夜はいつだって二人の時間だった。
 そう、満月の夜は特に──


 
〜序:月の双子〜
 闇。  全ての存在を覆い隠してしまう程の深淵の刻。  光。  遥かに見える輝きに誘われるように二人は走った。  唐突に、片方の人影がもう一人に語りかける。  「クミ姉、何で俺たち走ってるんだ?」  「ん〜、知らない」  ……それでも二人は走っている。  「なぁ、クミ姉、一つ聞いていいか?」  「ん?何?」  クミ姉と呼ばれていた少女が急ブレーキをかけたかのように立ち止まる。  「わ、バカ、急に止まるんじゃねえよ!」  その少女にぶつかりそうになりながらも、なんとか持ちこたえた少年が、少女に怒鳴った。  「も〜。姉さんに向かって何よその言い草は」  「姉っつっても、誕生日も年も一緒じゃねえかよ」  「ま、双子だしね」  そう言って二人は笑いあい、しばらくその場で休むことにした。  「ところで、聞きたいことって何なの?イブ君」  そう言って双子の姉──望月津久美は弟の方を見た。  「あのさ、いい加減その呼び方やめてくれねーかな」  半ば諦めた顔で、双子の弟のイブ、もとい望月聖夜が抗議の声をあげる。  「え〜、どうして?ロマンチックで素敵じゃない」  「俺は嫌なんだよ。第一、イブって女じゃん」  「大丈夫、イブ君は充分可愛いよ」  確かに、聖夜の顔は美人の母親に似た綺麗な女顔であった。  また、父親も優しい顔立ちなので、どっちに転んでもいかつい顔にはならなかったであろう。  ちなみに、津久美は父親似で、綺麗というより可愛い顔をしている。  そして、二卵性とはい双子と分かるくらいに、二人の顔は似ていた。  「あーもう、そういう問題じゃなくて。……むぅ、何だか話題がそれちまったから、この話は置いとくか」  「そうだね、イブ君」  聖夜はため息をつく他なかった。  「……じゃあ、とっとと本題に入るけど、一体俺たちって何者なんだ?」  「人間」  聖夜の突拍子もない問いに対して、津久美の答えは単純明快であった。  「いや、そりゃそうだろうけど、普通の人間が宙に浮いたり、水の上走ったり、屋根から屋根に跳び移ったり生身で大気圏突破 したり出来ると思うか?」  「さすがに宇宙空間では呼吸できずにすぐに引き返したけどね」  お茶をすするような気安さで津久美が答える。  二人が話しているこの場所も、実は安藤さん宅の屋根の上だったりする。  「本当に人間なのか?」  「そうなんじゃない?満月の夜以外はこんなこと出来ないんだし」  津久美の言う通り、二人の不思議なこの力は満月の夜以外には働かない。  二人はその事を幼い頃に身をもって体験したのだが、それはまた別の機会に。  「なんか、納得いかねーんだよな」  「そう?私は結構気に入ってるわよ、この力」  「……クミ姉に聞いた俺が馬鹿だったよ」  やれやれといった感じで聖夜が呟く。  「さて、そろそろ帰るわよ」  「ん、そうだな。……ところでクミ姉、今日は一体何しようとしてたんだ?」  「気分転換。イブ君、テスト勉強で参ってたでしょ?」  そう言って津久美は聖夜に軽くウインクをした。  「ったく、クミ姉には敵わねえな」  ふう、と一つため息をつき聖夜は頭をかいた。  「じゃ、行こうか」  「よし。んじゃ、帰って勉強っすっか……って、クミ姉は大丈夫なのか?」  「もち」  自信満々の笑みを返す津久美。  「……しっかし、何で成績だけこんな差があるかなあ。双子なのに」  「そりゃ、イブ君が普段勉強してないだけだって」  「それもそうか」  そして二人で笑いあう。  「と、いうわけで。テスト勉強くらいしっかりね」  顔は笑顔でありながら、目は笑っていない津久美が聖夜に告げる。  「……ハイ」  それに片仮名で答えておとなしく従った聖夜は、一路家を目指して帰り始めた。  「あ、待ってよ〜」  それを慌てて追いかける津久美であった。
──今宵の旅はこれまでなれど、あと幾許の時を経て、月の双子は巡りくる──