空を見上げている。 どこまでも続く、あの空を。 あの雲の向こう側で、少女は今も泣いているのだろうか? 羽ばたくための翼をしまったまま、進むことも落ちることもできずにその場に留まり続けて。 流す涙は自分の為でなく。 そんなことにも気づけないほど、あの時の私は幼すぎた。 そして私は、彼女を救えなかった。 空を見上げる青年が一人。 その手には古ぼけた人形。 なんとはなしに気になった私は、彼の行動を目で追っていた。 通りがかった子供に声をかける青年。 立ち止まる子供たち。 青年は古ぼけた人形を地面に置く。 そして、その人形は不思議な力で大地を歩いている。 ──法術。 久しく忘れていた力。 私が失ってしまった力。 そして、少女を救うたった一つの希望。 私は、青年に近づいていった。 「その人形はどうやって動かしたんだい?」 青年は不審そうな目で私を見る。 いきなり見ず知らずの男に声をかけられたのだ、無理もない。 「別に。種も仕掛けもありゃしないさ」 「ほう。では、もう一度見せてくれないかね」 近くで見て、確かめたい。 この青年の力を。 「おっさん、俺は慈善事業でやってるわけじゃないんだぜ」 「そうかね?さっきの子供たちは君に何かくれたのかね?」 「ぐ、あ、あんな金持ってなさそうなガキからふんだくるわけにはいかねーだろ」 「まあ、いい。お金ならちゃんと払うよ」 そう言って私は財布から千円札を抜き取った。 「よし、そうこなくっちゃ!おっさん、あんたなかなか物分りがいいな。なら、特別気合入れてやってやるぜ」 青年が地面に古ぼけた人形を置く。 そして、両手に念をこめはじめる。 すると── 古ぼけた人形が生き物のように動き出す。 間違いなく、これは法術。 だが、何か、何かが足りない気がする。 そんなことを考えている間も、人形は動き続けている。 ああ、そうか。 これは── 「で、どうだ?」 青年が感想を求めてくる。 「ふむ。なかなか不思議な力だが、いかんせん面白みに欠けるな」 その人形からは“心”が感じられない。 「……手厳しいな」 このままでは── 「……少女は救えない……」 「は?なんか言ったか?」 「いや、何も。まあ、いい退屈しのぎにはなったよ。ところで、君はさっき空を見上げていたね。何を見ていたんだい?」 「何って、空さ」 「空の向こうに何があるかを考えたことはあるかい?」 「はあ?いきなり変なこと聞くな、おっさん」 「で、あるのかい?」 「……ああ、『この空の向こうには翼を持った少女がいる。それはずっと昔から。そして今この時も。同じ大空の中で翼を広げ て風を受け続けている』……俺が母親から聞かされた言葉だ。続きもあったみたいだが忘れちまった。この言葉にどんな意味があ るのかは知らねえが、空を見上げるたびにこの言葉を思い出すのさ」 私はその続きを知っている。 悲しい物語の終焉を。 しかし、私はそれを青年に告げはしない。 それは、この青年が自分自身で向き合わなければいけないことなのだから。 「そうか。君はその少女のことをどう思う?」 「わかんねーよ、そんなこと。ただ、俺はその少女に会わなければいけない。そんな気がするだけだ」 「……ありがとう。それを聞いて安心したよ」 「?おっさん、別に俺は感謝されるようなことはしてないぜ」 「いや、いいんだ。さて、私はそろそろ帰るとするよ。……会えるといいな、その少女に」 「……ああ」 別れの挨拶もそこそこに、私は青年の前から立ち去った。 青年はまだ知らない。出会ってからの苦しみを。 だからこそ、あの青年ならば救えるのかもしれない。 空の彼方で泣きじゃくる、無限の檻に囚われたあの少女を。 in the sky
<終幕>