見上げる空に……

 窓の外では、今日も雨が降り続いている。  梅雨と呼ばれるこの時期は、晴れ間が見えることのほうが少ないので、それは当たり前のことになっていた。  けれど、それを当たり前と受け入れられるほどには、僕の心は癒されてはいなかった。  あれから、もう一年が過ぎようとしているというのに──  一年前、僕には一つ年下の雄太という弟がいた。  生意気で遠慮がなくて悪戯好きだったけど、どこか憎めなかった。  くだらないことで喧嘩をしたり、一緒に遊んで笑って時には泣かせたりもした。  雄太といるだけで退屈しなかったし、あいつもなんだかんだ言ってはしょっちゅう僕と遊んでいた。  だけど──  それは、一瞬の出来事だった。  その日も、いつものように二人で中学校へと登校していた。  いつものようにいつもの道をふたりでふざけあって進んでいた。  急に、雨脚が強くなる。そして、突風。  「あ!」  雄太の声で、雄太の傘が飛ばされたのがわかった。  傘は、ちょうど道路の真ん中辺りを転がっていた。  そこは丁度横断歩道で、歩行者用の信号も青だったので、雄太は素早く傘のところへと走っていった。  僕はその場で、雄太が戻ってくるのを待っていた。  しかし、雄太は二度と戻ってくることはなかった。  傘を手にしてこちらに向かってくる途中、水溜りに足をとられて転んでしまったのだ。  運の悪いことに信号が青から赤へ変わる。  刹那、僕の目の前を、大きなトラックがすごい速さで横切っていく。  目の前の光景に、僕は我を忘れかけた。  ──雄太が、いない。  それが何を意味するのか僕には分からなかった。いや、分かりたくなかった。  けれど現実は僕を置き去りにして進んでいたようだ。  気がついたら、僕は病院にいた。隣には父さんと母さんが座っていた。  母さんは赤い目を何度もこすっていた。父さんの顔もなんだかやつれている。  そして僕は、見知った顔が一人足りないことに気がついた。  「ねぇ、雄太は?」  聞いた瞬間、母さんは泣き崩れ、父さんは僕をきつく胸に抱きしめた。  そうか、雄太はもう……  僕は現実を理解した。けれど、不思議と涙は出なかった。泣いたら雄太に馬鹿にされると思ったからかもしれない。  誰かが言った。  “雨は空が流す涙だ”と。  空は、僕の代わりに雄太の為に泣いてくれているのだろうか?  それとも、涙すら流せない僕を憐れんでいるのだろうか。  季節が巡れば、梅雨はまたやってくる。  けれど、雄太は二度と帰ってこない。  あの日以来、僕は一度も空を見上げてはいない。  晴れ渡る空は雄太の笑顔を連想させ、今日も広がる雨雲は心の傷に直接響くから。  こんなことを雄太に話したら、「にーちゃんらしくねーよ」と笑って返すだろうけど。  だけど、だけどまだ駄目なんだ。  傷が癒えるまでとは言わない。  せめて、雄太のために泣けるくらい大人になる日まで待っていてほしい。  見上げる空に、虹を見つけるその日までは──
<終幕>