Sister Princess

 その日は、珍しく佐々木亮太と二人で駄弁りながら家へと帰っていた。  このところほぼ毎日一緒に帰っていた先輩、北園水穂は進路相談で遅くなるらしい。  それで先に帰ってていいと昼休みに報せに来てくれたのだが、ついでに教室内で一緒に弁当を食べる事になって少々こっ恥ず かしかったりした。  それはともかく、だ。  「で、実際どうなんだよ、水穂ちゃんとは?」  さっきから亮太はニヤケた顔でこんな質問ばかりしてくる。  「あのなあ、どうでもいいが先輩を“ちゃん”付けで呼んでいいのかよ」  「あ〜、大丈夫。ちゃんと本人に許可取ってるから」  「さいですか」  ちなみに、亮太は俺と同じ方向に帰るせいもあって時々俺と水穂と一緒に帰っているのだ。  そのせいもあって、俺と水穂の関係を一番理解しているはずなのだが……  「う〜ん、年上の妹か……。萌え萌え?」  「そんなんじゃねーよ!ってか、“萌え萌え”って何だよ“萌え萌え”って!」  「も〜う、わかってるくせに〜」  はぁ、時々こいつの思考についていけなくなる……  「おっと、そんじゃ俺はこっちだから。じゃ、また明日な」  「おう。気をつけて帰れよ」  と、いつも通りの挨拶をかわして俺たちは別れた。  「そういや、今日は『週刊謎通信』の発売日だったな……本屋に寄っていくか」  ふと、そう思った俺。  本屋は俺の家の方向とは逆にあるので、先に進んだ交差点を左に曲がり商店街の方へ進んでいく。  と、  「やめてください!」  路地裏の方から女の子の叫び声が聞こえてきた。  ……なんだか最近似たようなことがあったような……  とは思いつつも、路地裏の方へ進む俺。  そこで俺が見た光景は、やっぱりどこかで見た事ある光景だった。  「………浅間。またお前かよ……」  「佐伯!!どうしてここに?!」  まあ、なんというか。  要するに浅間が女の子にちょっかいだして嫌がられていたわけだ。  今回は浅間一人なので普通にナンパして普通に失敗しただけかもしれないが。  それにしてもだ。  前回に引き続き、今回も女の子は辻乃堂女子中学校の制服を着ていた。  「浅間、お前やっぱりロ……」  「殺す!!」  そう叫ぶといきなり浅間が俺に飛び掛ってきた。  どうでもいいが、前回からあんまり進歩のない攻撃だ。  まあ、力任せの喧嘩では直線的な猪突猛進も有効な手ではあるが。  浅間も腕力は有り余ってるみたいだしな。  しかし、俺は相手の力を自分の力に転換する合気道を幼い頃から学んでいる、というか、実践している。  というわけで。  「ぐはっ!」  「どわっ!!」  「げばっ!!!」  向かってくればくるほど傷つくのは浅間なわけだ。  「ぢぐじょう!これで勝ったと思うなよ!顔洗って待ってやがれ!」  いかにも負け犬らしい負け惜しみを残して、浅間は駆け去っていった。  そういや最近学校で浅間を見かけなかったが、まさか毎日こんなことしてたんじゃないよな?  まあ、浅間もそこまで堕ちちゃいないと思うが。  「あ、あの……」  おっと、そういやバトルの間女の子の事すっかり忘れてたが、ひょっとして怖がらせちまったかな。  いや、それよりも。  「じゃ、そういうことで」  俺はしゅたっ、と手を挙げてその場を立ち去ろうとした。  どうもこの手の事に巻きこまれると、なんだか厄介な事になる気がしたのだ。  前例もあるし。  まあ、女の子も落ち着いてるようだから立ち去ってもいいだろうと判断した。  商店街もすぐそこだしな。  が、しかし。  「待ってください!」  俺の服をがしっ、と女の子が掴んだ。  「あの、助けて頂いてなんですけど、お礼を言う間もなく立ち去るなんて、女性に対する礼儀がなってないと思います。だか らせめてお礼を言わせてください」  むむ、正論だかなんだかわからない理由で引きとめられてしまった。  まあ、女の子の言う事にも一理あるのでとりあえず少し話してみるか。  「ああ。でも、別に俺の助けなんかいらなかっただろ?」  そう、浅間に絡まれていた時、その女の子からは武闘家特有の“気”が発せられていた。  ショートカットでつぶらな瞳という可愛いらしい外見をしてはいるが、この子は間違いなく猛者だ。  「それはそうですが、やはり女の子は男の子に助けられたいものなんです。ですから、さっきは助けて頂いて有難うございま した」  ペコリと頭を下げる女の子。  まあ、感謝されて悪い気がするはずもなく。  「まあ、たまたま叫び声が聞こえたからな。無視するのはうちの家訓に反するんだよ」  「家訓、ですか?」  「ああ、まあ別に大それた家訓じゃないんだけどさ。っと、じゃあ俺はこれで」  なんだか話しこみそうになってしまったので、早々と話を切り上げて立ち去ろうとする俺。  「待ってください!」  だが、またがっしりと袖をつかまれて引きとめられてしまった。  「一期一会という言葉をご存知ですか?せっかくここで知り会えたというのに、自ら名乗らず私の名前も聞いてくださらないの は無粋だと思います。名前を知らないまま再会するのも、それはそれでドラマチックではあると思いますけど、出会える確率は格 段に低くなってしまいます。だからせめてあなたの名前を教えてください」  ……どうでもいいけど、たまに早口になるな、この女の子。  「了解。じゃあまず俺の名前だけど……」  「あ、姫!ここに居たんだ。捜したんだよ〜」  俺が名乗ろうとしたその時、路地裏に辻女中の制服を着たおさげ髪の眼鏡をかけた女の子が現れた。  「むっちゃん、心配かけてゴメンね」  「もう、姫は人攫いとかかどわかしとか神隠しにあいやすいんだから気を付けてよね」  ………今この子、さらっと凄いこと言わなかったか?  いや、それよりもだ。  「姫?」  「ん、姫。誰この男の人」  「ん〜と、私の命の恩人」  いや、そこまで大それたもんじゃないと思うけども。  「それはそれは。姫がご迷惑をおかけしました」  仰々しくおじぎをするおさげの女の子。  「いえいえこちらこそお構いなく……じゃなくてだな、この子“姫“っていう名前なのか?」  もしくは姫子とか何々姫とか、まあいずれにせよ珍しい名前だ。  あ、姫子はそうでもないか。  「いいえ、違います」  しかし、女の子からは否定の返事が返ってきた。  「私の名前は、北園未帆菜です」  「ミオナ?なんだかカタカナっぽい名前だな…」  「しかも、未来の“未”帆船の“帆”菜の花の“菜”って漢字で書くんですよ」  「でも、それだと“ミホナ”になんねえか?」  「ですけど、私の名前は未帆菜ですから」  「う〜ん、なんだかすっきりしないなあ」  「だからみんな姫のことは“姫”って呼んでるんですよ」  「ちょっと待て、それが一番すっきりしない。なんで姫なんだよ。まさか、本当にどっかの国のお姫様なのか?」  「私は正真正銘、純血の日本人です」  まあ、そりゃそうだよな………  「え〜姫はですね。なんとな〜く姫なんですよ。まあ、付き合ってるうちに徐々にわかっていくと思いますよ」  いや、俺は別にミオナと付き合うわけじゃないんだが……  「ところで、私はまだあなたの名前を聞いていないのですけど」  「ああ、そういやまだだったな」  「ちなみに、私の名前は新月夜空っていうんですよ」  なんだか、また変わった名前の子だ……  「むっちゃん、それはペンネームでしょ」  「ああ、そうでした。本当は木下睦美っていうんですよ」  よかった、普通の名前だ。  睦美でむっちゃん、これも普通だ。  「で、俺の名前なんだが」  「ちょっと待ってください。私、あなたの事知ってる気がするんですよ」  そう言うと、睦美は眼鏡をくいと押し上げ、  「ずばり、あなたは月代高校2年B組の佐伯純也さんですね!!」  と、高らかに宣言した。  「あ、ああ。俺は確かに佐伯純也だが……どうしてわかったんだ?!」  「あなたが佐伯さんだったんですか……私としたことがうっかりしていました」  「本当に水穂さんが言った通りの人だったから、私はすぐにわかりましたよ」  って、水穂?  「どうして先輩のことを?」  「あら、気付きませんか?私の名前は北園未帆菜。上に水穂と保奈美という二人の姉が居ます。父は世界を股にかける大企業 北園グループの会長で、母は昔各地の戦場で恐れられた女傭兵だったとか。現在父はパリに出張中、母はその父の護衛という名 目でラブライフを楽しんでいます。というわけで今家には私たち三姉妹しか住んでません」  ………いや、そこまでは聞いてないんですが。  というか、どういう家族だよ北園家ってのは。  「それでは佐伯さん。さっそく参りましょう」  「へ?参るって何処へ?」  「決まってるじゃありませんか、家で助けて貰ったお礼をするんです」  「家って、君の?」  「当然です。さあ、行きますよ」  こうして否応なく北園家に行くことになった俺。  なんだか最近女の子に振り回されてばっかりなような気がする。  もしかして女難の相でもでてるのか?
─fin─