AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する
Switch
カリカリカリカリ……
シャープペンをノートに走らせる音が聞こえる。
まったく、テスト前でもないのにご苦労なことだ。
「え〜、ですから……」
“ですから”が口癖の古文教師、坂口の声は子守唄には丁度よい。
実際、何人かの寝息も聞こえてくる。
チッチッチッ……
教室の前の壁に掛けられた時計はまもなく昼休みを告げようとしている。
すでに机の上を片付けているらしい物音もしている。
目を閉じると、様々な音が俺の耳に届く。
普段は気にしていない音、聞こえているはずの音、聞かなくてはならない音、そして───
聞こえるはずのない音。
カチッ……
隣の席から小さな音が聞こえた。
どうやら横田が坂口に指名されたらしい。
横田が椅子を引く音が聞こえる。
大丈夫、今の音はプラスに入った音だ。
問題無い。
もうすぐ授業も終りそうだから、俺もそろそろ目を開くとしよう。
「……益州疲弊せり。これ危急存亡のときなり。宜しく聖聴を……」
視界が開くと、俺の耳に聞こえてくるのは横田の声だけになった。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
横田が「前出師の表」を読み終えると同時にチャイムがなる。
「では、号令」
「起立!礼!」
学級委員の号令で午前の授業は終了した。
ダッシュで購買へ向かう奴、仲のいい友達同士で机を合わせて弁当を食う奴など、皆思い思いに昼休みを楽しんでいる。
俺は昼飯をいつも学食で食べているので、直樹を誘ってとっとと学食に行くことにした。
「よ、直樹。学食行こうぜ」
「あ、悪ぃ、恭也。今日は母さんが弁当作ってくれたんだ」
「へえ、おばさん久しぶりに帰ってきたんだな。ならしょうがねえか」
「なんだったら弁当持って学食に行こうか?」
「いや、そこまでするこたねーよ。んじゃ、一人で行ってくるわ」
「ホント、ごめんな」
別に謝るようなことでもないんだが、直樹は本当にすまなさそうな顔をしている。
ま、そこがあいつのいいとこでもあるんだが……
ガチッ!!!
「!」
教室の扉を開けた瞬間、大きな音が俺の耳を突き刺した。
慌てて辺りを見渡したが、俺の他には気づいた奴はいないみたいだ。
俺の額から冷たい汗が滴り落ちる。
今のは、間違い無い。
聞こえるはずの無い音。
俺にしか聞こえない音。
しかも、あの音はマイナス──スイッチが下りる音だ!
(ちくしょう!もう3度目だぜ!)
心の中でそう叫びながら、俺はあの場所に向かった。
そう、場所は分かっている。
俺はあの音を今までにこの学校で既に2回聞いた。
そして、いずれもその音の発信源は──屋上だった。
バタン!!
俺は勢い良く屋上の扉を開いた。
そして──
「お……」
声をかけようとして、そしてその言葉を飲み込んだ。
屋上には先客がいたのだ。
俺の他にも。
スイッチを下ろした少女の他にも。
その少女を優しく抱えている、長い黒髪の見知らぬ制服を着た少女が。
「この娘なら、もう大丈夫よ」
俺の方には目をやらず、そっと気を失っているらしい少女の短い髪を撫でている。
「あ、ああ……」
俺は何と言っていいかわからず、ただ頷くことしか出来なかった。
「あなた、この娘を助けに来たんでしょ?」
その言葉に、一つこくりと頷く。
「そう。じゃあ、あなたにも見えるのね?」
「いや、俺には何も見えない。ただ、普通は聞こえない音が聞こえるだけだ。俺はその音の事を“スイッチ”って呼んでる」
何故か、俺は初対面のこの少女にそんな事を話してしまった。
この事を知っているのは、数人しかいないというのに……
別に隠しているわけじゃないが、言った所で笑われるのがオチだから人には余り話す気にならない。
「スイッチ?……へぇ〜」
しかし、この少女はそう言って微笑んだ。
……俺と同じ何かを感じる。
「なぁ、“あなたにも”ってことは、あんたには何かが見えるのか?」
思いきって、俺は聞いてみた。
「ええ、そうね。例えて言うなら“扉”かしら」
「扉……」
「この学校には“鍵のない扉”が多すぎるわ」
そう言い残して、見知らぬ制服の少女は短い髪の少女を抱えたまま去っていった。
これが俺と、少女──下川亜衣との始めての出会いだった。
<終幕?>
