Sister Shock

 「さて、先輩に一つ聞きたい」  俺は、正面に座った水穂の目をまっすぐ見て言った。  「はい。なんでしょう?」  「なぜ卓袱台?」  そう、俺たちは今、4畳半の和室に置かれた卓袱台を囲んで座っている。  俺の正面に水穂、右手側に保奈美、左手側にミオナという位置関係だ。  ちなみに、座席の位置は三姉妹による熾烈なじゃんけんの結果によって決まった。  「お兄様は卓袱台はお嫌いですか?」  「いや、嫌いというかむしろ落ちつくけど……普通こういう豪邸だと食事はやたらと広い食堂とかでするんじゃないのか?」  「確かに無闇やたらと広い食堂は存在します。ですが今、この家に住んでいるのは私たち三人だけですので、そのような場所で の食事は非効率的なのです。ですので、食事はいつもこの部屋でとることにしています」  と、早口でまくしたてるミオナ。  「掃除も大変だしね」  「というわけなのですわ、お兄様」  「まあ、確かにこんなだだっ広い家に三人だけってのも大変だろうな…………って、本当に三人だけで住んでるのか?メイドと か執事とか家政婦とかは雇ってないのか?」  「おりませんわ」  「三人だけだよ」  「この家に入れる人間はなかなか存在しないので」  あ。  そういえばそうだった。  この家の玄関にたどり着くには数々のトラップを踏破しなきゃならないんだったな。  「だから、もう何年も入ってない部屋なんかも多数存在しますわ」  って、笑顔で言われてもなあ。  「で、こうやって卓袱台を囲んでるってことはやっぱり……」  「はい。夕飯をご馳走いたしますわ♪」  「ちなみに作るのは誰?」  「もちろん私たち北園三姉妹!」  「助けていただいたお礼その他諸々も込めて佐伯さんのため」  「力の限り料理を作っちゃうんだから!」  「いや、そんな立ちあがってポーズ付きで言わなくてもいいから」  「もう、ノリが悪いですわよお兄様」  「では、さっそく料理にとりかかりましょう」  「先輩、待っててね〜」  「そうそう、しばらく時間がかかると思うので家の中を見て周ってもいいですわ。多少危ない所もありますけど、お兄様なら心 配いらないでしょう」  そう言い残してどこかへ、って台所だろうけど、向かう北園三姉妹。  最後に水穂が「多少危ない」は「相当危険」と捉えた方がいいだろう。  この家を歩きまわるのは、できれば避けた方がいいと本能が叫んでいる。  というわけで、静かになった4畳半の和室に一人になった俺は、色々なことについて考えることにした。  まず、水穂のこと。  正直、「お兄様」と呼ばれることに抵抗を感じなくなってきてしまった。  俺の根負けといったところだろうか。  しかし、やはりぴったりとくっつくのだけはやめて欲しいのだが。  いらん憶測する奴が出てくるだろうし。  というか、実際そんな噂があるというのをこの間亮太から聞かせれたのだが。  これだけは、あいつに知られる前になんとかしなくては。  次に、保奈美。  保奈美は、半年前くらいにうちの道場に入門してきたので、以前から知っていたのだが。  まさか水穂の妹だとは思いもしなかった。  まあ、俺と同じ位背が高いので、保奈美の方が姉だと言ったほうがしっくりくる。  ただ、言動や性格は三姉妹の中で一番幼い感じがするが。  ちなみに、合気道では既に有段者だったりするのだが、我流の技なんか織り交ぜてた時もあったので少し不思議だったが、多分 元傭兵だという母親仕込みの技なのだろう。  というか、なんでそんな技を娘に教えるかな、この家の母親は。  最後にミオナ。  今日会ったばかりなのでなんとも言えないが、どこか不思議な感じがする。  不思議と言えば、未帆菜と書いてミオナと読むのも不思議だし、友達から「姫」と呼ばれているのも不思議だ。  また、水穂と同じように浅間に絡まれてる所を助けたのも不思議な縁と言えるだろう。  「お兄様、お待たせいたしました!」  と、そこへ水穂たちが料理を手に持って4畳半の和室に入ってきた。  「って、なぜメイド服なんだ先輩!なんでネコミミ付けてるんだ保奈美!どうしてスチュワーデスなんだミオナ!」  「おかしいですわね。お気に召しませんでしたか?」  「変ですね、普通の男性ならば泣いて喜ぶはずですのに」  「お父さんだったら絶対もだえてるにのね」  ………そうか、父親の趣味か。  「俺にそういう趣味はないから。普通にもてなしてくれ、普通に」  「残念ですけど仕方ありませんわね。では、あれは抜きで食事に致しましょう」  「は〜い」  「そうですね」  “あれ”って何よ“あれ”って……  というか、もう一度着替える気はないのね。  まあ、それはともかく。  「料理はカレーで無難にきてくれたか」  「ふっふっふ。甘いですわね、お兄様。北園家のカレーはただのカレーではありませんの」  「食材は普通なんだけどね」  「スパイスが特殊なんです」  「スパイス?」  「ええ、あまり公にはできないスパイスてんこ盛りですわ♪」  「いや、笑顔で言えることではないと思うんだが……」  「大丈夫、毒は入っていませんから」  「それっぽいのはあるかもしれないけどね」  食えるのか?このカレーは食えるのか??  「では、早速いただくとしましょう。いただきます」  両手をあわせていただきますと一礼する三姉妹。  とりあえず俺もそれに倣うが、このカレーを口にするのは気がひける。  しかし、じっとこっちを見つめる三つの視線に負けて、一口ほおばってみた。  「む、美味い。美味いがなんか騙されてる気がするのは気のせいか?」  「気のせいですわ」  「気のせいだよ」  「気のせいです」  なぜ三人とも目をそらす?  まあ、食えないものではないことがわかったので遠慮なく食べることにした。  「そういえば、先輩に一つ言い忘れてたことがあったんで、ここで言っとこうと思う」  食事が一段落した頃、俺はそう切り出した。  「言い忘れてたこと、ですか?」  「ああ。別に言わなくてもいいと思ってたんだが、どうもそういうわけにもいかなくなってきたからな」  「一体何ですか?その言い忘れてたことというのは」  「俺、彼女、っていうか婚約者いるから」  一瞬の沈黙、そして、  「えええっっ!!!」  なぜか保奈美が思いっきり叫んでいた。  水穂とミオナは、これといった反応を見せていない。  「そうだったのですか。ですけど、あまりお兄様の周りでそういった女性は見かけませんでしたけど?年上の方なのですか?」  「いや、俺と同い年なんだが、あいつも一風変わったやつでな。女を磨くとかいって他県の全寮制女子高に通ってるんだ」  「それはよい心がけです。けれども私は女を磨くとしたら、どちらかというと共学の方が向いていると思います」  そういやミオナは女子中に通ってるんだっけか。  「それに、付き合ってる男性が居るのならばなおさら同じ学校に進学するのがベストだと思うのですけど」  「ああ、俺もそう思う。ただ、あいつがそう思わなかっただけなんだ」  「彼女……婚約者………先輩!騙しましたねっ!」  「へ?」  「勝負です!その女の人と先輩をかけて勝負しますっ!」  「こら、落ちつきなさい保奈美」  「そうですよ、保奈美姉さん、その人を抹殺する気ですか」  いやいや、多分保奈美のほうが返り討ちにされると思うが。  あいつは古武術の道場の師範クラスの腕だからな。  まあ、それを言うとさらに取り乱しそうなので黙っておくが。  「というわけで、あんまりくっつかれると俺的に非常にまずいことになるのでほどほどにして欲しいんだ」  「嫌です」  神速で答える水穂。  「私はあくまでお兄様の妹ですもの。妹がお兄様に甘えることのどこがいけませんの?」  「いや、いやいやいや、そうじゃなくてだな。世間の目はそうは見てくれないってことがいいたいんだ」  「なるほど。水穂姉さんと佐伯さんのことを彼氏彼女な関係だと思ってしまうわけですね」  「その通り。まあ、あの学校で俺に彼女がいること知ってるのって多分亮太くらいなもんだろうことが唯一の救いなんだが」  「ならば別に良いではありませんか。というわけで、これからもぴったりくっつきたいと思いますわ」  「それが、だな。どうやら既に俺と先輩は公認カップルになりつつあるわけだ。俺達にその気がなくても、周りがそう思ったら それはもう立派な既成事実というわけなんだ。そして、その手の噂は広がるのが非常に早い」  「確かに。私はその手の噂はあまり好きではないんですけど」  「で、そんな噂をあいつに聞かれると非常にマズイことになる」  「それはそうでしょうね。彼氏が他の女性と付き合っている。例え根も葉もない噂でも不安になるでしょう」  「不安、くらいだったらいいんだけどな。そんな噂聞いたら、多分うちに転校してくるぞ、あいつ」  「転校、ですか。なかなか面白い方ですわね」  「ああ、先輩と同じくらいにな」  「なるほど。その未来のお姉さまとはなんだか上手くやっていけそうですわ」  あまり仲良くされても、こっちの疲労度が5倍くらい増しそうで怖いんですけど。  「それで、お兄様。その未来のお姉様の名前はなんとおっしゃるのですか?」  「…………九条綾音、だ」  「クジョウアヤネ………どこかで聞いたことがありますわ」  「私もです」  「も、もしかして、あの九条綾音なんですか?!!」  「そういうことだ」  「か、勝てないよ〜〜〜〜。九条綾音っていったら、今売りだし中の人気グラビアアイドルじゃない!!」
─fin─