  この星型のおにぎりってどうやって作るんだ?  まあ、それはさておき。  結局絵里は昨夜のことは全く覚えていないらしい。  口調も戻ってるし、一体昨夜のアレはなんだったんだろう。  まあ、今考えるべきことはそのことではなく、どうすれば絵里をこっちに止めておけるかということなのだが。  でもやっぱり昨夜のアレも気になる。  と、そんなことをあれこれ考えてるうちに朝食を食い終わり、学校へと向うおれと絵里なのだった。
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12/11 第92話 「Blue Sky」

 「うむ、もう雨は上がったみたいだな」  空を見上げてみる。  清々しい青が見える。  うむ、なんだかなんとなく何もかもうまく行きそうな気になる天気だ。  「そんなに上手くいきますかねえ」  「!絵里、いつのまに俺の心の中につっこむという梓にしか出来なかった高等技術を会得したんだ?」  「聡さんはすぐ顔に出るから何を考えてるのかわかりやすいんですよ」  むう。  なんか微妙に論旨がずれた答えの気もするが、まあいい。  教室にたどりつくと、中に居たのは昨日と同じく由美一人だった。  「おはようさん」  「おはようございます」  「あ、おはよ」  ちなみに、由美は昨日と違うカバーのかかった本を読んでいた。  「にしても、まだ由美だけなのか?今日は普通に家出たんだが」  「ん?そうね、いつもならそろそろ皆来る頃だとは思うんだけど……」  とか言ってる間に、一人、また一人と教室の中へと入ってきた。  「お、道夫。おはようさん」  「よう、聡に早瀬。今日も早いんだな」  「別に早く出たつもりはないんだが……というか、そういや今朝時計見てないな、うん」  「おいおい、それで遅刻したらどうすんだよ」  「その時はその時です」  「うむ」  お、なんだか妙な所で絵里と意見が一致したぞ。  「でも遅刻はダメよサトシ。あんた本気で卒業できなくなるわよ?」  「うっせぇ。ってか梓、朝練はもう終わったのか?」  「うん。昨日の雨でグラウンドが使えなかったから今日は室内筋トレだけだったんだ」  むう、朝から筋トレってのも何か嫌なものがあるが。  梓にとっては文字通り朝飯前なのだろう。  「朝はちゃんと食べてきてるわよ」  「だから、なんでおれの思考が読めるんだよ、お前は!」  「長い付き合いだからねー」  「ねー」  「こら、絵里もどさくさにまぎれて同意しない!」  そんなおれたちのやり取りを見ていた道夫と由美は、  「なんだ、結局いつもと同じじゃないか」  「みたいだね」  と頷きあっていた。  そんなことをやってる間にHRがはじまり、桐生先生がいつも通りのことをいつも通りやって、いつも通りの1時間目が始ま った。  そして、おれがその違和感に気付いたのは昼休みに入ってからのことだった。
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12/13 第93話 「Feather」

 「なあ、そういや誰もエクスが居なくなったことについて何も言わないな」  昼休み、いつものメンバーと屋上で飯を食いながらそう切り出した。  「そういえばそうね」  「でも、あの席、今日は波多野君が座ってたよ」  「いや、あそこは元々波多野の席だぞ」  「そうだったっけ?」  おいおい。  確かに波多野はあまり自己主張の強いタイプではない、つまり影が薄いのだが。  三日休んだくらいでそれはあんまりだろ。  「……道夫、実はそれも違うぞ。波多野の本来の席は俺の右隣。つまり、今絵里が座ってる場所だ」  「ああ、そういえば」  「でも、波多野君何も言わないね」  「う〜む、なんか今回一番貧乏くじひいてるのは波多野のような気がする……」  「まあそれはそれとしてだ。俺たちは事前に天王寺が居なくなったことを知ってるからまあいいが、桐生先生が天王寺が居な いことに何も触れないのはおかしい」  「確かにね。桐生先生って熱血だからねぇ。無断欠席なんかした日にゃ家までおしかけるだろうし」  「連絡あったらそれをみんなに言うしね」  「父さんは、最初からここに居なかったことになってるんですよ」  それまで、一人静かにサンドイッチを頬張っていた絵里が語りだした。  「父さんがこっちに来た時、聡さん、あんまり何も起きないんで変に思いませんでしたか?」  「ん?ああ、確かに。普通転校生が来たら多かれ少なかれ人が集まるもんだろ?でも、あの時は誰も何の関心も示さなかった。 あの時も梓にそう言ったんだが、その時の返答は参考にならなさそうなので却下」  「勝手に却下すな!」  「まあまあ、梓さん落ちついてください。せっかくのご飯が美味しくなくなりますよ」  いや、絵里。そのツッコミはちょっとずれてるぞ。  まあ元が天然なだけに仕方ないか。  とか言ってる場合ではなく。  「んで絵里。一体どうして誰もエクスのことを気にしなかったんだ?」  「それは、父さんの存在をここにいる皆さん以外の方はHRの時だけしか認識していなかったからなのです」  「へ?よくわからんのだが」  「つまり、“天王寺六三郎”という存在は形式としてだけのもので、実存し得る肉体を認識できるのは聡さんたちだけになっ ていたのですよ」  ……余計わからなくなったのですが。  「なるほど」  一人だけ納得する由美。  「由美、解説お願い」  頭の上にヒヨコが見え隠れしている梓が、由美に助けを求めた。  「うんとね、要するに、天王寺君はこの学校に籍だけ置いてる幽霊学生みたいなものだったんだよ。でね、その幽霊の姿が見 えるのが私たちだけなんだけど、HRの時だけは幽霊が幽霊じゃなくなってみんなの前に現れたの。でも、元々幽霊だから、姿 が消えれば皆忘れていくのよ」  「ふむ、なんとかわかったようなわからんような」  「まあいいじゃねえか。結局の所、天王寺は今はもうこの学校とは無関係になったってことだろ?」  「要するにそうです」  「納得はするけど理解はできないわねぇ」  「バカだからな」  「あんたもでしょうが!」  「まあ、聡さん、梓さん、喧嘩はいけませんよ。そうだ、せっかく私の記憶も戻ったので、一つ芸を披露しましょう」  むう、相変わらず絵里の天然&マイペースぶりには毒気を抜かれる。  というか、絵里の天然はおれの“エーテル”の影響らしかったのだが、その“エーテル”もおれに返ってきたんだし、もうエ ルは天然じゃないということにはなってないのか?  と、人がそんな疑問を抱いてる間にも、梓たちが絵里の芸を宴会風味ではやしたてている。  「いっき、いっき、いっき」  「って梓、未成年がそんな掛け声かけちゃイケマセン」  「雰囲気よ、雰囲気」  「や〜きゅ〜う〜、す〜るなら〜」  「道夫、それも違う」  「た〜まや〜」  「……由美、無理にボケないでたまにはツッコミに回ってくれよ……」  「では、一番、早瀬絵里ことエルシオーネ=ワイアール、行きます!」  絵里がしゅたっ、と手を挙げて立ちあがる。  おれたちにはよく聞き取れない言語で何かを呟くと、絵里の背中から翼が姿を現した。  その翼は、今まで見てきた翼よりも大きく、華麗で、そして何よりも澄んでいた。  絵里は、その翼に導かれるように少しずつ上空へと浮かび、ちょうど太陽を背にするような形で一度動きを止める。  「青なる天は右翼の舷!」  「赤なる日は左翼の操!」  「宿りし声の糸となり!」  「羽よ、我が名を伝え聞け!!」  ゆっくりと、両の手で印らしきものを結ぶ。  一言一言、かみしめるようにはっきりと発音する。  その、一連の動作が終わった時、変化は現れた。  「これは……雪?」  空を見上げて梓が言う。  「いや、桜だろう」  手の平にそれを乗せて道夫が言う。  「え?私は紅葉に見えるんだけど」  辺りをきょろきょろ見まわしながら由美が言う。  だが。  「聡さんには、何に見えますか?」  いつのまにか降りてきていた絵里が、悪戯っぽい笑みを浮べて聞いてくる。  「………羽だ。しかも絵里のな」  「やっぱり」  「え?なになに?」  「この能力は、私の羽に“エーテル”を込めて舞わせることによって、その人が持つ“空から降ってくるもの”というイメー ジを投影させるものなんですよ。ちなみに、あの掛け声は別に必要ないんですけどね」  「いや、そんな気はしてたけどな」  「それで、私には雪に見えたんだ」  「でも、聡のイメージはなんで投影されなかったんだ?」  「イメージ出来なかったとか」  「いえ、違うんです。それが聡さんの体質なんですよ」  「体質?」  「そう、聡さんはこの世界では非常に珍しい“エーテル吸収”体質の持ち主なのです」
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1/6 第94話 「Magical」

 「厳密に言うと、吸収とはちょっと違うかもしれませんけど、私にも難しいことはよくわからないのでそういうことにしとき ます」  いいのか、それで?  「いいんです」  「だから、人の思考につっこみいれないでくれ」  「むむ、腕を上げたわね絵里ちゃん」  「梓も対抗意識を燃やさんでよろしい」  「んで、結局なんなんだ?その“エーテル吸収”ってのは」  「はい。まあ、言葉の通りこの世界に存在する“エーテル”を吸収することです。聡さんは、それが自然に出来る体質なんで すよ。普通、こっちの世界の人は“エーテル”を放出することは出来ても吸収することはできません。それは、この世界で暮ら すのに、“エーテル”はどっちかというと邪魔なものだからなんです」  「邪魔?なんで?」  「“エーテル”を操るのには、それなりの知識と訓練が必要なんです。でも、この世界にそういう知識はないし、訓練する場 所も存在しません。まあ、独学である程度操れるようになる人も居るようですけど」  「もしかして、私たちが超能力とかESPとかって呼んでるのって、全部“エーテル”が関係してたりするの?」  「全部とは言い切れませんけど。ほとんど関わってると思います」  「じゃあ、サトシも超能力が使えるってこと?!」  おお、そうか。  おれはその“エーテル”とやらを吸収してるらしいから、それを使えば空を飛んだり、透視したり、明日の天気がわかったりす るかもしれないのか。  「いえ、それは無理です」  「なんで?」  「聡さんの身体は確かに“エーテル”を吸収しますけど、同時にエーテルを中和する役割も持っているんです。もともと、“エ ーテル”は私たちの場合は羽に蓄えておくんですけど、聡さんには羽はありません。だから、聡さんの身体に集まる“エーテル” は身体の中で中和されてその効力を失っているのです。そうしないと、聡さんの身体が“エーテル”の力に耐えきれずに爆裂しま すから」  「爆裂……ですか」  「はい、半径5kmは吹き飛ぶと姉さんは言ってました」  む、ケイの情報か。  なんか怪しいな。  「この話をしていた時の姉さんの目は真剣だったので、多分真実だと思います」  「なに、そうなのか……ってこら、梓。なんで離れる。む、道夫に由美までも……ってか、絵里まで遠ざかるな!!」  「ゴメンゴメン、爆裂って聞いたからつい、ね」  「まあ何にせよだ、おれの身体は“エーテル”を吸収して無効化する機能が備わっていると。そういうことだな」  「はい。だから、私が“エーテル”の力を込めて舞わせた羽も、聡さんにはただの私の羽にしか見えなかったんです」  「ふ〜ん」  その絵里の説明に納得する三人。  が、おれには少し気になることがあった。  「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」  「はい。なんですか聡さん?」  「おれがエクスと最初に会った時のこと覚えてるか?おれはあの時確かに目に見えない力で圧迫されてたんだ。多分あれも“エ ーテル”の力だと思うんだが、ばっちり効いてたぞ」  「それはですね。まだ私が“エーテル”を聡さんに返してなかったからだと思います。あの池でのことで、結局聡さんは全ての 能力を封印されてしまったのですから」  「ふむ」  なんだか、少し釈然としない。  が、昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえてきたためにおれたちは教室へと戻ることにした。
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1/16 第95話 「mild penalty」

 「起立、礼」  委員長の号令と共に本日のHRが終了する。  「さて、帰るか絵里」  「はい」  「あ、ちょっと待って」  俺たちが教室を出ようとすると、梓に呼びとめられた。  「ん、どした?」  「私たちも一緒に帰る。というかそのままサトシの家行くから」  見ると、由美と道夫も帰り支度をしておれたちの側に来ていた。  「お前たち、部活はいいのか?」  「私の所はいつでも自主参加みたいなものだから」  「サッカー部はグランド使えないから自主練」  「陸上部も同じく」  「ふ〜ん。じゃあ久しぶりに皆で帰るとするか」  こうして、絵里を含めると初めてとなる面子で帰路につく。  「で、何かいいアイデアは浮かんだ?」  帰り道の話題はというと、どうしても絵里をこの世界に残すための方法になるわけだが。  「いや、それが全く」  「確かに何をどうしていいかわからないもんね」  「でも、もう時間も少ないしな」  あれこれ考えてはみるものの、本当に何をどうすればいいか想像すらできない。  たまに絵里にも話を振ってみるものの、  「申し訳ありません」  と悲しそうな顔で答えるだけだった。  そうこうしているうちに、家に到着。  「ただいまー」  とりあえず元気良く挨拶してみる。  「おかえりなさい。あら今日はお友達も一緒なのね」  「まあな。それよりケイ、妙にうちに馴染んでるのは何でなんだ」  なんとなく予想はしていたが、今日もケイはうちに居た。  「いやー、なんかこの家居心地良くてね」  そのケイの台詞に頷く俺以外の4人。  ってか梓たちまでそんなこと思ってたのか……  「まあ、立ち話もなんだから上がったら?」  「じゃあそうさせてもらう、ってかここおれの家なんですが」  「気にしない、気にしない」  ぱたぱたと手を振りながら家の奥へと消えてゆくケイ。  なんだかなぁ。  「じゃ、俺たちも上がらせてもらうぞ」  「ああ」  「お邪魔しま〜す」  まあ、おれもいつまでも玄関に突っ立ってるわけにもいかないので中へ入ることにする。  で、自然と皆リビングに集まってるわけだが。  「ウノ!」  「む、由美、少し遅かったぞ」  「え〜そんなことないよ」  ……何でUNOやってるんだろう、おれたちは。  それも2セット使って。  「そ〜れリバース」  「あ、梓また俺の順を阻止しやがったな!」  「へへ〜ん、サトシにだけは負けたくないからね」  にしてもだ。  こんな時にUNOするおれたちも何だが、当然の如くルール知ってるエルとケイもなんだかな。  もう驚きはしないが、本当に違う世界の人たちかと疑問には思う。  「というわけで」  そんな事を考えている間にいつのまにかゲームが終了してしまった。  「最下位は聡君でした〜」  ぐむ。  先日の大富豪に続いてまたも最下位になってしまったわけだ。  ちなみにトップは当然のごとく由美。  「今回の罰ゲームは…」  「待て待て、聞いてないぞ?!」  「うん。だって今決めたから」  「なんだよそれ」  「負け犬には発言権が認められないのよ」  冷ややかにケイが言う。  むう、おれと最後まで最下位を争った仲だというのに、この裏切りモノめ。  「罰ゲーム、明日絵里ちゃんとデートしなさい!」  「は?」  「うむ、我ながら名案ね」  由美は何故か一人納得している。  「おい、それのどこが罰ゲームなんだ?」  「いい、聡君。私たちにはもう時間がないの。絵里ちゃんに残されてる時間は今のままだとあと1日とちょっと」  そう、それはわかっている。  だからUNOなんかやってる場合じゃなかったと思うのだが。  「で、その間に私たちに何が出来るか。私なりに出した結論がこう。結局、聡君が何かを掴まないと駄目なのよ」  「何か?」  「うん。私たちでは、多分無理な何か。聡君だけが出来る何か。それが、この局面を打開する鍵だと思う」  正直、由美の言い回しは難しくて、おれは余り理解出来なかった。  だけど。  「そう……そうだよな。元々、これはおれとエルの問題なんだから」  おれとエル。  偶然なのか運命なのか、再び出会ったおれたち。  その問題の解決は、やはり二人で見つけなければいけない。  「というわけでエル、明日デートするぞ」  「え、あ、はい」  顔を真っ赤にしてうつむくエル。  む、そういえばおれは今までデートらしいデートというものをしたことがないぞ。  女の子と出かけた事といえば、梓に引っ張りまわされるか、由美の買い物に付き合うかくらいだったしな。  ……まあ、あまり深く考えるのはやめよう。  こういう時は自然体が一番だとじいさんも言っていたじゃないか。  「ま、明日は金曜日だから学校さぼらないとダメだけどね」  「俺より出席余裕あるからまだ大丈夫だろうさ」  「むう、折角人が考えないようにしていたことを……」  「どうでもいいけど、病欠ってことには出来ないのかしら?」  不思議そうな顔をしてケイが聞いてくる。  「あ〜、それは無理無理。サトシってば幼稚園の頃から風邪すらひいたことない超健康優良児だから」  「寝込んだなんて言ったら絶対先生家まで来ちゃうもんね」  「ふ〜ん。あんまりそうは見えないけどね」  「余計なお世話だ」  「で、聡君。明日はどこへ行くつもりなの?」  「ん?ああ、一つだけ行きたい場所があるんだ」  「行きたい場所?」  「“水鏡”だよ」
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1/30 第96話 「Midnight Shuffle」

 ほどなくして、梓・由美・道夫の三人は帰っていった。  それぞれに、応援の言葉を残して。  というか道夫の「グッジョブ」というのは激しく間違っている気がするが。  「さて」  おれはケイに視線を向けた。  「で、結局何しに来たんだ、ケイは?」  UNOをするためではないことだけは確かだが。  「あら、お邪魔だったかしら?」  「別に邪魔ってこたないが。ただ、単純に疑問に思っただけだ」  「そう。ちょっと気になることがあるから寄ったんだけど」  いや、ケイの場合は寄るというよりも居つくってほうが正しいと思うのだが。  「気になること?」  「昨日私が帰った後、何か変わったことはなかった?」  「昨日?いや、別に……ってか、ケイは向こうからこっち側覗いてるんじゃなかったのか?」  「それが、昨日の夜は妙にこっちの様子を映したカメラの調子がおかしくてね。その復旧で忙しかったのよ」  「そっちもなんだか大変そうだな」  カメラという身近な存在が別の世界に存在するというのも妙な感じだが。  「まあ、君たちに比べればどうってことないけどね」  そう言って、おれとエルの髪をくしゃくしゃと撫でるケイ。  なんだか、少しくすぐったかった。  「まあ、別に変わったことがなかったならいいけど」  ケイがすっと空に浮く。  「ん?もう帰るのか?」  「ええ。そろそろ、私もあまりこっちに干渉出来なくなってきたのよね」  「いやあんた、今まで干渉しすぎてただけだろ」  「そうとも言うわね。まあ、それが私なりの罪滅ぼしなわけよ」  「罪滅ぼし?」  「あ、聡君は気にしないでいいわよ。私の個人的な問題だから」  「言われなくとも、気にするほどの余裕はないゾ」  「それもそうね。じゃあ、明日は頑張るんだぞ、少年」  そしてくすくす笑いながら消えていくケイ。  「ったく、一体皆何に期待しているのやら」  「あの、聡さん」  今まで大人しくしていたエルが、真剣な表情でおれに問い掛けてきた。  「ん、なんだ?」  「やっぱり、明日のおやつは500円までなんですか?」  「………エル、明日は別に遠足に行くんじゃないんだぞ」  「え!違ったんですか!」  やれやれ、エルの天然はおれにエーテルを返したくらいじゃ治らないようだ。  というか、やっぱりエルも元から天然だったんじゃないか?  おれは基本的にツッコミにまわることが多い……ってそれは梓も道夫も由美も基本的にタイプ:ボケだからか。  それに周りからおれが「天然」って言われたことはないしな。  まあ、それはともかく。  「エル、今日はもう寝るか。風呂はおれが先に入るからちょっと待っててくれ」  「あの、ご一緒しては」  「却下」  いや、一緒に入りたいのはヤマヤマなのだが。  あの熱湯を食らったらおれの生命に関わるのだ。  「んじゃ、大人しく待ってなさい」  「はーい」  多少がっかりした顔のエルに見送られ、おれは風呂に入った。  「ふぅ、さっぱりした」  いつもよりちょっとだけ長めに風呂に浸かっていたおれは、手早く着替えてエルを呼んだ。  「お〜い、エル。風呂空いたぞ」  しかし、返事がない。  「む。エル〜いないのか〜」  って、エルが一人で出歩くとは考えにくい。  「寝てるのか〜寝てたら返事しろ〜」  と、お約束の言葉を口にする。  「寝てま〜す」  「なんでやねん!」  つい、使いなれない関西弁などでツッコミつつ、声がした方へと向う。  声は、リビングから聞こえてきたようだ。  「って、本当に寝てるのかよ!」  おれはさまぁ〜ずの三村の三歩先をいったようなそのまんまなツッコミを発していた。  そう、確かにエルはリビングのソファですぅすぅ寝息をたてて眠っていたのだ。  「狸寝入り……じゃあないよな」  つーことはなんだ。  さっきのは寝言か?  恐るべし、エルシオーネ=ワイアール。  「ったく、寝るなら自分の部屋で寝ろよな」  いや、本当は姉貴の部屋だけども。  とりあえず、こんな所で寝せておくのもなんなので、起こすことにする。  「おーい、エル、夜だぞ」  「わかってる」  そう言ってむくっと起きあがるエル。  ちょっとびっくりした。  「聡、おはよ」  「ああ、おはよう…じゃなくて、今は夜なんだが」  「いいの。起きたらおはようなんだから」  「むう。間違ってはいないが……」  というか、エルの口調が間違ってる気がする。  「で?」  「で?」  「もう、鈍いわね。おはようのキスは?」  「するか!」  どうやら、今日もまたエルは昔のエルに戻ってるようである。  「いいからとっとと風呂入って寝なさい」  「それはダメ」  「へ?」  「少し、聡に話しておきたいことがあるから」  それは、おれが今まで見たことがない、エルの表情だった。  「あ、ああ」  そんな顔をされたら、おれは頷くこと以外出来なくなってしまう。  「とりあえず、お風呂入ってくるね」  そう言ってとてとてと去っていくエル。  「話しておきたいこと…?」  まあ、おれもエルに聞きたいことは山ほどある。  けど、それは明日“水鏡”に行ってから聞こうと思ってたし、そうしないといけない気がした。  いや、確信めいたものは何もないんだけども。  やはり、そもそもの発端を作ったと思われるあの場所には、何かの鍵が隠されているのではないだろうか。  それに“エーテル”がどうだとか言われても、正直おれにはピンとくるものがない。  そんな事をつらつらと考えていると、エルが風呂から上がってきた。  「お待たせ」  「速かったな……って、さっさと着替えてくるべし!くるべし!くるべし!」  おれは何故か矢吹ジョーも真っ青のシャドウボクシングでエルを追い払っていた。  「エルのやつ、段々露出度が高くなってきているのは気のせいか?」  「読者サービスなんだけど」  「早っ!ってか、なんだよ読者サービスって」  「気にしない気にしない」  そう言って、おれの正面にぽふっと座るエル。  「さて、何から話そうか」  「そうだな。まず、今のエルの状態から説明してもらえればこっちも助かるのだが」  「私はエル。正真正銘エルシオーネ=ワイアールよ。それ以外の何者でもないわ」  「いや、それは分かってるけども。どうしてこう急に性格が変わっちまうんだ?」  180度とまではいかないが、90度くらいは変わった性格への疑問を、おれはまずエルにぶつけた。  「そうね。まずはそれから話しましょうか。まずは今の私。今現在の私は基本人格で上位人格にあたるの。今までは聡のエーテ ルに抑制されて顕在化できなかったけど、聡にエーテルを返したことによって浮上することが可能になった。今はまだ表層の意識 が途切れている時にしか現れることは出来ないけど。次に、表層の私。これは、私が聡のエーテルを受け入れたことによって創り あげられた後天的な人格。でも、私であることには変わりはないんだけど、聡の“エーテル”の影響をモロに受けたせいもあって 基本人格である今の私とはかけ離れたものになってしまったようね。まあ、なんでか知らないけど、もともとあった私の天然の部 分が聡の“エーテル”「によって肥大化されたみたいだけど。というわけで、聡の“エーテル”が天然要素満載ってわけじゃない から安心していいわよ。あと、上位人格である今の私は、表層人格であるエルの時の行動や思考を全部把握してるけど、表層人格 であるエルは上位人格の今の私の行動や思考は記憶できない仕組みになってるの。どう、わかった?」  「いや、あんまり。出来ればもう少し簡単に説明してもらえると嬉しいです。ハイ」  「まったく、しょうがないわね。簡単に言うと、今の私は普段のエルが眠ってる時にしか出て来れないの。そして普段のエルは 私が出現したということを知ることが出来ない。でも私は普段のエルがやったこと、考えたことを全部知っている。つまり、二重 人格のパワーアップバージョンだと思ってちょうだい」  「いや、どこがどうパワーアップしてるのかはわからんが、なんとなくわかった」  つまりだ。  今のエルは俺が最初に出会ったエルで、天然のエルは俺の“エーテル”が作り上げた二次的なエルらしい。  そして、今のエルは天然エルのことを何でも知ってるが、天然エルは今のエルのことを全く知らないようだ。  「つまり、パイとパールバティの関係みたいなもんか?」  「あれは同一の意識持ってるでしょ。少し違うわ」  この説明でわかるエルもある意味すごいぞ。  「さて、ここで聡に質問です」  「ん?スリーサイズなら教えないぞ」  「あのね。真面目な話なんだけど」  「スイマセン」  どうも、昔のエルには敵いそうもない。  「じゃあ質問。明日のデート、今の私と今までの私、どっちと行きたい?」  「は?!」  それは、あまりに予想外の質問だった。  「それはどういう…」  「言葉通りよ」  と、なんだかどっかの姉ちゃんみたいなことを言うエル。  「どっち、とか聞かれてもなぁ」  今のエルは昔のエル。  おれが初めて出会った、多分初恋を抱いてたエル。  今までのエルは、つまり絵里。  おれにぶつかって、おれと暮らして、おれと一緒の空気を吸っていた絵里。  どちらも、エルであり、絵里なのだ。  ただ、エル>絵里という不等式は成り立つけれど、絵里>エルという不等式は成立し得ない。  要するに、絵里とデートに行けば自ずとエルともデートしたことになる。  それでも、選ばせようとする、エルの意図がおれにはわからない。  そして、おれは、  「選べねーよ、そんなの。ってか、選ぶとかそんな問題じゃないだろ?」  「そうね。まあ、どうせ私はまだ表層の意識が沈んでいる時にしか出て来れないんだけど」  なら聞くなよ、とはおれは言えなかった。  「でも、これだけは覚えていて。あなたは、選ばなかったけれど、選ぶことも出来た。決して選べないわけではないってこと」  「は?」  「つまりね、聡の周りには常にいくつかの選択肢が用意されてるってこと」  「選択肢、ねえ」  「じゃあ、私はそろそろ寝るね。明日のためにもしっかり休んでおかないと」  「ああ、そうだな」  「おやすみ、聡。明日のデート頑張るんだぞ」  そう言って去っていくエル。  とうとう本人にまで応援されてしまった。  一体何をどう頑張ればいいのか皆目見当がつかないが。  「ま、いいや。おれも寝よう」  こうして、ちょっとだけ核心に迫れた気になった木曜の夜は更けていった。
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3/30 第97話 「Water Mirror」

 「おはよう、エル」  「おはようございます、聡さん。今日は早いんですね」  いつもより1時間以上早く起きたおれが階段を降りていくと、当然のようにエルが朝飯を作っている。  この風景を見ると、ずっと昔からエルがこの家に居たような錯覚を覚えるけど、実際にエルがこの台所で朝食を作りはじめてか ら、まだ一週間も経っていないのだ。  「まあな。今日はちょっと早く出かけないといけないからな」  「?どうしてですか?」  「あんまり人に見られたくないからな」  そう。おれとエルが今日行く予定の“水鏡”は、学校とは逆の方向にある。  必然的に学校と反対方向へと向かうことになり、そんな所を知り合いに見つかったらちょっと面倒なことになるのだ。  幸い、おれは私服だと大学生でも通るくらいの身体と顔をしているらしいし、何よりエルは絶対に日本人では有り得ない顔立ち なもんだから、傍目には学校さぼってる高校生とは映るはずもないだろう。  「というわけで早速行くぞ」  ちなみにおれはジーンズに濃い緑の長袖Tシャツという、まあ普通の格好をしている。  「え、今からですか?朝ご飯は……」  「朝からこんなに食えないってば!そしてエル、今すぐ着替えるべし」  おれはテーブルの上に並べられた和洋中なんでもござれの豪華絢爛な朝食の数々を指差して言った。  まあ、エルが料理を作りすぎるのは今に始まったことではないのでいいとしよう。  だが、だがしかし!  なんでまた制服着てるのかな、エルは。  まがりなりにも“デート”に行くのに制服はないだろ、制服は。ただでさえ学校さぼるっていうのに。  つーかまあ、本当はもうちっと可愛い服着て欲しいってのが本心だったりするわけだが、さすがにそんなことは言えないので黙 っておく。  「はい、わかりました」  少しだけしゅんとなって、エルが自分の部屋へと着替えに行く。  ん、着替え?  そういや前にもこんなシチュエーションがあったような………  「聡さん、お待たせしました」  「おう、早かった……回れ右!」  おれの声に条件反射したかのようにくるりと向きを変えるエル。  「前へ進め!」  そして自分の部屋へ逆戻り。  「別の服に着替えるべし!」  「え、これじゃダメなんですか」  「俺的には大丈夫だが、世間的に許されない格好だ」  「はぁ」  まったく、なんであんな……某有名ファミレスの制服がうちにあるんだ?!  あれを着た女の子と外を歩いてたんじゃ目立ちすぎる。いくら人通りが少ないとはいっても、用心にこしたことはないからな。  「聡さん、今度はどうでしょう」  「グッジョブ!でもそれもだめだ」  「そうなんですか?」  なんでまた大正浪漫なあの有名店の制服なんだよ。今日は制服デーか?  「というか、おれが選ぶからそれを着るべし」  どうにもこうにも時間がかかりそうなのでおれはそう言うとエルの部屋へと入っていった。  そういえば、エルがここに来た最初の日もこうやっておれがエルの服を選んでやったんだっけか。  というわけで。  「じゃ、これ着て出かけるぞ」  「あ、これは……はい!」  どうやら、それがおれが最初にエルに選んでやった服だということを、エルも覚えていたらしい。  むう、なんだか無闇にこっ恥ずかしいぞ。  というわけで、おれは一足先に玄関でエルを待つことにした。  ほどなく、着替えたエルが玄関へと現れる。  「じゃあ行くか」  「はい」  極自然に、いつも通り学校へと向かうように家を出るおれとエル。  外は穏やかな陽射しに包まれ、未来へと繋がるような空が広がっていた。  実は、おれはあの日以来じいさんの家へ行っていない。  あの日とはつまり、おれの“エーテル”が封印された日。  というわけで、必然的に湖へと行くのもその日以来となるのだが。  「着いた」  思ったよりも早く辿り着いたので、おれは少し驚いた。  まあ、あの当時は子供だったからやたらと遠く感じていただけかもしれない。  「ここが、そうなんですか?」  この場所を知ってるはずのエルが疑問の声をあげる。  「ああ、確かにここだと思うんだが……」  おれでさえ、ここが本当にあの“水鏡”なのかと疑ってしまう。  周囲を囲む森や、池の形などはほぼあの当時のまま残っているので、ここであることは間違いないのだが。  ただ一つの決定的な違い。  それは、池の水が暗く澱んでいることだった。  「これじゃ、もう“水鏡”なんて言えないな」  「どうして、こうなってしまったんでしょうね」  エルはそう言いながらしゃがんで水面に手を触れた。  澱んだ水面はかすかに波打つだけで、他には何の変化も起こらない。  「結局、骨折り損だったか」  なんだか拍子抜けしたおれは、近くの木陰にペタリと座り込んだ。  「あ、聡さん。お昼ですか?」  それを休憩の合図だと思ったのか、エルが弁当を用意し始めた。  まあ、丁度いい頃か。  「というかエル、いつの間に弁当なんか持ってきてたんだ?」  確か、出かける時は手ぶらだったはずだ。少なくともおれは荷物になるようなものは持ってきていない。  「世の中には色々と便利なものがあるんですよ」  と言って微笑むエル。  ここで言う世の中とは、多分アルファゾーンのことなだろうな。  地球でそんなことが出来るのは未来の世界の猫型ロボットくらいなものだ。  「まあ、いいか。それじゃ、いただきます」  「いただきます」  こうやって俺たちは、どこをどう見ても今朝食卓にあった料理にしか見えない弁当をおいしく食べた。  その後、池の周りを色々と調べてみたりもしたが、結局何も発見できないままに日が暮れてきたので仕方なく帰ることとなった。  収穫は何もなかったものの、エルと過ごした時間は楽しく、こういのもたまにはいいかなどと思ったのだが。  その、“たまに”という時間の猶予がおれとエルの間にはもう残されていない。  家に帰ってきてからはそんなことばかりを考えて気が焦り、必死で考えても何も浮かばず、結局一睡も出来ずに土曜日の朝を迎 えることになってしまった。
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4/30 第98話 「Day last」

 「で?」  今日は学校が休みということもあり、三人揃って朝一番でおれの家にやってきた梓・由美・道夫が発した第一声がそれだった。  「見りゃわかるだろ」  三人に自分の顔を見せる。  「うん」  「なるほど」  「わかりやすい」  という反応が返ってくるのがわかりきってるぐらいに、おれは憔悴した顔をしていた。  そして、四人で同時に深くため息をつく。  「皆さん、どうしたんですか?」  ここに、全く普段と変わらない調子の当事者がいるのはまあこの際置いておこう。  「なんとかならないのかな?」  「正直、お手上げだよ」  力ないオーバージェスチャーをしながらそう口にすると、  「サトシ!あんたがそんな弱気でどうすんのさ!」  梓が厳しい口調で発破をかけてきた。  「男なら絵理ちゃんの5人くらい自分のモノにするくらいの勢いで突っ走りなさい!」  いや、それは行き過ぎだろ。  「そうだね。私はもうとっくにそうなのかと思ってたんだけど」  「をい。由美、それは何の話だ?」  「あ、気にしないで」  「気になるわい!」  「私も気になる」  「なんで梓まで気にするんだよ」  「不可抗力よ」  「わけわかんねー」  「まあ、私が聡のモノだって所に反論の余地はないわね」  「!!!」  時が止まる。  「……絵理ちゃん?」  「ん、どしたの皆?急に固まったりして」  「そんな、声まで変わって!」  いや、声は変わってないぞ道夫。  「絵理……いやエル。なんでお前が今居るんだ?」  「え、ああ、そうか。聡以外はこっちの私知らないんだったね。まあ、私も絵理でエルだから気にしないでちょうだい」  「気になるってば!」  「由美、説明プリーズ」  「わかった、犯人は委員長よ!」  いかん、皆混乱している。  「道夫、この件に関して由美は何も知らないから聞いても無駄だぞ。というか由美、何の犯人が委員長なんだよ」  「え、小学校の時のヨーグルト事件だけど」  そんな時のこと覚えてねえ。つーか由美とは中学校の時知り合ったから小学校時代のことを知ってるはずねーじゃん。  「まあ、それは置いておくとしてだな。多分、今のエルの姿が本来のエルだと思うんだ」  「それって、どういうこと」  「あー、おれにも難しいことはよくわからんのだが……エル、交代」  「らじゃ」  ぴしっと敬礼して、エルはこの間おれに話したようなことを話はじめた。  というか、この間より随分わかりやすかったような気がするのは気のせいか?  まあ、おれが一度聞いてたってのもあるだろうが。  「ふ〜ん」  「なるほど」  「むぅ」  道夫以外はどうやら理解できたらしい。  「まあ、俺も聡と同じで難しいことはよくわからんが、早瀬がエルでエルが早瀬ってことか」  ま、道夫の場合はいつもの如くありのままを受け入れるだろうから理解できなくても困りはしないだろうが。  「大体のことはわかったけど、一つだけわからないことがあるわ」  そう。由美が言うように、さっきの話と矛盾していることが一つある。  それは、何故絵理の意識がはっきりしている今、エルが現れたのか。  「絵理ちゃんが聡君のモノってどういうこと?」  「って、そっちかよ!」  「サトシは黙ってる!!」  「ハイ」  妙なプレッシャーに負けて、おれは静かにせざるを得なくなった。  「ま、頑張れ」  いつの間にか隣に来ていた道夫が、静かに俺を励ます。  励まされたところで、俺に出来ることなどないのだが。  「実際、絵理ちゃんはサトシのモノになっちゃったわけ?!」  何故か半分泣きそうな顔で梓がエルに詰め寄る。  「え、それはそうなんだけど。多分、梓が考えてるモノとはかなりのズレがあるから安心していいわよ」  「ズレ?」  「ま、聡にそんな甲斐性はないって話」  「そ、そっか。そうだよね」  むう。なんだか酷い言われようだ。  「ま、結局は“エーテル”の共有における連鎖的反応が、個体間の相違性を結合させた結果のところであるわけよ」  いや、だからね。  そんな意味不明の説明されてもこっちは全くわからないんですが。  「へぇ、そうなんだ」  「って、由美。お前今のでわかったのか?」  「うん。つまり、『俺とお前は一心同体、一蓮托生ランデブー』ってことよ」  「いや、自分なりのアレンジはいれなくていいから」  それにしても相変わらず謎なセンスだ。  「そう?簡単に言うと、絵理ちゃんと聡君は心と心が繋がってるってことだと思う」  「そうなのか?エル」  「大体正解」  「そういうことらしいぞ、梓。って梓?」  梓はどうしてだか顔を真っ赤にして俯いている。  「どうしたんだ?」  「乙女のポリシーってやつだろ」  「それは違う」  そんな状態でもツッコミを返すあたり、どうやら左程問題ではないらしい。  「というわけで、そっちの問題は解決したんで今度は俺から質問だ。というか最初に聞いたはずなんだが」  「ああ、どうして私が今ここに居るかってこと?」  「うむ」  「ま、隠したってしょうがないと思うから言うけど。そろそろタイムリミットが近づいてるからよ」  「…………タイムリミット」  静かにそう呟く。  あまり考えないようにしていたが、それは確実に訪れる。  今日の午後4時ジャスト。  俺や、エルの意思とは関係なく、確実に何かが変わる刻限。  「そのタイムリミットと、絵理ちゃんが変わったのにどんな関係があるの?」  「この際、はっきり言っておくわ。このままだと、私はアルファゾーンに戻ることになる」
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5/22 第99話 「I don't say “Good-bye”」

 「戻るって……え?」  「つまり、そういうこと」  と、何食わぬ顔でお茶をすするエル。  というか、いつのまにお茶なんか用意してたんだ?  「なあ、早瀬。もう少しわかりやすく説明してくれないか?」  「そうね。簡単に言うと、今まであなたたちが接してきた『早瀬絵理』はこちらの世界だけでしか存在できない、いわば仮の人 格なわけね。それでも、この世界での主人格だった今までは私は表に出てくることが出来なかったわけ。でも、聡が記憶を取り戻 して私のことを思い出したから、メインが私にシフトしていったわけよ。それでもまだ『絵理』としての存在意義がはっきりして たから、私は『絵理』の意識が退いたとき、つまり寝たり気絶したりする時にしか表に出られなかったの。でも、タイムリミット が近づいてきた今、『絵理』の必要性が希薄になってきたのね」  ………いや、全然簡単じゃないんですけど。  「つまり、強制召還へのカウントダウンが始まっちゃったのね……」  深刻な顔で、由美が呟く。  その言葉を聞いて、おれもようやく理解した。  強制召還。  つまり、おれたちやエルの意思とは関係なく、エルがアルファゾーンに連れ戻されること。  その場合、双方の記憶は封印されるらしい。  「……それだけは絶対やらせねぇ」  力を込めて、おれは呟く。  「うん」  「当たり前よ」  「そうだな」  「私も、記憶を封印されるのはこりごりよ」  おれも二度とゴメンだ。  「でね。実はまだ私も諦めてなかったりするんだな、これが」  「諦めてないって、そりゃさっきから何度も確認してるだろうが」  「いや、そうではなく」  なぜか急に畏まった口調になるエル。  「私は、まだ聡をアルファゾーンへ連れて行くことを諦めてないの」  「は?」  「へ?」  「ふ?」  「あんですとぉ?!」  そのエルの言葉は、何事にも動じない道夫に卓袱台返しをさせるほどに衝撃的な告白だった。  「とういか道夫、危ないから卓袱台返しはやめてくれ」  「ああ、すまん」  そう言いながら、てきぱきと卓袱台返しの事後処理をこなす道夫。  「まあ、それはともかくだ。エルさん、今なんとおっしゃいました?」  「何がなんでも聡にアルファゾーンに来て貰うって言ったの」  「でもさ、絵理ちゃんは聡がここに残ることに納得してたんじゃなかったっけ?」  「それはあくまで『絵理』が決めたこと」  っていうか、お前が絵理じゃねーか。  というつっこみは、なんだか余計に混乱しそうになるので心の中にしまっておくことにする。  「じゃなかったら、なんで私が聡に“エーテル”を返したと思ってるの?」  そういえば、あの時絵理は「“エーテル”に蓋をしてここに残るか、“エーテル”を受け取ってアルファゾーンにくるか」とい う選択を迫ってきた。  その後、おれはべつに“エーテル”に蓋をされた記憶はない。  「というかちょっとマテ。おれはいつの間に“エーテル”を受け取ってたんだ?!」  あの時、おれは絵理から確かに「“エーテル”を返した」と聞いた。  今まで深く考えなかったが、絵理に返した覚えがないのと同様、おれにも受け取った覚えがない。  「まったく、鈍いとゆうかなんというか。まあ、それが聡なんだけど」  やや呆れた顔で、エルが呟く。  「悪かったな。で、いつなんだ?」  「言ってもいいの?」  「言わなきゃわかんねーだろうが」  「…………あの時よ」  少し恥ずかしそうに、視線を横にずらすエル。  「あの時ってまさか………読者サービスの時か!!!」  「違うっ!!キスした時に決まってるでしょうが!!!!!」  息を荒げて声高に叫ぶエル。  そして、一瞬の静寂。  その後。  「サ〜ト〜シ〜く〜ん?どいうことなのかなぁ〜〜?」  怖い。  梓が非常に怖い。  「いやマテ。あれは不可抗力というか、おれも被害者というかなんというか」  「で、実際どうだったの?絵理ちゃんの唇の感触は」  「ああ、それはなんだか懐かしい……って由美!何を言わせるか!」  「ま、人生いろいろだな」  「道夫もその言い方なんかムカツクぞ」  「サトシも話をはぐらかさない!!」  「ハイ、スミマセン」  「本当、あなたたちって仲が良いわよね」  「まあ、袖すりあうも多少の縁というしな」  「道夫君。それ使い方間違ってる。多分漢字も間違ってると思うけど」  「で、どうなのサトシ。実際絵理ちゃんとはもうそんな関係なの?」  「そんな関係って、なんだよ」  「それは、その、恋人、とか」  「ちなみに、私は聡のこと愛してるから。心の底から」  …………今、さらっとエルの口から重大発言が飛び出したような気がするが、面倒なことになりそうなのでスルー。  「愛だって。恋通り過ぎちゃってるね」  「こりゃキス以上の何かもあったかもな」  「何にもねーよ!」  頼むからそこの二人、事態を掻き回さないでください。  「サトシ、答えて。あなたは絵理ちゃんのことどう思ってるの?」  梓が、真剣な目で聞いてくる。  これはお茶を濁すような答えを言ったら殺られるね、確実に。  「…………正直、まだよくわかんねー。確かに、おれの初恋の相手はここに居るエルだ。けど、再会したときのエルはエルじゃ なくて絵理で。それは再会というよりは出会いに近かった。その後色んなことがあって記憶を取り戻してもやっぱり絵理は絵理の ままで……あー、もう自分でもようわからん!!とにかく、おれはエルに好意をもってることは確かなんだが、それが恋愛感情な のか、それとも別な何かなのかはっきりしないんだよ」  「恋愛感情にしときなさい。そうすれば私と向こうでラブラブライフが送れるわよ」  「いや、エルに決められてもなぁ」  なんというか、微妙にその『ラブラブライフ』というのに抵抗を感じたりもする。  「そっか。そうだよね。私も、まだわかんないもん……」  梓は梓で、何やら悩んでいるようだ。  「これはもう、じゃんけんで決めるしかないわね」  「何をだ?」  「聡君が向こうに行くか行かないか」  「マテ、なんでそうなる?」  「面白そうだから」  「人生の重要な岐路をじゃんけんで決められるか!」  とはいっても、由美ほどのギャンブラーになるとじゃんけん一つをとっても、それで得た答えが正しい答えになるということは 知っている。実感として。  が、おれにそんな才能はないので勿論却下だ。  そして、おれの中で既に答えは決まっていた。  「俺は、ここに残る。これだけは変わらない」  「どうしても?」  「どうしてもだ」  「そっか。ちょっと誘惑が足りなかったのかな」  ボソっとそんなことを呟くエル。  「残念だなぁ。こっちに来たらあんなこととかそんなこと、ましてやこんなことまでしてあげようと思ってたのに」  「サトシ!顔が変」  「ああ、いや、エルの言葉なんか気にならないぞー」  「ちっ」  「なんか、話が変な方向に進んでるねー」  「ああ。そろそろ修正しておくか。ところで聡。お前がここに残りたいのはわかった。と、するとだ。早瀬が強制的に戻される 前に、送ってやったほうがいいんじゃないか?結局、早瀬がここに残る方法は見つかってないんだろ?そろそろ時間もヤバイしな」  そう言って時計を見る道夫。  現在時刻、午後2時5分。  タイムリミットまで、もう2時間を切っていた。  「そうね。聡がどうしてもここに残るっていうのなら、それも仕方ないかな。じゃ、行こうか」  「行くって、何処に?」  「始まりの場所。そこで、全てを終わらせましょう」  エルに連れられてやってきた場所。  それは、予想通り“水鏡”だった。  そして、そこは昨日とは違い、本当に“水鏡”になっていた。  「何で?」  「それはね、ここは普通の道を通ってきたら普通の湖にしか見えない場所なのよ。『絵理』はここへの行き方を知らないからね」  なるほど。  だから昨日は何の変哲もない湖だったのか。  「にしても、着くの早すぎないか?」  「それは企業秘密」  昨日は結構歩いた気がする距離を、今日は10分程度しか歩いてない。  まあ、概ねエルが何かやったんだろうが。  「本当、綺麗な湖ね」  「うん。なんだか心が洗われそう」  「洗濯物洗ってもよさそうだな」  「道夫、風情がないわよ」  とまあ、三人は相変わらず相変わらずなことをやってるが。  「じゃ、聡。私、もう行くね」  「え?ちょっと待て。もう行くのか?」  タイムリミットまでは、まだ1時間以上残っている。  「うん。これ以上こっちに居ると、泣いちゃいそうだから。私、聡に泣いてるところを見られるのは嫌。聡には、私のいい顔だ け覚えてて欲しいから」  「エル………」  ドクン。  急に、自分の鼓動が耳元で聞こえてきた。  これで、本当にいいのか?  エルをこのまま行かせて、本当におれは後悔しないのか?  「梓、聡のことよろしくね」  「絵理ちゃん…」  「由美、みんなのことしっかり面倒みててね」  「うん、わかってる」  「道夫、あなたは味覚をどうにかしたほうがいいわよ」  「余計なお世話だ」  それぞれに別れの挨拶を済ませるエル。  そして。  「聡………私はあなたに会えて幸せだった。そして、この想いは一生消えることはないと思う。だけど、あなたも私のことを覚 えていてなんて言わない。その変わり、一つだけ約束して欲しいの」  「………ああ」  「きっと、幸せになってね」  ドクン。  さらに高鳴る鼓動。  お前も幸せになれよ。  そう言おうとするが、どうしても口に出すことが出来ない。  おれは一体どうしたいんだ?おれは一体どうすればいい?  「じゃあね、皆。さよなら」  サヨナラ。  別れの言葉。  再会すら望めぬ、完璧な離別。  その言葉を聞いた瞬間、おれの中で何かが弾けた。  「…………俺は、言わない」  「え?」  「さよならなんて、言うもんか!」  「ちょ、ちょっと、サトシ!」  見れば、エルは目を閉じて何やら口ずさんでいる。  どうやら、それが帰還用の呪文であるらしい。  おれには、一つの考えが浮かんでいた。  それは、どうしてエルがこの場所にやってきたのかということ。  結論から言うと、多分、エルには帰還するための“エーテル”が不足していたのだろう。  だから、“エーテル”の増幅装置として利用するためにここへと来たのだ。  もうすぐ、エルの詠唱が終わる。  一か八か、賭けてみるしかない!  「聡君!何をするつもりなの!」  咄嗟にひらめいた、エルをこの世界にとどめる方法。  エルが、自分の意思で戻ると、記憶は残る。強制的に戻されると、記憶は封印される。  じゃあ、自分の意思で戻る途中でなんらかのアクシデントにより、またこっち側へ戻ってきた場合はどうなる?  はっきり言って、俺にもどうなるかはわからない。  ただ、何もしないでエルが消えるのを見ていることは、俺には耐えられなかった。  そして、そのアクシデントを起こす方法を、俺は直感的に悟ったのだ。  「梓!由美!道夫!後のことは頼んだ!」  エルが呪文の詠唱を終えた瞬間、俺は“水鏡”へと身体を投げ入れた。  「サトシ!!」  「聡君!!」  「聡!!」  三人の声が遠くから聞こえる。  (どうなるかわからんが………ままよ!)  おれは、心から強く願った。  おれの中にある“エーテル”を全て解き放つ、と。
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5/28 第100話 「It's a Wonderful World!!」

 春。それは出会いの季節。  そしてそれは同時に、別れの季節でもある。  季節がまた巡るように、人と人とも出会い、そして別れる。  「ちょっとサトシ。何似合わない顔してんのよ」  「なんかセンチメンタルジャーニーって顔だったね」  「ちょっと寒気がしたぞ」  「……道夫、それは言いすぎだろ?」  ちょっとだけ訂正。  この三人とは、きっと一生別れることはないだろう。  いや、それもちょっと訂正。  「聡兄さん!待ってくださいよ〜」  おれはゆっくりと振り返り、駆け寄ってくる少女に向かってこう叫んだ。  「早く来ないと置いてくぞ、絵理!」  絵理を含めたこの四人との絆は、何があっても途切れることはないだろう。  正直、あの後のことをおれはよく覚えていない。  気がつくと、そこは自分の部屋だった。  目を開いて最初に飛び込んできたのは、憔悴しきった梓の顔だった。  「サトシ!」  「ああ、梓……おれは一体……?」  「聡君、急に池に飛び込むんだもん。あの時はびっくりしたよ」  「その後、お前すぐに出てきたんだが、気を失ってたみたいだったんでな。俺がここまで運んできたんだ」  「そうか………すまなかったな道夫」  そこで、俺はふと気づいた。  「そうだ、時間……由美、今何時だ!」  「え?今は……5時ちょっと過ぎだけど?」  5時………とっくにタイムリミットは過ぎている。  部屋を見回しても、エルの姿はない。  やはり、俺がやったことは何の意味もなかったのだろうか。  それでも、やはり聞かずにはいられなかった。  「なぁ、エルは………どうなったんだ?」  一瞬の静寂。  その後、由美が静かに口を開いた。  「それが……わからないの」  「わからない?」  わからないとは、どういうことだろうか。  とりあえず、皆絵理のことを覚えているようなので、最悪の事態だけは免れたことはわかった。  「ああ、早瀬なら元の世界に戻ったと思うんだが、ちょっと気になることがあってな」  「気になること?」  「そう、声が聞こえてきたのよ。絵理ちゃんが消えた後に。『待っててね』って。あれは、確かに絵理ちゃんの声だった」  「待っててね、か……」  酷く不明瞭な言葉だったが、俺はそれを信じようと思った。  「なら、おれは待つことにする」  「おいおい、俺、じゃなくて、俺たちだろ?」  「そうだよ聡君、水臭いね」  「サトシと私たちの仲じゃない」  「お前ら…」  不覚にも、目頭が熱くなった。  ったく、皆妙な所で熱血だからな。  「じゃあ俺らはそろそろ帰るわ。聡も疲れてるだろうしな」  「ん、ああ、すまんな」  「いいっていいって。明日も休みなんだからゆっくり休んでね」  「何かあったらいつでも私たち呼んでいいからさ」  「ああ、ありがとう」  そう言って、三人はおれの家を後にした。  「ふぅ」  一人になったおれは、一つため息をついた。  そして、やはり相当疲労がたまっていたのだろう、急速に深い眠りへと落ちていったのだった。  「「たっだいま〜」」  おれの安眠は、綺麗なユニゾンの帰宅の挨拶により妨げられた。  「ただいま………あ、そうか」  そういえば。  今日は温泉旅行に行っていた両親が帰ってくる日だった。  「聡〜起きてる?」  「起きてたら返事しろ〜」  「ああ、今起きた」  俺は階下に向かってそう叫んだ。  とりあえず、着替えを済ませる。  ああ、そういえば昨日風呂に入ってねーや。  ま、そんなこと気にする親でもないから別にいいのだが。  「「よっ!」」  久々に顔を見せる息子に、二人同時にシュタっと片手を上げて挨拶する、そんな親なのだ。  「ああ、お帰り」  「ふーん、私たちがいない間になんかあったみたいね」  その癖、妙に勘が鋭い。  「ん、まあ、結構色々とね」  「それがな、まだ終わってなさそうだぞ、聡」  「へ?」  父さんが意味深なことを言う。  「というわけでお前にお土産だ。もう入ってきていいよ」  父さんがそう言うと、母さんが玄関の外から、一人の女の子を連れてきた。  「……………………え?」  その少女を見て、俺は言葉を失った。  髪と目の色こそ黒に変わっていたが、その姿は、昨日まで俺の隣に居たエルそのものだったのだ。  「エル?」  「いえ、違います」  しかし、それをはっきりと否定するエル。  「え、じゃあ……」  「今日から私は氷上絵理になりました。よろしくお願いします、聡兄さん」  「……………………………………は?!」  そこから、おれの思考回路が回復するまでにたっぷり5分は要した。  「要するになんだ。絵理はうちの養子になったってことか?」  「まあ、超要約するとそういこと。というわけで今日から聡はお兄ちゃんってわけ」  「いやこの年で娘が出来るとは思わなかったぞ。しかもこんなに可愛いしな」  「もう、義父さんったら」  つーかちょっとまて。  絵理はなぜこうもうちの両親と既に馴染みまくってるんだ?  いやまあ、うちの親にそんな疑問をぶつけるのも愚問な気がするが。  「ところで、絵理。記憶は……」  「あ、それは大丈夫です。しっかりはっきりしゃっきり残ってますから」  心なし、絵理のキャラも変わってる気がするが、まあそれは些細な問題だろう。  「そうか……」  聞きたいこと、知りたいことはまだまだ山ほどある。  しかし。  「おかえり、絵理」  絵理がここにいるという事実。  それだけで、おれは満足できた。  「つーわけでだな、今日から絵理はおれの妹だ」  「よろしくお願いします、梓さん、由美さん、道夫さん」  「…………へ?」  「…………なんで?」  「ああ、よろしく」  さすが道夫、動じない具合がパワーアップしている。  「まあ何にせよ、もう絵理には“エーテル”は残ってないらしいから消えたり飛んだりは無理なんだそうだ」  「そう、それはちょっと残念……ってそれよりも前に。あなた、本当に絵理ちゃん?」  「はい、そうですけど?」  「だって、髪と目が……」  「ふむ。染めたりカラーコンタクトってわけでもなさそうだしな」  「細かいことは気にするな」  「気になるってば!」  「ああ、これはですね。カモフラージュなんですよ」  なんだか、微妙に返答になっていない返答を絵理が返す。  「カモフラージュって、絵理ちゃんカメレオンの仲間なの?」  「んなわけあるか!絵理にも理由はよくわからんが、気づいたらこうなってたらしい」  「ふーん、ま、そういうことにしといてあげるわ」  「まあ、早瀬」  「道夫」  「ん、なんだ?」  「今日から絵理は『氷上絵理』になったんだ。だから今日から絵理のことも名前で呼んでくれないか」  「私からもお願いします」  「わかった。じゃあ今日から絵理って呼ぶとしよう」  何故か大仰にそう言う道夫。  「うーん、これで絵理ちゃんも私たちの仲間って感じだね」  「でもさ、学校とかどうすんの?学校のほうじゃまだ『早瀬絵理』のままなんでしょ?」  「ああ、それならうちの親が『無問題』って言ってたから大丈夫なはずだ、多分」  「サトシんちの親父さんたち?なんか、そこはかとない不安を感じるんだけど…」  「私も」  「以下同文」  さすがに付き合いが長いだけあって、三人ともうちの親のことをよくわかっている。  「まあ、学校に行けば嫌でもわかるさ」  「ほほう、こういうことでしたか」  「なるほどねぇ」  「やっぱこうなるか」  「…………あんのバカ親が!!」  「聡兄さん、自分の親を悪く言っちゃだめですよ」  いや、この場合おれの発言は正しいと思うのだが。  で、なぜおれがそんなことを叫んだかというと、さっきのHRでの桐生先生の発言にある。  いつも通り委員長の挨拶で始まったHR。  しかし、平穏だったHRはそこまで、桐生先生の「おめでとう早瀬、いや、もう氷上か」という言葉で教室は一瞬の静寂に包ま れた。  そして、一斉に視線がおれと絵理に向けられる。  「へ?」  「しかしやるな氷上。式はいつ挙げるんだ?」  「はい?」  「ん、なんだ?お前ら結婚したんだろ?」  「はぃぃ?!」  ざわざわざわざわざわ…  ざわざわざわざわざわ……  様々な憶測、奇声、歓声、祝辞、冷やかしが飛び交う中の発言がさっきのあれというわけだ。  「だぁっ、違う!!」  俺はおもわず机を叩き立ち上がった。  「なんだ氷上、嬉しさのあまり立ち上がったのか?」  「違います!先生、いったいうちの親はなんて言ったんですか!」  「ん?ああ、確か『今日から絵理ちゃんはうちの子になりました。不束ものですがよろしくお願いします』だったかな?」  間違ってはいないが、勘違いされても仕方のない文面だ。しかも一言多い。  「先生、本当はですね。絵理はうちの養子になったんです。だから、絵理はおれの妹ってことになるんです!」  「なんだ、そうだったのか。みんな、ということだそうだ」  「はーい」  とたんに静かになる。  一体なんなんだこのクラスは?  「ま、それはそれで喜ぶヤツも多いだろうしな。んじゃ、ちゃっちゃとHR終わらすぞ」  そう言った桐生先生は本当にちゃっちゃとHRを終わらせてしまった。  「やれやれ」  とりあえず、誤解は解けたとはいえ、果たしてどのくらいの奴が信じてるかは疑問だが。  「聡兄さん」  「ん?」  「改めて、今日からまた、よろしくお願いします」  ペコリと頭を下げる絵理。  「ああ、こちらこそ、な」  そんな絵理を見て、ふと思う。  見慣れた場所に、見慣れた顔がある。  それはなんて幸せなことなんだろう、と。  そんな幸せを噛み締めながら、おれは質問攻めの波を避けるために廊下へ出る。  質問攻めの対象が絵理に集中してしまうが、その辺は梓たちがうまく対処してくれるだろう。  ふと、窓の外を見る。  空には、澄み切った青が広がっていた。  「一体、これからどうなっちまうんだろうなぁ…」  と、呟くとどこからか“あなた次第よ”というケイの声が聞こえた気がしたが、辺りを見回してもその姿は見えなかった。  「おれ次第か……ま、そうだよな」  よし、と気合をいれてまた教室に戻る。  まあ、何にせよだ。  おれはこの世界で絵理と暮らしていける。  それはおれが望んでいたこと。  そしてその望みは、多少変な形ではあるが叶ったわけだ。  あとは絵理の望みを叶えて………って、なんかそれはそれで色々とありそうだが。  とにかく。  おれは今、最高に幸せだ!  

お・し・ま・い♪