「どうしたの?」 傘を開く動作に見とれていた僕に、彼女は突然声をかけた。 「あ、いや、傘忘れちゃって…」 少しどもりながら、頬をかいて僕は答えた。 「そう。じゃあ、一緒に帰ろっか?」 「え?」 彼女には何気ない一言だったのかも知れない。 でも、その言葉で僕の鼓動は君に聞こえるほどに大きく高鳴った。 「どうしたの?早くおいでよ」 無邪気な微笑みで振り返る彼女。 僕はその魔法のような笑顔に引き寄せられて、彼女の隣に並んでいた。 小気味よく傘を打つ音が辺りに響く。 でも、その音さえも耳に届かない程、僕の五感は隣を歩く彼女だけを感じていた。 どうか僕の心臓の音が彼女に届きませんように。 どうか僕の身体の熱が彼女に届きませんように。 どうか僕のこの思いに彼女が気づきませんように…… そう、これは隠さなければいけない感情。 この気持ちを伝えれば、きっと何もかもが壊れてしまう。 僕も、そして彼女でさえも。 けれど……けれど、今、この瞬間だけは。 「お姉ちゃん」 「何?」 「手、つないでいい?」 「……いいわよ」 多分彼女は、僕の気持ちに気づいていたのだろう。 それでも彼女は、柔らかな眼差しを僕に向け、僕の手を握ってくれた。 彼女の温もりが直に伝わってくる。 その手を握り返す僕の手は、微かに震えていた。 そう、僕にもわかっていたのだ。 これが恋というにはあまりにも幼すぎる感情だということが。 けれど、まだ、今だけは甘えていよう。 本当の恋を見つけるまで。 この手に伝わる、暖かい温もりに。 Rainy Day
<終幕>