風を伝える瞬間に

 タタタタタ……  しんと静まりかえった深夜の校舎に響く、廊下を駆け抜ける音。  キン!  続いて聞こえる、金属のぶつかりあい。  昼間ならば異様であろうその音も、闇が支配するこの時にはいかにも似つかわしい。  「……逃がした」  暗闇の中から、少女が一人現れる。  先程まで手にした剣をふるい、見えない魔物と戦っていた少女の名は川澄舞。  「残念だったな、舞」  そして、舞の側に近寄ってくるこの少年は相沢祐一。  舞のパートナーである。  といっても、舞とともに戦うわけではなく、今のところは単なる夜食係といったところだ。  「はぁ、俺がもっと強けりゃ舞ももっと楽できるんだろうが……」  「じゃあ、特訓しよう」  そう言って舞は自分が手にした剣を祐一に差し出した。  「へ?!」  「祐一、さっき強くなりたいって言った」  「ああ、まあそりゃ言ったけど……」  「じゃあ、はい」  「別に今からじゃなくても」  「だめ。こういうのは早いほうがいい」  「……わかったよ」  祐一は覚悟を決めて舞から剣を受け取った。  もっとも、祐一のほうも本気で舞を守りたいと思っているので、その覚悟はとっくに出来ていたのだが。  「で、何をやるんだ?滝にでも打たれるのか?」  「学校に滝なんかない」  「相変わらず冗談が通じないな、舞は。本当は何をやるんだ?」  「風を、切ってもらう」  「………はい?」  祐一は、舞の言葉を理解できなかった。  「こういうこと」  すると舞は自分の手をすっと前に出すと、素早く上下に動かした。  「ん?別に何も起こらない……」  と祐一が言いかけた刹那、さっき舞が手を動かした個所に風が集まり始めた。  「な?!いったいどうなってんだ?」  「これを、祐一がやる」  「マジですか?」  「はちみつクマさん」  何が何やらわからないまま、祐一は特訓を開始した。  最初はただ、闇雲に剣を振る。  「違う。それじゃ風は切れない」  舞の指導は厳しい。  「ダメ。全然見えてない」  と言われても祐一には何のことだかさっぱりだ。  「こうするの」  そう言って舞は今度は手を円の形に動かした。  すると、その場にちょっとした旋風が巻き起こった。  「はぁ…そゆこと…はぁ……俺にも………はぁ…出来るように…はぁ…なるのか?」  既に満身創痍気味の祐一は剣を振り続けながら舞にたずねた。  「知らない。祐一次第」  その言葉を聞いてへたりこむ祐一。  祐一が舞を守れるようになる日は、まだ、遠い。