Nyander Garden

 「ねえ、本当に本当なの?」  何故だか目を爛々と輝かせながら美樹ちゃんが聞いてくる。  「信じる信じないは君の勝手だよ」  と、僕は随分身勝手な返答を返すのだけれども、問い掛けてくる言葉とは裏腹に、美樹ちゃんは僕の言葉を信じきっている ようだ。  「まだいるかな?」  「いないよ、多分」  そうじゃなきゃ助けた意味無いし。  「う〜ん、残念」  「ま、しょうがないよ。昨日の今日だし」  「あれ?これって今朝の話でしょ?」  「その辺は言葉の綾ってことで」  と、こんな他愛もない会話をしながら僕たちは下校中だ。  僕と一緒に帰っているのは永谷美樹ちゃん。  美樹ちゃんとは幼稚園の頃から遊んでるから幼馴染みってことになるのかな?  この辺は幼馴染み認定委員会の判断に従うけど。  「?今変なこと考えてなかった?」  「そうでもないよ」  「ふ〜ん。まあ別にいいけどね」  美樹ちゃんは妙に鋭いけど、あまり深く突っ込んでくることはない。  まあ、僕がしょっちゅう小難しいこととか下らないことを考える癖があること分かってるからだろうけど。  「やっぱり、いないみたい…」  ちょっとがっくりした声で上を見上げる美樹ちゃん。  僕らはいつのまにか斉藤家の近くまで来ていた。  やはりというか当然というかあの猫……シェリーの姿はもはや何処にもない。  そういやシェリーって飼い猫だったのかな?  見たところ首輪とかはしてなかったけど、人に慣れてる感じがしたから野良でもなさそうだし…  う〜む、謎だ。  「あ〜あ、見てみたかったな〜。喋る猫」  ……そういえば飼い猫とか野良とか以前に、どうして喋れるのかの方が謎だった。  でも、それ考えると思考回路がショート寸前になってしまうから敢えて無視してきたのであって決して忘れていたわけ ではなく……  「どうしたの?置いていくよ?」  「あ、うん」  美樹ちゃんから促されてようやく僕は現実へと引き戻された。  ちなみに、美樹ちゃんはすでに僕の前方10mほどの位置を歩いている。  まあ、身長が違うから追いつくのは簡単だけど。  そして、追いつこうと歩き出したその時、  「やあ、また会ったねえ」  「!!」  この声は……  「シェリー?」  「おや、名前を覚えていてくれたんだねえ。嬉しいよ」  「で、今度はどこに登ったんだい?」  「む、馬鹿にするんじゃないよ。もうあんな無茶はしないさ」  「じゃあ、今回はどこにいるんだよ」  辺りを見回してもシェリーらしき猫の姿は見当たらない。  塀の上とか壁の上とかも見てみたけどやはりいない。  「違う違う。今回はここだよ。こ・こ」  と言われても全く見当がつかない。  「ところで、お嬢ちゃんが呼んでるみたいだけど行かなくていいのかい?」  「あ、忘れてた!」  そういえば美樹ちゃんと帰ってたんだった……ってここって、美樹ちゃんの家じゃないか。  う〜む、いつのまにこんな所まで。  って、美樹ちゃん家は斉藤さんの家の隣だったんだった。  もう帰ってしまったのかもしれないけど、とりあえず美樹ちゃんの家に入ろうっと。  で、玄関先まで回ってみると。  「遅いよ!」  と怒鳴られてしまったことよりも、美樹ちゃんが抱いているもののほうに驚いた。  「……シェリー」  「やっとわかったかい?」  「あれ?香澄くん、なんでこの子の名前知ってるの?私教えたっけ?」  「え、あ、いや、なんとなく」  この時の僕の頭はオイルショック時にトイレットペーパーを買い求める主婦で殺到していたスーパーよりも混乱 していた。  まず、落ち着け。落ち着け。こいうい時は確か羊を数えればよかったんだ。  羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……  「香澄くん!遠い世界に旅立とうとしないで」  「あ、ああ、うん」  ふう、どうやら間違ってたみたいだ。  「あいかわらず面白い兄さんだねえ」  「子猫の君に言われたくないよ」  小声で呟く。  「え?え?今何か言った?」  キョロキョロしながら美樹ちゃんが困惑している。  「うん、この子にね」  と、僕はシェリーを指差す。  「あはは。無理無理。この子は話せないわよ」  いや、今実際に話してるんですけど。  「どうやらあたいの声はあんたにしか聞こえないみたいだね。ま、あたいもあんたの声しか理解できないけどさ」  「そう、みたいだね」  僕は美樹ちゃんとシェリーの双方にそう伝えた。  「うん、そうそう」  「ちょいと寂しいけどね」  美樹ちゃんに事実を伝えたらまたややこしくなりそうなので、とりあえず秘密にしておくことにした。  「香澄くん、今日はシェリーと遊んでいく?」  「いや、ちょっと今日は考えたいことがあるから……」  「う〜ん、ならしょうがないね。じゃあ、また明日」  「うん。バイバイ!」  「明日は遅刻しちゃダメだよ〜」  美樹ちゃんと別れの挨拶を済ませた僕は家路につきながら一人考える。  「シェリーの鳴き声ってやっぱり『にゃ〜』なのかな」
<終幕>