その日は、珍しくいつもとは違う道を歩いて帰っていた。 家とは別の方角にある市立図書館へと本を返しに行っていたのだが、やはりいつもの倍以上の道のりを歩くとなるとさすがに 疲れてくる。 真夏の暑さはすっかりと影を潜めたとはいえ、まだその名残は存分に残っている。 どこか涼める場所はないかと路地をさまよっていると、妙な場面に出くわした。 (あれは?) 数人の男が、誰かを囲んでいる。 しかも、男たちは俺が通っている高校の制服を着ていた。 「なぁ、いいじゃねえかちょっとくらい…」 「……」 どうやら、男たちはナンパかなにかをしているらしい。 しかし、雰囲気から察するにどうやら失敗に終りつつあるようだ。 まったく、ご苦労なことである。 まあ、俺には関係のないことだし、さっさと帰ろうかと歩き出したその刹那、 「お兄様!」 という声とともに男たちの輪の中から一人の少女が飛び出してきた。 「お」 「に」 「い」 「さ」 「ま?」 疑問の声をあげる少女を囲んでいた男たち+俺。 ちなみに、少女は俺の胸にがっしり掴まっている。 自然と、男たちの視界に俺が映るわけで…… 「なんだ?佐伯じゃねえか。お前こんなとこで何やってんだ?」 「浅間か。珍しいところで会うな」 赤茶けた髪が一昔前の不良を連想させるこいつの名前は浅間伸彦。一応、俺のクラスメートだったりする。 ただ、口を聞いたりすることはほとんどない。 向こうが俺のことを一方的に嫌っているようだが、そういった相手に好意を持てるほど、俺は人間が出来ていないのだ。 「ったく、どうしてお前はいっつもそう俺の邪魔ばかりするんだよ!」 ちなみに、邪魔した覚えなどこれっぽっちもない。 「いや、たまたま通りがかっただけなんだが……」 とりあえず正直に話してみる。 「お兄様、私、あの人たちにイタズラされそうになりましたの〜。ビシっとやっつけちゃってください!」 浅間たちを指差し、見知らぬ少女が声高に叫ぶ。 改めて見ると、少女は長い黒髪の綺麗なストレートヘアで、背丈は俺の胸あたりまで。 幼さを残した顔立ちだが、声は妙に大人びている。 そして、名門女子中学である私立辻乃堂女子中学校の制服を着ていた。 ん?中学生?ということは…… 「浅間、お前もしかしてロ……」 「殺す!!」 言い終わる前に、浅間は矢のような勢いで俺に跳びかかってきた。 俺は最低限の動きでそれを横にいなす。 その結果、見事に壁に激突する浅間。 「くっ、よくもやってくれたな」 体格通り、身体だけは丈夫な浅間はすぐに体制を立て直し、俺に敵意剥き出しの目を向けてくる。 「お兄様、やっちゃってくださ〜〜い」 妙に楽しそうな見知らぬ女子中学生の声で、浅間の怒気がさらに増す。 「おい、あんた。出来ればちょっと静かにしててもらいたいんだが……」 「イヤです」 少女の答えは神速だった。 「あ、あのなぁ」 「でも〜、お兄様が私のことを『水穂』と呼んでくださるなら我慢します♪」 「みなほ?」 「はい。北園水穂。それが私の名前です。可愛いでしょ?」 「それはどうか知らんが、とにかく黙っててくれ、水穂」 「はい♪」 「て、てめえら、俺を無視してラブラブしやがって……許さねえ、許さねえぞ佐伯純也!!!」 大いなる勘違い&逆恨みなのだが、ほっておくわけにもいくまい。 売られた喧嘩は買うべし。親父の口癖だ。 ……しかし、そんなモットーで合気道の道場などやってていいのか、親父よ。 「うるぁ!」 「ごうらゃぁ!!」 「どぅぉりゃぁっっ!!!」 轟音(というかほとんど奇声だったが)をあげながら攻撃してくる浅間。 しかし、浅間の攻撃はどれも力任せの単純なものなので、簡単にかわすことができる。 その間にローで蹴りを入れて転がしてみたり、鳩尾に膝を入れてみたりしたのだが、まだ向かってくる気力はあるようだ。 なかなか見上げた根性ではある。 「お、お前は何者だ?」 「いや、何者だと聞かれても見たとおりなんだが……」 「ちっ、ただのガリ勉君だと思ってたのによ。俺はお前のそんなとこが大嫌いなんだよ!!」 魂の叫びを吐き出しつつ、また俺に向かってくる浅間。 いや、嫌われたもんだね、俺も。 「安心しろ。俺もお前を好きじゃない」 別段嫌いというほどでもないのだが。 とりあえず、浅間を軽くいなして首に手刀を当てた。 「ぐはっ」 これはさすがにこたえたらしく、浅間はのたうちまわっている。 「ち、ちくしょう……今日のところはこれで勘弁しといてやる……」 ありきたりな捨て台詞を残して、浅間は仲間に連れられて去っていった。 「……そういや、あいつら何してたんだ?」 あいつらとは、浅間と一緒に水穂を囲んでいた男たちのことだ。 浅間の劣勢を見ても助けにこないあたり、浅間が信頼されてないのか、はたまた一対一の勝負を邪魔したくなかったのか。 まあ、今はそんなことよりも。 「助けていただいて、ありがとうございましたお兄様♪」 いまだに俺の側を離れようとしないこの水穂と名乗る謎の少女のことである。 「いや、俺、妹なんていないし」 「もう、こういう場合は『大丈夫だったかい、水穂?』と優しく声をかけてくださるのがお兄様の努めですわ」 ぷんぷんと頬を膨らませて水穂が言う。 「いや、努めって言われてもな……それに、そろそろその『お兄様』ってのやめてくれないか?」 「イヤです」 またも即答である。 「なんでだよ。別に俺とあんたは血の繋がりなんて全くないし、第一、『お兄様』って叫んで俺のとこに来たのも、浅間たちか ら逃げ出す口実だろ?」 「まあ、口実というのは半分正解ですわ。でも、あとの半分は別の理由がありますの」 「別の理由?」 少し嫌な予感がしたが、取り敢えず聞くことにした。 「それは〜、あなたが私の理想のお兄様だったからです!!」 ビシっと俺を指差し、そしてなんでか恥ずかしそうに俺から顔をそらして水穂は高らかに宣言した。 「私のお兄様になってください!!」 「は?!」 突然の言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。 っていうか、何を言ってるんだ?この娘は?? 「……言ってる意味がよくわからないんだが……」 とりあえず、正直な感想を告げてみる。 「もう、察しが悪い方ですわね。とにかく、今日からあなたは私のお兄様ですの」 どうやら、もう何を言っても無駄のようである。 「OK,わかった。それは認めよう。しっかし、どうして俺が理想の兄貴なんだ?」 「その1!知性的なその眼鏡!!」 なんだかわけのわからない気合の入った声で水穂は続ける。 「その2!均整のとれたその身体!」 「その3!聴く者を魅了するバリトンヴォイス!」 「その4!テクニシャン!」 「その5!そして運命的な出会い!!」 ……なんだよ、その4のテクニシャンってのは?ついでにその1の眼鏡もあんまり関係ない気がするぞ。 「以上、ですわ」 そして、水穂は屈託のない笑顔を俺に向けてくる。 「う〜むわかったようなわからんような……」 「もう、お兄様は自分の魅力に気づいていないだけですわ」 「そんなもんか?」 「そんなものです」 「っと、そういや俺の自己紹介がまだだったな。俺は佐伯純也。一応この近くの高校に通ってる普通の高校二年生だ」 「高校というと、月代高校ですの?」 「ああ、そうだ」 「なるほど、これはいいことを聞きましたわ♪」 水穂は、何か思いついたのか悪戯な笑みを浮かべている。 「じゃあ、俺はもう帰るからな。もう変なやつらに捕まるんじゃないぞ」 とりあえず、もう二度と会うこともないであろう水穂に別れを告げる。 「わかってます。では、また……」 そう言って水穂はペコリと頭を下げた。 去り際の言葉が少し気になったものの、まあ大したことはないだろうと俺は家へと帰っていった。 「おい、純也!」 午前の授業を終え、自分の席でゆっくりと昼飯を食っていた俺の元へ佐々木亮太が足早にやってきた。 「ん、亮太?どうしたんだ、そんなに慌てて」 「お前知ってるか?」 「いや、知らん」 情報通の亮太が慌てて駆け込んでくるような情報を、そういうことに疎い俺が知るはずない。 「やっぱりな。ま、いいから聞け。今日、転校生が来たらしいんだ」 「ん?うちのクラスにか?」 「いんや、3年C組だ」 だろうな。いくらなんでもうちのクラスに転校生がきたら俺でも気づくだろう。 「でだな、その転校生の先輩が無茶苦茶可愛いらしいんだ。なあ、見に行かないか?」 「パス」 それより俺は今弁当が食いたい。 「ったく、こういうことにはホント付き合い悪いよな、お前」 「なんとでも言ってくれ」 そう言いながらも、亮太もちゃっかり買ってきたパンを頬張っていたりするのだが。 と、教室の扉が勢いよく開く音がする。 続いて、 「お兄様〜、捜しましたわ〜〜〜♪」 聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。 一瞬、教室の中の時間が止まる。 そんな教室を一目散に俺に向かってくるあいつは間違いなく…… 「みな、ほ?」 「はい♪あなたの水穂ですわ。お兄様」 次第に教室内が騒がしくなる。 そして、俺を中心にして人垣が出来始めている。 「な、なんで水穂がここにいるんだ?」 「はい。今日転校してまいりました」 「じゃあ、昨日の制服は?中学生じゃなかったのか?」 「あれは妹のものですわ♪あんまり可愛かったので着てみただけです」 「そ、そんなことよりも。あんた先輩だったのか?!」 「はい♪これからよろしくお願いしますね、お・に・い・さ・ま♪」 教室中に巻き起こる異様な喚声や嬌声の中、俺の意識は静かにフェイドアウトしていった。 この先どうなるんだ、俺? Sister Dream
─fin─