吐く息も白く色づく冬の朝。 いつものように通いなれた道を歩いていると、僕の目の前を突然何かが横切った。 驚いて立ち止まり、さっと辺りを見回しても何も見当たらない。 ちょっと気にかかったけど、そんなに時間的に余裕もないので学校へと急ぐことにする。 すると、 「ちょいとそこのお兄さん」 と誰かを呼ぶ声が聞こえた。 それも、かなり近くで。 まあ、僕のことじゃないだろうから気にせずに歩き続けていると、 「ちょっとちょっと、どこに行くんだい?」 と、再び声がした。 まさかと思いつつも僕は立ち止まり聞いてみることにした。 「え?もしかして僕のことですか?」 「そうだよ。あんた以外に誰が居るっていうんだい?」 確かに、辺りには僕一人しか人が居ない。 まあ、もうすぐ学校が始まるからこの辺に人が居たらそれは僕と同じで遅刻寸前ということになる。 「でも、僕まだ小学生なんですけど……」 そう、例え身長が170センチ越えていようが、声変わりをしていようが、大人びた口調だろうが、小難しいことを考えて いようが、僕は正真正銘小学6年生なのだ。 「ありゃ、そうだったのかい?まあ私にゃあんまり関係ないけどね」 大して気にした風もないような声が聞こえてくる。 「ところで、あなたは何処にいるんですか?姿くらい見せてくださいよ」 そう、さっきまで僕は何もない空間に向かって話していたのだ。 傍から見れば結構間抜けな光景だったろうけど、この時間にこんなとこを歩いてるのは僕くらいだろうからあまり気になら なかった。 とりあえず、遅刻は確定だ。 「……あんた、もしかして気付いてなかったのかい?」 あきれたような声がかえってくる。 口調や声音から推測するとどうも女性みたいだ。しかも20代後半、最近彼氏にふられて少々荒れ気味の佐藤美智子(仮)さ んと見た! 「兄さん、そりゃ何の決めポーズだい?」 左手を腰に当て、右手を斜め上方にむけて人差し指で空を指差す僕のポーズを見て美智子(仮)さんは不思議そうに呟いた。 「いえ、気になさらずに。で、美智子(仮)さんはどこにいるんですか?」 「誰だい?美智子(仮)さんってのは?」 「あなたのことですよ」 「おいおい、冗談はよしとくれ。私にはちゃんとシェリーっていう名前があるんだからさ」 苦笑しながら美智子(仮)さん、じゃなかった、シェリーさんは言った。 「シェリー……外国の方ですか?」 「いんや、私は生まれも育ちもこの日本さ」 う〜む、だとすると親が国際派なのだろうか。 「ところで、シェリーさん。もうそろそろ姿見せてくださいよ」 「……あんた、まだ気付いてなかったのかい?はぁ、ちょっと上を向いてごらん」 「上、ですか?」 そう言って僕は上を向いた。 「あ、飛行機雲。明日は晴れだな」 「違う!そっちじゃないよ」 言われて僕は辺りをぐるっと見渡す。 「……だれも居ませんよ?」 まあ、人が空に浮かんでるはずもないのだけれど。 「あんたのすぐ隣に木があるだろう?その木を見てみとくれ」 確かに、僕の隣には斎藤さんの家に植えられた大きな木がある。まあ、何の木かはわからないけど。 その木を見上げると、木の枝に子猫がちょこんと乗っているのが見えた。 そして、その子猫と目が合うと、 「やあ、やっと見つけたかい」 と声がした。 「…………え?」 「そう、私がシェリーさ」 子猫を見つめたまま僕の動きは止まる。 「な、な、なんで?」 「細かい事は気にしないどくれ。じゃあ、さっそくだけど頼みがあるんだ」 「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」 僕の頭はパニック寸前だ。僕はあんまり非科学的なことは信じないことにしている。けれど、僕は今まで子猫と 喋っていたという事実をどう説明すべきか整理する事態に陥っているわけであり、科学的な根拠を追求することに よって…… 「……それじゃ!」 とりあえず、僕はその場を立ち去ることで混乱を収めようとした。 しかし、 「待ちな!」 妙にドスの効いた声で止められ、反射的に止まってしまった。 「どうだい?少しは落ち着いたかい?」 今度はうって変わって優しい声だ。 「まあ、なんとか……」 「よし。頼みって言うのは他でもない。私をここから下ろしてほしいんだ」 「へ?!」 「いや、恥ずかしい話、登る事はできても下りれないんだわ、私」 シェリーを見ると、はにかんでいる……ように見えた。 「じゃあ、用ってそれだけ?」 「なんだい?何か文句でもあるのかい?」 「いや、別にないけど……わかった。下ろせばいいんだよね?」 「ああ、優しく頼むよ」 どうやって下ろすのが優しい下ろし方なのかは分からなかったけど、とりあえず僕は斎藤さんの家に入ることにした。 ちなみに、斎藤さんの家は共働きでこの時間に家にいることはないので塀を越えて不法侵入しても誰も咎めない。 でも、実際にやったら法に触れるから家の人が居るときに中に入れてもらうようにしよう! 「……今、なんか余計なこと考えてなかったかい?」 「ん、何でもないよ」 とりあえず、するすると木に登ってシェリーの元までいく。 まあ、運動神経は割といいほうなので結構楽にいけた。 「おっす」 なぜかチョーさんの真似をしてシェリーに挨拶する。 「……あんた本当に小学生かい?」 「う〜ん、自分でも時々疑問に思う」 「そうかい。まあ、なんだ迷惑かけてすまなかったね」 頬をぽりぽりと掻きながら……ってそう見えるだけかもしれないけどシェリーが言った。 僕はシェリーを抱えて地面に降りた。 「いいって、これくらい。じゃあ、気を付けて帰るんだよ」 「ああ、あんたも勉強がんばりなよ」 そう言うとシェリーはダッシュで走り去った。 その後姿を見送りながら僕は思った。 「猫って喋れるんだ……」 Nyandaful World
<終幕>