東鳩・愛の劇場 Extra Stage

 「やっほ〜葵。相変わらず頑張ってるわね」  私は一心にサンドバックに蹴りを打ち込む葵に声をかけた。小気味よいリズムを刻んでいた打撃音がふいにやむ。  「あ、綾香さん。こんにちは」  葵がはじけるような笑顔をこちらに向けてくる。  う〜ん、練習に打ち込んでる時の葵って、いい顔してるわ、やっぱ。  「どうしたんですか?急にここに来るなんて」  「あら?理由がなくちゃここに来ちゃいけないのかしら?」  「あ、えと、いえ、別にそんなつもりじゃ……」  ふふっ、この娘見てるとなんだか困らせたくなるのよね。  「冗談よ。ところであの不良部員、今日は来てないみたいね」  「不良部員って……もしかして、藤田先輩のことですか?」  「そうよ」  「先輩は、なんだか来栖川先輩に呼ばれてるから今日はこれないそうです」  「姉さんに?」  そういえば、姉さん昨日は遅くまで何かやってたみたいだけど……  「気になるわね……」  「え?」  本当は、葵とスパーでもやりたかったんだけど、昨日の姉さんの様子が、いつもと少し違ってたのが妙に心に引っかかった。  何も起きなきゃいいんだけど……  「?どうしたんですか、綾香さん」  葵が心配そうな顔で私を見つめている。  どうやら、相当深刻そうな顔をしてたみたいね。あんまりこの娘の練習の邪魔しちゃいけないと思ってたけど、しょうがない か。  このまま去っても葵は練習に身が入らないだろうしね。  「葵、ちょっとついてきて」  私は半ば強引に葵を連れてある場所へと向かった。  そこへの道すがら、私はバッグから携帯電話を取り出して電話をかける。  「もしもし」  電話の向こうから事務的な返事が聞こえてくる。  もうちょと愛想があればかなり可愛い声なんだけどな〜、などと思いつつ、私は電話の相手、セリオに話しかける。  「やっほーセリオ。今どこにいるの?」  「校門の近くです」  「校門って、寺女の?」  「はい」  ちょっと意外。  いつもならセリオはこの時間、とっくにバス亭に向かっているはずだもの。  「へぇ〜、めっずらし〜。ひょっとして誰かと待ち合わせとか?」  嬉しくなった私は冗談半分でそう聞いてみた。  「待ち合わせではなく待ち伏せです」  「な!?ま、待ち伏せ?」  一体どういうこと?  「綾香様、御用件は一体何でしょうか?」  「え?あ、ああ、そうだったわね。じゃ、その、待ち伏せが終わってからでいいからマルチが通ってる学校の校門で待ってて。 ……くれぐれも待ち伏せはしないように」  「了解しました」  「そんじゃね。ばいば〜い」  私は電話を切って小さなため息を一つついた。  待ち伏せ……?  なんでそんなこ……あ!  「葵、この学校に姉さん以外に不思議な能力の持ち主っているの?」  そう、セリオには最近新しいオプションが追加された。  詳しい事まではわからなかったけど、どうやら科学では解明出来ないようなものを排除しようとするらしい。  ま、排除っていってもただその能力を使えなくするだけなんだけど、その方法がちょっと荒っぽいのよね。  でも、そんなもん作っても、真っ先に排除されるのはうちの姉さんだろうと思ってたけど、どうやら姉さんは対象外らしか った。  それを知った時の姉さんの顔、何だか寂しそうだった。  やっぱり、自分の魔法が認められてないような気がしたのかな?  「ええ、いますよ」  葵が即答したってことは、まず間違いないわね。  「その人って、どんな人かわかる?」  「え〜と、私と同じ一年生の女の子で、あ、クラスは違うんですけど、姫川琴音ちゃんっていいます」  「女の子!?」  葵の答は私の想像とかけ離れていた。  私が想像していたのはいかにも「太陽が嫌いです」と体を張って自己主張しているような地味で暗めの男子生徒だったから。  「ええ、そうですよ。私も最近藤田先輩の紹介で知り合ったんですけど、可愛くてとてもいい子ですよ。この間、その、超能力 ってやつを見せてもらったんですけど、感動しました。人間って宙に浮けるんですね」  「その子、浮けるの!?」  「はい。あんまり高くは浮けないみたいなんですけど、最近じゃよく廊下を浮いて進んでるのを見かけます。最初はみんな驚い てたんですけど、近ごろは見慣れてきたみたいで。琴音ちゃんは『反応がなくなってちょっと寂しい』って言ってました」  「あんたの学校、来年から『廊下で浮いてはいけない』って校則ができるかもよ?」  「まさか〜、あ、ところで綾香さん、どこに向かってるんですか?」  「どこって……ああ〜!通り過ぎてる〜〜!」  しまった。私としたことがセリオと葵の話に気をとられすぎて気づかなかったわ。  これも、なにか良くないことがおこる前触れ………なわきゃないか。  そして、やっとこたどり着いたその場所とは……  「何しに来たの、綾香、葵」  さっきの葵の笑顔とは正反対のしかめっ面で好恵が外に出てきた。  そう、ここは空手部の道場。  空手部のみなさんがしきりにこちらを気にしてるけど、そんなものは意にも介さないで、単刀直入に切り出す。  「好恵、私についてきて」  「綾香、何言ってるの?今私は部活中なんだぞ?」  やはりというか当然というか、好恵はさも迷惑だという顔をした。  しかし、私は好恵の意志など最初から無視している。ということで、強制連行決定!  「いいから来るの、よ!」  「ぐふっ…」  好恵に当て身をくらわせて肩に担ぎ、呆然と立ち尽くしている空手部員の皆さんに、  「どうも〜、おじゃましました〜☆」  と、愛想を振りまいてその場を後にした。   「綾香さん……一体何をするつもりなんです?」  不安そうな顔で葵が聞いてきた。  「予感がするの」  「予感?」  「そう、それもとてつもなく嫌な予感が」  そして、残念なことに、私の嫌な予感は一度も外れたことがなかった。  「お待たせ、セリオ」  「問題ありません」  私たちは、校門の前でセリオと合流した。とりあえず、待ち伏せはしてなかったみたい。  ……って、当たり前か。  「じゃ、セリオ、好恵をおこしてあげて」  「了解しました」  別に私がやってもいいんだけど、乱暴なおこしかたしかできないから、セリオに任せちゃう。  「……ん、あれ、ここは?」  「おはよ、好恵」  「綾香……あんたね〜〜」  「怒らない怒らない」  「ったく、相変わらず強引すぎるわよ、あんた」  「へへっ。ところでセリオ、姉さんの居場所わかる?」  「それでは調べてみます……………消息不明」  「え!?」  「オカルト研究会の部室で藤田さんと会っていたのを最後にデータが消失しています」  行方不明ってわけか……まさか、誘拐されたなんて言わないでよね。  「あ、綾香さん、あそこ」  葵が指差したのはカーブミラーだった。  私たちはT字路を進んでいて、そのちょうど突き当たりにある右側を映すカーブミラーに2つの人影が映っていた。  「あれは、……浩之とあかりね。ちょうどよかった、姉さんの居場所を…」  私がT字路を右へ曲がろうとした瞬間、目の前を何かがものすごいスピードで通過していった。  「今のは………ハエ?」  「先輩、危ない!!」  少しの間立ち止まっていた私の横をすり抜けて、葵が浩之たちに向かって走りながら叫んだ。  次の瞬間、浩之たちに高速の飛行物体が突進してくる。あれは、まさか!  「え!?う、うわぁっと」  “それ”が体に当たる直前に上体をそらし、かろうじてその攻撃をかわす。でも、あんなんじゃいつかくらうわね。  私はミラー越しに眺めながら、そんなことを考えていた。  でも、まだ、私の出番じゃないわ。  「葵ちゃん、どうしてここに?」  葵の登場に、浩之は少し驚いてるみたい。まあ、タイミング良すぎたもんね。  葵とあいつじゃ“奴”にかなうはずもないけど、修行だと思ってちょっと見守ってましょ。  ………ん?何かやってないことがあったような……  あ〜!あかりのこと忘れてた!  え〜と、あかりは……あ、いた。  ん?あの娘何やってんの?ちょっと遠くて見えないわね。ま、そんなことはいいから早くあの娘を安全な場所に避難させなく ちゃ。“奴”は普通の人間には余りに危険すぎる。  「セリオ!あかりを連れて逃げて!」  「どこへ連れていきますか?」  「場所を指定出来るような場合じゃないわ。とにかく遠くへ、そしてあかりを追うやつから逃げ回ってくれればいいわ」  「了解しました」   そう言って素早く高機動遊撃部隊モードに切り替わったセリオは、まさに神風のごとくあかりを連れて(あれはさらってと言っ たほうがしっくりくるかな)この場を離れていった。  「先輩、次、来ます!」  こっちはこっちで大変そう。  「綾香、助けなくていいのか?」  好恵ったら、人がまるで助ける気がないみたいに言うわね。  そんなことを考えてる間にも、第2撃が浩之を襲った。  「え?おおっとー。何なんだ、一体?」  今度は、上空からの攻撃を後方にとんでかわした。  でも、あんまり賢明な判断とは言えないわね。  “奴”が地上に降りたところを狙って葵が蹴りを放つけど、それも空しく空をきった。  今は葵と“奴”のにらみあいが続いている。  あ〜もう、まったく。見てられないわ。  「まったく、危なっかしいわね〜」  「まったくだな」  好恵……なんで一緒に出てくるの?  「綾香!それに坂下まで……」  「好恵は葵を助けて。私はこいつにちょっと用事があるから」  「わかった」  「どうなってるんだ?あれ?そういえばあかりは?」  「彼女はセリオに任せておいたわ」  「そうか。ところで、いま葵ちゃんと坂下が戦ってるあいつは……」  「あら?気づいたんじゃなかったの?」  「ああ、前に先輩にみせてもらった本に載ってた。確か………ベルゼブブ」  「そう。悪魔のなかでもかなり上位に位置する悪魔よ」  浩之の言う通り、“奴”の名前はベルゼブブ。  魔界に住まう蝿の王。  一説によっては、魔王サタンに代わり魔界を統べていたというほどの上級魔族。  でも……  「悪魔………ってことはやっぱり……」  「多分、そうでしょうね。いえ、それ以外考えられないわ」  こんなものを呼べる人間なんて、私の周りには一人しかいない。  「こら〜、綾香〜。お前もちょっとは手伝え〜」  あらあら、好恵もてこずってるみたいね。  「ごめ〜ん。ちょっと待って〜。で、あなたに聞きたいのは姉さんの居場所。セリオがつかんだ足跡では、あなたと最後に会っ てるわね。そこから先がセリオにもわからないらしいのよ。何か心当たりは?」  「消えた………」  「へ!?」  消えたって、一体どういうこと!?  「そうだ、先輩、消えてるんだ!綾香、後は頼んだ!!」  「ちょっと、どこいくのよ」  「先輩捜してくる」  浩之はそう言い残して猛ダッシュで去っていった。あの様子からすると、何か心当たりがあるんだわ。  「綾香〜、藤田なんかほっといて、さっさとこっちを手伝え〜」  好恵なら案外倒せるかもとおもってたけど、さすがはベルゼブブ。簡単にはやられないわね。  「綾香さ〜ん、私、もう限界です」  葵にいたってはもうへとへとだ。  「はいはい、解ったわよ。……大丈夫よね、あいつなら」  私は、姉さんは浩之に任せることにして、気分を切り替えた。  そう、ここからの私は戦闘モードだ。  私は、ただぼーっと葵たちの闘いを眺めていたわけじゃない。相手の行動パターン、攻撃特性、それに対する最良の防御手段、 反撃方法それに弱点などを分析していた。  葵や好恵は知らないだろうけど、あのベルゼブブを召喚したのが姉さんなら、必ず弱点がある。しかも致命的な。  私は姉さんが召喚した下級悪魔と幾度か闘ったことがあるから、それには確信がもてる。  「葵!次の突進はしゃがんでかわして上に突き上げて!」  「はい!」  葵から威勢のいい返事が返ってくる。  その声が合図だったみたいに、ベルゼブブが葵へと突進を開始する。  「はっ!!」  葵は私の指示通り、しゃがんで突進をやりすごし、  「てりゃ〜〜!!」  見事なアッパーがベルゼブブの腹部に決まる。  結局のところ、このベルゼブブはスピードが取り柄の猪突猛進型。知性のかけらもありゃしない。  そう、つまりは偽物だったのだ。  天高く舞い上がった偽ベルゼブブの姿に、私はあるものを発見した。  「あれね。好恵!落ちてきたとこを私に向かって蹴って」  「ああ、わかった」  すでに気を失っているのか、偽ベルゼブブは地球の引力に逆らうことなく落下してきている。  別に私が跳んでもいいんだけど、それだとまた好恵がすねちゃうからね。  「とりゃ!」  なんて思っている間に好恵が蹴りをはなった。  偽ベルゼブブが正確に一直線に私の方に向かってくる。  「そこだ!!」  私が放ったのはかかと落とし。  威力が大きい代わりに、放つ前後に隙が出来てしまうけど、相手は直進しかしてこないので問題はない。  そして、それは見事に急所、右側の羽のつけ根にあったある模様を直撃していた。  その模様とは、ズバリ、魔法陣。  姉さんが呼び出す悪魔にはいつも体のどこかしらに魔法陣が描かれているのだ。  「あ……」  私たちの目の前で、偽ベルゼブブはただの一匹の普通のハエと成り果てた。  でも、変ね。  姉さんの呼ぶ悪魔ってもうちょっとわかり易くて大きい魔法陣があったはず。それに触媒なんて使ってなかったのに……  「何だったんでしょうね、今のハエ」  心底疲れきった顔で葵が聞いてくる。  今の葵じゃ、本物のベルゼブブとやったって秒殺ね。  「さぁ?」  まあ、知らない方が幸せってこともあるでしょ。  「綾香お嬢様〜〜、すごいです〜。大きなハエさん倒しちゃったんですね」  「マルチ!?どうしてここに?」  「え〜と、たまたまです」  「あ、そう」  「でも、本当にすごいです。あんなにおっきなハエさんを3秒で消滅させるなんて」  「いや、別に私が倒したってわけじゃないんだけどね」  実際に、葵や好恵があいつのスタミナを減らしてたから、ああも簡単に倒せたと思う。  にしても、マルチにかかればハエも「さん」づけか。まあ、この娘らしいけど。  「……綾香さん、なんだか揺れてません?」  葵が突然そんなことを言ってきた。  「え?」  「そうだな。確かに揺れを感じる」  「あ、本当。地震かしら?」  「じ、地震ですか〜。私、地震は苦手です〜」  「ほらほら、そんな泣きそうな顔しないの。でも、地震にしちゃちょっと規則正しすぎない?そう、まるで……」  「綾香さん!あれ!!」  「!!くま〜〜〜!?」  葵が指さしたさきに見えたもの。  それは巨大なくまだった。  しかも、着ぐるみの。  「わぁ〜おっきなくまさんですね〜。あれ?くまさんって、あんなところに髪はえてましたっけ?」  そう、そのくまはその大きさ以外にも普通と違っていた。  耳の間から伸びる2本(?)の髪。  それは、昆虫の触覚を思わせるのに十分な形をしていた。  「おい、綾香。あの熊こっちへ来るみたいだ」  「そう。望むところだわ」  くまを見ると、格闘家の血が騒ぐ。  それが、たとえ着ぐるみであってもね。  相手にとって不足なし!  「先輩、好恵さん、来ます!」  「マルチ、あんたは下がってなさい」  「わかりました」  そして、そのくまは私たちの前に姿を現した。  身の丈およそ10メートル。  駅前やデパートの前何かで子供たちに風船を配ったりしている着ぐるみのくまをそのまま大きくしたような姿には何となく見覚 えがあった。  さすがに、今は風船なんて持ってないけど。  「まずは、私がいきます!」  勢いよく飛び出していった葵だったけど、くまのもとにたどり着くことなく、途中で急に倒れこんでしまった。  「!?どういうこと?」  「今度は私が!」  「ちょ、待ちなさい好恵!」  私の制止も聞かずに飛び出していった。  好恵は葵のもとへと素早く駆け寄り、私に向かって大きくOKサインを出してきた。  どうやら大丈夫みたいね。  そして、好恵がくまへの突撃を開始し、上を見上げた瞬間、好恵の動きが止まった。  「好恵!?」  「あ、綾香……触覚……み、みちゃ……」  「触覚?」  あの触覚がどうしたっていうの?  「あ!」  見て、そして気づいてしまった。でも、もう遅い。  あの動きは、「催眠円」。  一度見たら目を離せなくなり、相手を深い眠りを誘うという。  「マ、マルチ、誰か助けを呼んで来て……」  「え、でも……」  「いいから、……お願い」  「わかりました」  それから、私は必死に睡魔と戦っていた。それでも、睡魔の力は強大で、私は成す術なく敗れようとしていた。  その時、  「……おい、綾香、一体どうしたんだ!」  かすかに、浩之の声が聞こえてきた。  「ひ、浩之……後は…おねが………い」  私はそう言い残すと、深い闇へと落ちていった。  どれくらいそうやって眠っていたんだろう。  目を開けた私の前に、あのくまはもういなかった。  一体、何だったのかしら?  「さて、姉さんでも……って、え?」  その時、初めて私は私の格好を知った。  「私、何で縛られてるの?」  「あ、綾香お嬢さん、やっとお気づきになりましたか」  「マルチ、ひょっとして、これあんたがやったの?」  「はい。私、包帯の結びかたってそれしか知らないんです〜」  「へぇ〜。で、それをあなたに教えたのは、どこのどなたでしょう?」  「え〜と、セバスチャンさんです」  「あんのエロジジイ!!」  「はわっ、、どうしてそんなに恐い顔するんですか」  「いいから早くこの包帯ほどいてちょうだい」  「え、いいんですか」  「早く!!」  「は、はい」  「ったく、あれ、葵と好恵は?」  「はい、あちらに」  「!!……あんた、本当にあの縛り方しか知らないのね……」  私はそんなことを呟きつつ、葵と好恵の包帯を解いてやった。  「ところでマルチ、あんた何で包帯なんか持ってんの?」  「え、これですか。これは芹香お嬢様が渡してくれたんです」  「え!?姉さんここに来たの?」  「はい。あ、でもすぐに学校の方に行っってしまわれました」  「学校……気になるわね。マルチ、葵と好恵を起こしといて。包帯はもう使わなくていいから」  「はい、わかりました〜」  マルチに後を任せると、私は姉さんを追って学校へと向かった。  あ、そうだ。  セリオとあかりは大丈夫かしら?  私はバッグの中から携帯電話を取り出して素早く電話をかけた。  ………………………。  圏外?衛星を使ってるうちの携帯が圏外ですって?セリオ一体どこにいるの?  そんなことを考えていると、目的地の学校は、もう、すぐそこだった。  その校門の前に一つの人影を発見。  黒い三角帽子に黒マント、右手に訳のわからない文字が刻んである樫の杖、左手にはタロットカードが握られている。  今日はやけに重装備ね。  「あ、いたいた、姉さんセリオ……姉さん?」  「………」  その時、ふと下に目を落とした私は全てを悟った。  地に落ちた一枚のタロットカード「TOWER」  その意味は、確か「崩壊」  姉さんの目にはうっすらと涙が滲んでいる。私が来るまでの間、ずっと泣いていたのだろう。  にしてもあいつ、姉さんを泣かしたからには、ただじゃすまさないわよ。  「………そう。あいつにふられたのね。いいわ、姉さん、ちょっと待ってて」  そう言って私は校門に近づいていった。  タイミング良く、セバスチャンがリムジンから飛び降りてきた。  ちょうど来るころだと思ってたのよね〜。  「お嬢様〜〜、どうなさいまし、ハァッ、グフッ……」  姉さんのため半分と、私憤半分の思いを込めた私のパンチがセバスチャンにクリーンヒットする。  ああ〜スッキリした。  「これでよし、と。姉さん、一緒に帰りましょう?」  「………」  姉さんは私の袖を掴んで首をふるふると横に振った。  「分かったわ。ここであいつが出てくるのを待つとしますか。姉さんを泣かせたやつに必殺の一撃をお見舞いしなくちゃね。 え?死んでしまうからやめてください?大丈夫よちゃんと急所ははずすから。それにしても姉さん、人をなんだと思ってるの?」  そんなやりとりをしていると、屋上に人影が現れた。何やら言い争ってるようだけど、さすがに遠くて聞こえない。  あれは……浩之にあかり、それにセリオ。  セリオ、こんなとこにいたんだ。まあ、無事で何よりね。  「セリオ〜〜、戻ってらっしゃ〜い。今日はあなたの好きな舌平目のムニエルと、カルボラーナの地中海風味よ〜〜〜」  などと大きな声で叫んでみた。すると、  「いま行くよ〜、お母さ〜ん」  とは返してくれなかったものの、セリオは屋上から一っ飛びで私たちの前に降りてきた。  「お帰り、セリオ」  「ただいま戻りました」  さて、セリオも戻ってきたし、姉さんもそろそろ立ち直ったんじゃ……  ん?姉さん何見てるんだろ。  そこで目にしたもの、それはあかりと浩之の熱い抱擁、そしてキス。  そのキスは、見ているこっちまでもが幸せになるような想いのこもったキスだった。  私の横にいる、ただ一人を除く誰もが幸せに……  「あらあら、お熱いこと。ん、姉さん何してるの?」  「………」  「って、それ魔法陣じゃない!今度は何呼ぶつもりなの?え?ドッペンゲルガー!?もう、あいつ許したんじゃなかったの? やっぱり許せない?……あのカップルの前途は多難のようね。ま、障害が多い方が恋は燃えるっていうし、いいか」  姉さんもやっぱり女の子。  好きな人を他人に奪われるのは嫌だもんね。  「でも姉さん、その魔法陣なんとなく間違ってるわよ」  そう、それは、いつも見ている姉さんの魔法陣とはどこか感じが違っていた。  「……来ます」  「え!?」  次の瞬間、魔法陣が光りはじめたかと思うと、ものすごい突風が私たちを襲った。  何、この圧倒的な威圧感は!  私は、この風を受け止めるだけでせい一杯だった。でも、突風のせいで良くは見えないけど、姉さんはこんな中を平然と立 っているみたいだ。  そうか!これは魔力の風!姉さん、一体何を呼んでしまったの!!  やがて、この巨大な力の持ち主が徐々にその姿を現した。  こいつは……!!  「………我が名はベルゼブブ。この地に我を召還せし者よ。その名を我に告げよ」  あいつがベルゼブブ……  間違いない。本物だわ。あの姿を見てるだけで足がすくむ、震えが止まらない。  近づこうとしても、足がいうことを聞いてくれない。  恐怖という本能。  それを実感せずにはいられない。次元が違いすぎる。  「ね、姉さん、逃げて!!」  私はそう叫ぶのがやっとだった。  すでに、突風に押されて魔法陣から離されていたため、姉さんの姿はおぼろにしか見えていないので、はっきりした反応は確 かめようがなかったけど、どうやら、じっとベルゼブブに対しているようだった。  私の声が届かなかったのか、すでにあの悪魔に魅入られてしまったのか……  「さあ、どうした?その名を我に告げよ。さすれば我との契約は完了し、お前は望みのものを手に入れることが出来るのだ ぞ?」  「私の名は……」  「!?」  その声を聞いた時、私はハッとなった。  まさか、あの声は……  「私の名はセリオ。人の造りし魂なき存在。世界の理を破壊とせんとするもの、名をベルゼブブ。私はお前を排除します」  「排除だと?小娘が笑わせよるわ。すでに、お前は私に名を告げた。すでに契約は完了しておるのだ。さあ、セリオよ、その 魂を我に差し出せ!!……………何!?」  「言ったはずです。私には魂などないと。今度はこちらから行きます!」  セリオが、セリオが戦っている。じゃあ、姉さんは何処にいったの!?  その時、誰かが私の肩を後ろからたたいた。  「………姉さん?それに……」  振り返った私に、姉さんは微笑んだ。そして、その後ろには……  「何とか間に合いましたね」  「うん!!でも、あの子ちょっと苦戦してるネ」  「あなたたちは?」  「あ、はい、はじめまして。わたし、姫川琴音っていいます」  「私は、宮内レミィで〜す。ヨロシクね!」  「姉さん、知り合い?」  姉さんは小さくコクンとうなずいた。  あまり親しくはないみたいね。  「ところで来栖川先輩、送還術って使えます?」  琴音ちゃんが姉さんに聞いてきた。姉さんはすまなさそうに首を横に振る。  「そうですか、じゃあやっぱりあれを使うしか……」  「ちょっと待って。全然話が見えないんですけど」  「あ、すみません」  「琴音ッ!!時間がないヨ。セリオはもう限界です!」  「いけない、急がなくちゃ!レミィさん、準備はいいですか?」  「いつでもOKヨ!!」  いつの間にかレミィっていう子は弓をベルゼブブに向かって構えていた。  隙のない、きれいな構えだ。  一方琴音ちゃんの方もベルゼブブに向かって手のひらをかざしている。  何かが、始まろうとしていた。  「セリオさん、離れてください!!!」  琴音ちゃんがその小さな体のどこにこれほどの力があるのかと思うほどの大声を出した。  それが合図であったかのように、セリオがベルゼブブの相手をやめて、大きく跳ね、学校の屋上へと着地する。  ベルゼブブもそれを追おうとする。が、動けない。  それどころか、前後左右上下に不規則な動きを繰り返している。  これが琴音ちゃんの力……!!  「今です、レミィさん!」  「てりゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」  気合いと共に、レミィの手から矢が放たれた。  その矢は、不規則に動くベルゼブブの姿を的確に捉え、そして貫いた。  その矢に貫かれたベルゼブブは、断末魔の叫びをあげることもなく、一瞬のうちに消滅してしまった。  「勝った………の?」  誰ともなしに私は聞いた。  「はい、勝ちました」  振り返ると、そこにはこれまで見た事のない、最高の笑顔を浮かべたセリオがたっていた。
<終幕>