今までも、幾度となくこうして夜空の星を眺める事はあった。 その隣りには、当然のように君が居た。 僕も、それが当たり前のことだと思っていた。 けれど── 「ねえ」 隣りに話しかける。 返事はない。 横を向いても、そこに君は居ない。 改めて思う。 僕は一人になったのだと。 不思議と、悲しくはない。 ただ、夜空に浮かぶ満天の星の光が、いつもより眩しかった。 そのことを彼女から聞かされたのは一週間前。 ちょうど、結婚式を明日に控えた日だった。 「ハイド、ちょっと聞いて欲しいことがあるの」 「どうしたの、ユウラ?」 その時の彼女の様子は、明らかにいつもと違っていた。 けれど、結婚式を目前に控えて浮かれていた僕は、そんな彼女の様子になど全く気付かなかった。 「今まで隠してたんだけど……もうダメ。これ以上ハイドに嘘なんてつけない……」 「え、隠してたって……も、もしかして浮気?」 「そんなことするわけないでしょ!」 「うん、そうだよね」 「……それよりも、もっと重大なことよ……」 そう言われても、僕にはまるで何のことだかわからない。 「私……結婚式に出れないの」 「え?!」 「それに……今日中にこの町を離れなくちゃいけないの」 「な、な、な、な、何を言ってるんだい、ユウラ?」 混乱した。 突然の彼女の告白は、僕の思考を寸断した。 「ハイド、あなたは妙な所で鋭いから薄々気付いてるんじゃないのかしら?」 「な、なんのことだい?」 寸断した思考の中で、一部だけ正常に繋がった思考回路。 それは、僕が最も恐れ、最も避けたかった結論だった。 それが今、現実になろうとしている。 「そう、私は“巫女”。この世界を守る人柱」 その言葉を聞いた時、僕の中の色んなものが音を立てて崩れ去った。 巫女。 世界に選ばれた少女。 世界を背負わされた少女。 生まれてから20回目の誕生日に、その命を神に捧げ、世界の安寧を取り戻す運命を与えられた唯一の者。 それが、彼女の宿命だった。 「そんな、そんなことって!」 「でも、ハイドもわかってたんでしょ?急にプロポーズしてきたりして」 そう。 実際僕は焦っていた。 認めたくはないけど、僕の中にある不安が確信に変わっていき、行動を示すことでなんとか落ちつきを取り戻そうとしていた。 「嬉しかった。でも、ちょっと遅かったね」 彼女の瞳から流れる一粒の涙。 「遅くなんかない!」 僕は彼女をきつく抱きしめた。 そして、魂まで注ぐほど、清冽なキスを交わす。 「式なんか挙げなくたって、僕の思いは変わらないよ。ユウラ、僕は君を世界中の誰より愛してる!」 「ハイド……ありがとう」 再びきつく抱き合う。 「……止めないのね」 「本当は行かせたくなんかないさ。でも、それを口にすると、今まで閉じ込めていたものが全部噴出して、全てを壊してしまい そうなんだ。だから、言わない」 「ゴメン。変なこと聞いたね。それじゃ、そろそろ行かなくちゃ」 僕から離れる彼女。 その温もりを忘れないように、僕はゆっくり目を閉じて、こう呟いた。 「君に、幸あれ」 耳に流れてくる彼女の嗚咽。 その泣き声を聞いて、僕は静かに彼女に背を向けた。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい」 何気なく、本当に何気なく交わされた最後の会話。 彼女の足音が完全に聞こえなくなると、僕は堪えていた涙を誰憚ることなく解き放った。 「星に願いを、か」 ふと、彼女がよく口にしていたことを思い出す。 星に願いを届ければ、世界中のどんな場所へでもその思いを運んでくれる。 いかにも彼女らしい発想だ。 「……この世界じゃなくても届けてくれるのかな?」 なんとなく、この彼女の言葉に一筋の希望を乗せてみようと思った。 あまりに星が眩しくて、届きそうなほど近くに見えたせいかもしれない。 「星よ、届けておくれ。もし、僕がもう一度生まれ変わるのなら、再びユウラと出会えますように」 その言葉は夜風に乗り、星まで届いたように思う。 願わくば、彼女も同じ祈りを捧げていてほしい。 この世界とは違う、遥か遠い場所のどこかででも。 Resolution of soul
<終幕>