わんだふる☆わーるど 特別編 〜Summer Vacation〜

 「久々にスイカ割りがやりたいね〜」  「は?」  夏休み、真面目に宿題に取り組んでいたおれの耳に飛び込んできたのは、母親のそんな不可思議な言葉だった。  「久々にスイカ割りがしたいよね〜?」  「いや、同意を求められても困るんだけども。というか、いつのまにおれの部屋に入ってきたんだ?」  ちゃんと鍵はかけておいたはずだ。  もっとも、親なんだし鍵持ってても別段不思議じゃないんだが。  「スイカ割りってなんですか?」  そして、この部屋でおれと同じく宿題をしていた義妹の絵理がそんなことを聞いてくる。  まあ、こっちで暮らし始めて4ヶ月が経ったとはいえ、まだまだ知らないことは多いようだ。  「文字通り、スイカを割るのよ。頭突きで」  「へぇ〜」  「こらそこ!間違った知識を教えるな!」  そして、何故か絵理の周りには明らかな偽情報を教えやがる輩が八割を占める。  おれの目が届く範囲では即刻修正しておくが、見えないところで教えられた情報はそれを実行に移されるまでは気づかないので やっかいだ。  というか、いちいちその情報を鵜呑みにする絵理も絵理なんだが、あれは性格なので絵理に非はない。  そして結局、いつもとばっちりを食らうのはおれなのだが。  「スイカ割りってのはな、浜辺なんかにスイカを置いて、目隠しした状態で周りの声を頼りにしてスイカの位置を特定、手に持 ったバットを振りぬいてスイカを一刀両断。その後は割れたスイカを皆で食うという、夏の風物詩みたいなもんだ」  「割れなかった場合はどうするんですか?」  「そんときは普通に包丁かなんかで割って食う。どっちにしろ食えるから安心しろ」  「ほっ」  と胸を撫で下ろす絵理。  つーかそんなにスイカが食いたいのか?  「というわけで、決定ね」  「何が?」  「スイカ割り♪」  「待て、おれがいつ行くと言った」  こんな暑い中、外になど出たくはないというのが本音だ。  だが。  「聡さん!早く行きましょう!!」  「早っ!つーか絵理、いつのまに着替えたんだ?!しかもなぜに浮き輪装着」  「聡、というわけであなたに拒否権は認められないのよ。下で愛も待ってることだし」  「へ?」  言われて下を見ると、夏休みということで帰省してきている姉貴の愛車である赤いロードスターが家の前にとまっているのが見 えた。  「ちょっと待て、確かあの車って二人乗りだったよな?あ、絵理が乗り込んだ。出発進行〜、行ってらっしゃ〜い………で?」  じと目で母親を見る。  「慌てない慌てない」  すると、ロードスターが走り去った場所に、今度は黒い1BOXが乗り込んできた。  「つーかあれ親父のエスティマじゃん……会社はいいのか?」  「スイカ割りの方が大切よ」  言い切る母親。  恐るべし、鶫。  「はぁ、もうどうにでもしてくれ」  「それじゃあ早速、れっつらごー」  春。  空から降ってきた少女は、おれの初恋の相手だった。  しかもその少女は、この世界の人間ではないという。  封じられていた過去。  解き放たれた現実。  まだ、全てが明らかになったわけではない。  自分の気持ちも、どこかまだ煮えきらない。  と、いうよりもだ。  絵理がいきなり義妹になったことで、おれの中の「お兄ちゃんパワー」(命名・梓)が爆発したそうな。  おれはそんなことは感じないんだが、周りからそう見られているのだからそうなんだろう。  春は、そんな感じで慌しく過ぎていった。  そして迎えた夏。というか夏休み。  何の連絡もなくいきなり帰省してきた姉貴が、自分の部屋で絵理を見た時に呟いた一言、  「萌え…」  は、氷上家の伝説になった。  その現場をたまたま目撃してしまったおれはあまりの寒気にベッドの上で震えていたものだ。  で、一目で姉貴に気に入られた絵理はそのまま姉貴の部屋で過ごしていたのだが、妙な気配を感じると俺の部屋にやってくるよ うになったようだ。  「というわけで、空白の4ヶ月をダイジェストで振り返ってみました」  「由美、誰に向かってしゃべってるの?」  「まあ、気にしないほうがいいだろう」  「つーかなんで既に車に乗り込んでるんだ、由美、梓、道夫」  「細かいことは気にするな」  ぴしっと三人同時に切り返してきた。  「そうよ、聡君は男の子でしょ」  「そうたいそうたい」  「いや、あんたたち二人が居ることがもっと謎なんですけどね、ケイにエクス」  「細かいことは気にするな」  今度は五人同時だ。  しかもなぜか親指をピシっと立ててるし。  そしてなぜかまたエクスの口調が変だし。  「ところで話は変わるけども…………どっちが本物のケイさんですか?」  おれは二つ並んだ瓜二つの顔を見比べながら聞いた。  いやまあ、今までの会話からして右側がケイなんだろうけども。  というか、なんで絵理たちの母親まで参加してるのかが最大の疑問なんだが。  「さぁ、どっちだと思う?」  「右。微妙に若い」  刹那、場の空気が凍った。  「スミマセン、どちらも若いです」  危ない。本気で殺られるところだった。  「まあ正解なんだけどね。口のききかたには気をつけた方がいいわよ」  「はっ!肝に命じておきます!」  「というわけで、私がエルとケイの母親のユウです。以後お見知りおきを」  「これはこれはご丁寧に」  「こら!親父はちゃんと前見て運転せい!」  そんな感じで騒いでいると、いつのまにか目的地に到着したようだ。  「夏だ!」  「海だ!」  「紅海だ!」  「いやそれ、海じゃないから」  と、たどりつくなりはしゃいでいる面々。  たどり着いた場所は、海水浴シーズンの真っ最中にもかかわらず結構空いている、いわゆる穴場スポットであった。  つーかうちの近くにこんな場所があったとは知らなんだ。  「サトシ、ビーチバレーやんない?」  梓が、何故か勝ち誇ったような顔で勝負を挑んでくる。  「受けてたとう。で、パートナーはどうする?」  「私は愛さんに頼んだわ」  「げ、ずりぃ」  姉貴はああ見えてもバトミントンでインターハイに出場するほどの運動神経の持ち主だ。  しかも実はベスト4まで残ってたりするんだな。  おれも人並みよりちょっと上程度の運動神経はあると自負しているが、さすがに梓や姉貴には及ばないだろう。  性別差を差し引いてもだ。  というわけで、おれは奥の手を使うことにした。  「母さん、カァムヒィア!」  「なになに、呼んだ?」  「あ、聡、それ反則よ!!」  「え、なんで?」  一人事情の飲み込めない梓がキョトンとしている。  まあ、無理も無い。  母さんは姉貴や絵理以上にのほほんとした顔をしてるからな。  だが、しかし。  実は母さんは元日本代表だったりするのだ。女子サッカーの。  あまりにマイナーすぎて知名度は皆無だが、実は海外からのオファーもあったとか噂されるほど確かな実力の持ち主なのだ。  というわけで、氷上家で一番運動神経がいいのは母親の鶫というわけだ。  ちなみに、親父は根っからのインドア人間なんで予選落ちだ。  でもまあ、全員バレーやってるわけじゃないのでそんなに差があるとは思わないんだけども。  「というわけで、早速始めるか」  一方、その頃のワイアール一家は。  「……ねぇ、なんで海に来てラーメン食べなきゃいけないの?」  呟くケイ。  「ええ、なんでも海の家で食べる不味いラーメンはまた格別なんだそうです」  とエリ。  「確かに不味いわよね」  言いながら食べるユウ。  「やっぱいお前どんには漢の浪漫はわからんとたいねー。この不味さがよかったい!」  力説するエクス。  「別にわかりたくないわよ。それより父さん、こっちに馴染みすぎなんじゃない?」  冷めた目で返すケイ。  「そ、そがんことなかたい」  「あ〜な〜た〜、急に口調が変になったと思ったら、やっぱりこっちに入り浸ってらしたのね」  静かに、エクスのチャーシューを奪い取るユウ。  「そいは気のせいたい……」  ワイアール家崩壊の危機。  「ところで、なんでこれってクラゲじゃないのにキクラゲって言うんでしょうかね?」  「さあ?父さん知ってる?」  「おいに聞かれてもなぁ」  「母さんは?」  「私が知ってるわけないでしょ」  「やっぱそうよね。後で聡君に聞いておきなさい」  「はぁい」  こうして、ワイアール家崩壊の危機はこっそり防がれた。  で、残りのメンバーは何故か買出しに行っていた。  「いやうっかりしてたよ。スイカ割りするのにスイカを買ってなかったとはね」  はははと笑う昴。  「まあ、おじさんのうっかりはいつものことですから」  「気にしないでください」  フォローのようでフォローでない言葉を口にする道夫と由美。  「ところで君たちは泳がなくてよかったのかい?買い物は僕一人で充分だったんだけど」  「ええ、俺は丁度買いたいものが出来たんで」  「私は日光って苦手だから」  「そうかい。まあ、そんなに時間はかからないだろうから、戻ったら存分に遊ぶといいよ」  「ま、負けた………」  セットカウント2−3。ウィナーは梓&愛ペア。  最後は俺の痛恨のサーブミスだった。  「さて、罰ゲームは何がいいかしらね……」  「ま、待て!そんな話は聞いてないぞ!!」  「言ってないから」  「卑怯な!」  「ふ、敗者の戯言など聞く耳もたぬわ」  もはや、何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないようだ。  「わかったよ。で、何をやればいいんだ?」  「そうね………鶫さんにオイルを塗るってのはどう?」  「は?俺が?母さんに?オイルを塗る?」  想像してみる…………非常にヤバイ。  「つーか母さん!そこで何故頬を染める!」  「はーい、罰ゲーム決定〜。まあまあ、親孝行だと思って諦めなさい」  姉貴、あんたも鬼や……  とまあ色んなイベントが満載だったが、とりあえずスイカが到着したのでスイカ割りに突入した。  「1番、鶫。いっきま〜す!」  心なしか血行の良くなった母さんが勢いよく突進。  「とうっ!」  そして何故かスイカにダイビングヘッド。  なんであれで当たるかなぁ。  そしてなんであれで割れるかなぁ……  「イェイ!」  「あんた何者だよ……」  とかく、うちの家族は謎が多すぎる。  「聡さん、やっぱりスイカ割りってああやるんじゃないですか」  ちょっとムッとした表情で絵理が言ってきた。  「いや、あれは特殊だから。梓、真のスイカ割りというものを見せてやれ」  「あいさ。2番、柳瀬梓。参る」  まずは目隠ししてバットを額に当てて地面につけ10回ほど回転。  その後、普通はふらふらする足取り、となるはずだが梓の足取りはしっかりとしている。  で、周りから  「もっと右」  「そのまま、そのまま」  「志村、後ろ!」  という掛け声がかけられるのを聞きつつ、スイカの位置を特定。  「そこだ!」  「チェスト!!」  バットを真剣よろしく振り下ろすと、文字通り、スイカが真っ二つに引き裂かれる。  「お見事」  「ま、こんなもんよ」  「でもな、絵理。あんな風に真っ二つに出来るのは梓くらいのもんだから間違えるな」  「はぁ、そうなんですか?」  「うむ、普通はもっと粉々に砕ける」  というわけで、梓もやっぱり普通じゃない。  この後は、至極普通のスイカ割りが行われた。ま、いささかトラブルもあったが気にするようなことでもない。  で、大量に割られたスイカを皆で食べる。  やはり、海で食べるスイカは格別に上手い。  で、スイカを食べ終わった後もしばらく遊んでいたが、日が傾きかけたことと、皆疲れたということもあってそろそろ帰るとい うことになった。  それはいいのだが。  「はい」  唐突に車のキーを姉貴から渡された。  「ん?なんだよ?」  「私、疲れたから」  「は?」  「じゃ」  それだけ言ってとっとと親父の車に乗り込む姉貴。  「おい!ちょっと待て!」  しかし、その叫びもむなしく親父の車は遠くへ向かっていってしまった。  残されたのはおれと、赤いロードスター、そしてその助手席で可愛い寝息をたてる絵理。  「一体どうしろってんだよ。おれ運転なんて出来ねぇし」  とりあえず、運転席に乗り込む。  そういえば、こんな近くで絵理を見るのは久しぶりのような気がする。  「ま、たまにはいいか」  そう呟いて、おれも心地良い疲労感に身を任せて、瞼を閉じることにした。  余談。  おれたちは結局、寝ている間にケイたちが家まで運んでくれたみたいだ。  『車内では程ほどに』と書かれた謎のメッセージカードが残されていたが、気にしたら負けだ。  夏はまだ、始まったばかり  ─お・し・ま・い♪─