いつだって夜は嫌いだった。
 また、夢を見てしまうから──


 
〜幽:星の護人〜
 いつもは静かな私立水ヶ江高校朝の廊下だが、この日は喧騒の中にあった。  どうやら、先ごろ行われた中間試験の結果が、各階の廊下の中央に設けてある掲示板に貼り出されているようだ。  ちなみに、ここ水ヶ江高校は1階が1年生の教室、2階は2年、3階は3年という風に分けられている。  職員室や理科室などの特別教室は別の棟にあるので、この建物、いわゆる本校舎には純粋な教室しか存在しない。  さて、その本校舎2階の掲示板前もその他の階と同様、歓喜の声や落胆のため息などがうずまいていた。  ただ、その中にあって一人、さめた目でその掲示板に書かれた自分の名前を見つめている少年がいた。  少年の視線の先には、  一位 星野智道   と、何の変哲もない文字で書かれていた。  その少年──星野智道は、トップになったことを嬉しがるでも、自慢するでもなく、ただじっとその名前を見つめていた。  そう、まるで予め決められていた結果を確認するかのように──  「よ、ミッチー!またお前がトップだな」  威勢のいい声と共に、智道は背中を叩かれ、思考が遮断された。  「……いい加減その呼び方やめてくれないかな、望月君」  智道は振り返りもせず、叩かれた衝撃で少し位置がずれた眼鏡を右手の人差し指で直しながら答えた。  「ん?別にいいじゃん。減るもんじゃないし」  別段気にする風もなく答えた少年の名は望月聖夜。智道のクラスメートである。  「おー、やっぱり俺の名前はねーや。ま、赤点なかっただけましだよな」  一通り掲示板を見終わった聖夜が呟きにしては大きな声で呟いた。  ちなみに、この掲示板には学年全体の上位50位までの成績が発表されている。  智道はそんな聖夜を無視してさっさと教室に入っていった。  「あ、おい、ちょっと待てよミッチー!」  聖夜は慌てて追いかけるが、智道はそれでも無視している。  「ひょっとして、ご機嫌ナナメか?」  少し心配そうに聖夜が尋ねる。  「……そんなんじゃ、ない」  やっとのことで智道は聖夜の方に顔を向けたが、その顔はあくまで無表情であった。  しかし、聖夜は、  「そっか、なら大丈夫だ」  と、やたら明るく智道に接してきた。  実際の所、智道は聖夜のこんな態度に困惑していた。  (何故、彼は僕につきまとうのだろうか?)  (何故、彼は離れていかないのだろうか?)  (このままだと、また……)  様々な思いが智道の頭を巡るが、決して顔には出さない。嫌、出してはいけないのだ。  誰も傷つけない為には──  「おい、ミッチーどうした?」  気づくと、すぐ目の前に聖夜の顔があり智道はかなり驚いたが、それでもやはり表情は崩さない。  「ん、いや、ちょっと色々考えてただけだよ」  「おいおい。俺と話してる時くらい考え事はなしにしよーぜ?ミッチーはもうちょっと肩の力抜いたほうがいいって」  「望月君は抜きすぎだと思うけど」  「はは、そうかもな。やっぱミッチーには敵わねえや」  無邪気に笑う聖夜。  その笑顔を見る度に智道は不安に包まれる。  (……どうして僕は突き放せない?)  今まで幾度もそうしてきたように。  無視して蔑み、その存在すらを自分の中から追い出して。  親しくなればなるほど、知れば知るほど、“未来”が見えてしまうから──  (それでも、僕は求めているのか)  人の温もりを。  否。  そんなものはとっくに諦めていたはずだ。  そんなものは──  キーンコーンカーンコーン  教室に響くチャイムが、智道を現実へ引き戻す。  「おっと、予鈴だ」  聖夜の言葉と時を同じくして、廊下の喧騒がそのまま教室へとなだれこむ。  「じゃ、俺は自分の席に戻るぜ。っても、隣だけどな」  笑いながら聖夜が自分の席へ着く。  智道はその様子を横目で見ながら、徐々に不安が大きく膨らんでいくのを感じていた。
──数多の未来に彩られ、選ぶ心は我知らず、星の護人陰を為す──