六月の少女3

 夢を見ていた。  夢と呼ぶにはあまりにもハッキリしていて。  でもどこかボンヤリしていて。  つい最近のことなのに、なんだか凄く懐かしい、そういう感じの夢。  夢?  いえ、多分これはキオク。  今まで忘れたと思っていた、忘れようと封じ込めてきた、あの頃の私の記憶。  ああ、父さん、私………  「寝ちゃったのかな?」  僕の膝の上でかすかな寝息をたてる純の顔を覗き込んで、沙月はそう呟いた。  「そうみたいだね」  その髪を優しく撫でながら僕は答える。  今日は、純の誕生日。  純の歓迎会も兼ねて、昼には店を閉めてささやかなパーティーを催したのだ。  参加者は僕・沙月・純の3人だけだったけど、それで充分だった。  「それにしても、沙月はちょっとはしゃぎ過ぎだったんじゃないのかい?多分、純も呆れて寝ちゃったんだと思うよ」  くくっ、と笑いながら僕は言う。  「何よ!メイだって……いや、メイがはしゃいでるとこなんて見たことないけど、それでもたまにはハジケたくなる時があるで しょ?ね?私の場合、それがまさに今日だったってわけよ」  「君は毎日ハジケてると僕は思うけどね」  「なんですって!!」  「しっ、純が起きるよ」  言われて、ムスっと口をつぐむ沙月。  けれどその顔も、純の寝顔を見ていると自然に綻んでくる。  「…………本当、可愛いわよね。食べちゃいたいくらい」  「食べちゃだめだよ」  「食べるか!……………………ねぇ」  不意に、沙月の声のトーンが変わる。  「“魔法使い”って一体何なの?」  その単語に、純の体が一瞬ピクリと反応したが、すぐに寝息が聞こえてきた。  「そうだね、沙月は知っておいたほうがいいかもしれない」  僕は一瞬純に視線を落とし、語り始めた。  「世間一般で言われる魔法使いと、僕らの世界の“魔法使い”には大きな差があるんだ。沙月、魔法使いって聞いて真っ先に思 い浮かぶのは何?」  「え〜と、空飛ぶほうき?」  ちょっと考えたあと、沙月はそう答えた。  「うん。世間一般の魔法使いは、ほうきに跨って空を飛ぶって思われてるよね。だけど、僕らの世界の“魔法使い”は空を飛ぶ のにほうきなんて使わないんだ」  「あ〜、なんか小説で読んだことある」  沙月はこう見えても結構な読書家だ。  読んでるものの大半はライトノベル、主にライトファンタジーなんだけど。  だから、裏の仕事に順応するのが早かったのかもしれない。  そして、沙月の最大の長所は、小説と現実の区別がはっきりとついていること。  だからこそ、仕事を安心して任せられるんだ。  「まあ、小説みたいに高速で飛んだり、一瞬で遠いところまで行くっていうことは出来ないと思うけど」  「へぇ」  「それに、やっぱりほうき使って飛んだほうが楽だしね」  「なんじゃそりゃ?!」  思わず沙月がずっこけた。  「それはそれとして、現在、この地球上に“魔法使い”という称号で呼ばれる人物は三人しかいないんだ。一人は『灰色の聖者』 アルフレッド=オーガスト。一人は『沈黙の魔女』エリザ。一人は『堕天の英雄』アーク=スフィア」  「ちょっと待って、君は違うの?」  「この間純にも言ったけど、僕は“魔法使い”じゃない。まあ、確かに“魔法使い”と呼ばれていた時期もあるけど今は違うよ」  「ふーん、そうなんだ」  さして興味なさげに沙月が呟く。  「でも、さ。純が言ってる“魔法使い”っていうのがそっちの“魔法使い”とは限らないんでしょ?」  「いや、確実にこの三人のうちの誰かだよ」  「うーん、なんで君はいつもそんなに自信満々なのかなぁ。しかも、根拠のある自信なんだからやんなっちゃう」  やれやれ、といった感じで肩をすくめる沙月。  「OK、わかった。これ以上難しい話されても私にはわかんないから。とりあえずその三人探せばいいのかしら?」  「いや、一人でいいんだ。そして探す必要もないよ」  「へ?」  沙月が調子外れの声をあげる。  「『真なる7』の一つである魔銃、“マジシャン・バスター”。その名の通り、“魔法使い”を倒せる唯一にして無二の武器。 ただし、それは結果としてそうなったために付けられた名前であって、本来の目的は“魔法使い”を倒すことじゃない」  「本来の……目的?」  「そう、その目的とはただ一つ。『堕天の英雄』アーク=スフィアの抹消」  「抹消って………穏やかじゃないわね」  「それはそうだよ。僕は本来、そういう世界の人間だから。沙月が知ってるのは、こっちの世界のほんの側面でしかないんだ」  「まあ、それはわかってるけど………………ところで、説明長引きそう?」  「そうだね、夜が明けるくらいには終わるよ」  「OK、メイ。その話はまた今度聞くわ。最後に一つだけ」  「何だい?」  「純が、そのアークを倒す必然性はあるの?」  「ある。魔銃に選ばれるというのはつまり、そういうことなんだよ」  「そっか、やっぱり。でも、どうしてこんな小さな女の子が銃を握ったりしなくちゃいけないんだろ」  哀しそうな目で僕を見て、寂しそうに沙月が言う。  「私って、無力だなぁ」  「そんなことはないよ」  僕は、優しい目で沙月を見た。  「だって、僕をここに止めているんだから」  「むー、何こっ恥ずかしいこと真顔で言ってるんだろうね、この人は」  「恥ずかしいことなんてないさ。だって本当のことなんだから」  「……………そっか、そうだよね。鳴、愛してる」  「僕もだよ」  それから軽い口付けを交わし、沙月は店を後にした。  「……さてお姫様、今の話はいかがでした?」  僕は視線を下に向ける。  「気づいてたの?」  ぱちり、と純の目が開く。  「まあ、ね。沙月は気づいてなかったみたいだけど」  「そう。とりあえず、気づいてたなら子供の前でいちゃつくのはやめてください」
<続く?>