見上げれば、ほら、満天の星空

 夜風が、頬を優しくなでる。  潮の香りが、ほのかに鼻をくすぐってゆく。  潮騒を聞きながら、僕は彼女と夜の砂浜を歩いている。  彼女は不思議だ。  いつもぼくを新鮮な気持ちにさせてくれる。  そして、その度に、僕は彼女を大好きになる。  今日の誘いも突然だった。  彼女は小さな印刷会社で働いていて、結構生活は不規則らしい。  けど、まだ学生の僕としては、あのくらいは不規則のうちには入らないと思っている。  ちなみに、彼女は僕より一つ年上だけど、見た目は僕よりも幼く見える。  本人はその童顔を気にしてるみたいだけど、僕は、拗ねる顔が可愛いので、ちょくちょくからかってしまう。  そうすると、しばらく口を聞いてくれないんだけど、僕がそっと手を握ると何も言わずに握り返してくれる。  そして、次に目があったら、二人で笑いあうんだ。  おっと、話がそれてしまったね。  僕たちがこうして夜の海辺を歩いているのは、彼女が海を見てみたいと言ったからなんだ。  彼女の提案はいつも唐突で、そして魅力的だ。  じつを言うと、僕は夜の海というものを見たことがなかった。  だから、空の青を映し出さず、ただ灯台や彼方を進む船の光だけを浮かべた海は、不思議で神秘的だった。  そんな僕の興奮を知ってか知らずか、彼女は黙って僕の隣を歩いている。  と、急に彼女が立ち止まる。  そして、僕の瞳を見つめてこう言うんだ。  「……キス、しようか?」  彼女の瞳は冴え渡る空よりも澄んでいて、僕は、その言葉に逆らうことなど出来ない。  僕たちは互いに瞳を閉じて、口唇を重ねる。  瞳を閉じるのは、多分、照れとかそんなのじゃなくて、相手と溶け合えるような気がするからだと僕は思っている。  キスが終わっても、僕は彼女の身体から離れたくなくて、肩を寄り添わせてまた歩き出す。  遠くで、船が汽笛を鳴らしている。  空では星たちが瞬いて、僕たちの行方を見つめていた。
<終幕>