学校の屋上に寝転がり、空を流れる雲を追う。 放課後の一時をそうやって過ごすと、自然と気持ちがリフレッシュしてくる。 聞こえてくる、野球部のノック音、吹奏楽部のぎこちない演奏、演劇部の発声練習、そして…… 「おにいさま〜〜〜」 遠くから聞こえる、ソプラノヴォイス。 「……さて帰るか」 その声に気づかないふりをして、さっさと屋上から降りようとする俺。 しかし、 「やはりここに居ましたのね、お兄様♪」 という風に、校舎から屋上へと抜け出る扉のところでばったりと出くわしてしまった。 まあ、屋上への出入りは基本的にこの扉からしか出来ないので、必然的といえばそうなんだが。 「じゃあ、そういうことで」 俺はしゅたっ!と手を挙げて風のように俺の目の前に立ってる小柄な女の子、北園水穂の横をすり抜けようとした。 が、 「逃がしませんわよ、お兄様!」 と言って、水穂は俺がすれ違う瞬間に俺の腕を掴んだ……のではなく、すでに腕を組んでいた。 「はい、これでOKですわ♪」 「……何がOKなんだよ、先輩」 そう、背丈は俺の胸あたりくらいまでしかないが、北園水穂はここ月代学園の3年C組の生徒。 正真正銘、俺の先輩なわけだ。 ちなみに、俺のクラスは2年B組。 「もう、お兄様ったら。私のことは『みなほ』と呼んでくださいと何度も言ってるではないですか」 ぷんぷんと頬を膨らませて拗ねる水穂。 「じゃあ、そう呼べば先輩は俺のことを『お兄様』って呼ばないでくれるか?」 「それは出来ない相談です。お兄様はお兄様であってお兄様でしかないのですから」 「やっぱりそうか。なら先輩は先輩だから先輩って呼ぶからな。これでおあいこだ」 「む〜、どうしても名前で呼んでくださらないのですか?」 「ああ」 第一、俺はあんまり女の子を名前呼んだことがないんだ。 クラスメートだってだいたい名字で呼んでるからな。 愛称があるやつは、だいたいそれで呼んでるけど。マッキーとか。 それに、なんで年上の人から『お兄様』とか呼ばれなきゃならんのだ。 なんだか邪推されてあらぬ誤解を受けそうだ。 いや、もう既に受けているらしい兆候は見られるのだが…… 「わかりました。五万歩譲ってそれは認めます」 おいおい、譲りすぎだろそりゃ。 「そのかわり、学校の外ではちゃんと『みなほ』と呼んでくださいね♪」 にっこり笑顔の水穂。 「……なんか釈然としないぞ、その交換条件」 どうしても自分のことを『みなほ』と呼ばせたいらしい。 「なあ、先輩はどうして自分のことを名前で呼ばせたがるんだ」 「だって、普通お兄様は妹のことを『先輩』なんて呼んだりしませんから」 「ああ、なるほど」 って、納得してどうするよ、俺! 「じゃあ、亮太あたりに『お兄様』になってもらえばどうだ?あいつなら喜んでやると思うが」 っていうか、既に俺に「妹さんを僕にください!」とか言ってきたしな、あいつ。 「ダメです。私のお兄様は純也さん、あなただけですから」 「う〜ん、どうしてそんなに俺にこだわるんだよ先輩」 「それは、前にも言った通り、あなたが私の理想のお兄様だからですわ」 「それそれ、それがよくわからないんだ。なんで『理想の男性』じゃなくて『理想のお兄様』なんだ?」 そう、水穂と会ってもうすぐ半月が過ぎようとしているが、いつもそれを疑問に思っていた。 水穂が、俺に対して好意的であることはわかる。 俺も、女の子に好かれているのは正直嬉しいし、何より水穂は可愛い。 しかし、水穂も言ってるように、水穂が好きなのは「男」としての俺ではなく、「お兄様」としての俺らしい。 その辺の水穂の心境が俺は理解できずにいるのだ。 「そうですね……」 すると水穂は真剣な顔で考えはじめた。 「これは……一種のブラザーコンプレックスなのかもしれません」 「は?!」 ブラコンですか? 「ってことは、まさか……」 「いえ、私に本当の兄はいません。下に妹は二人いますけど。女ばかりの三人姉妹なんです」 「ああ、そういや」 俺は初めて会った時に水穂が名門中学の制服を着ていたことを思い出した。 確かに妹のだって言ってたもんな。 「そのせいかどうかはわかりませんが、私は『兄』という存在に強い憧れを抱くようになったのです」 俺は一人っ子だから、その感覚はよくわからない。 まあ、小さい頃に兄弟が欲しいってちょっと思ったことはあったけど。 多分、それとは全く異なるものなんだろう。 「それで、私は日々考えました。どんな人が私のお兄様だったら素敵なんだろう、と」 「いったいいつ頃からそんなこと考え始めたんだ?」 「そうですね。小学校4年くらいでしょうか」 なんだか、えらく根深そうな話だ。 「そして、ようやく見つけた理想のお兄様が、あなたなのです!」 びしっと俺を指差して高らかに宣言する水穂。 「でもさ、そんなに簡単に俺なんかを理想と決めつけていいのか?まだ会って間も無いわけだし」 「大丈夫です。私は運命を信じますから」 「運命ねえ……」 今の俺にはあんまりピンとこない言葉だ。 「というわけで、早速一緒に帰りましょう、お兄様♪」 いつの間にか外れていた腕を、もう一度組んでくる水穂。 「まあ、一緒に帰るのは別に構わないが。でも、腕を組むのは禁止!」 それをさっとほどく俺。 「ええ〜、どうしてですか?」 「どうしても」 不満そうに口を膨らます水穂を置いて、俺はさっさと歩きだした。 「あ、待ってください、お兄様〜」 すたすたと後をついてくる水穂。 (年上の妹か……) なんだかなあ、と思いつつも別段悪い気はしない。 ちょっとだけ、水穂との距離が近づいた気がした午後だった。 Sister Talk
─fin─