六月の少女2

 「やあ、お帰り」  御手洗沙月が模型店『伽藍堂』の扉を開けると、この店の主人兼沙月の恋人の真北鳴がいつもと変わらぬ挨拶を返してきた。  「ただいま、メイ!って、そんなことよりこの娘でどうよ?」  意味不明の言葉と共に抱きかかえていた少女を鳴に差し出す沙月。  そんな沙月の行動に慣れきっている鳴は特に驚く様子もなく、少女に目を移す。  少女は意識を失っているように見えるが、よく見ればその顔は安らかで、単に眠っているだけのようだ。  「うん、間違いない。この娘だよ」  「うっしゃ!じゃあ早速温泉へGOよ!」  「まあ、そんなに慌てないで。ちょっとこの娘に聞きたいことがあるんだ」  そう言って早速温泉旅館へ電話しようとしていた沙月を制止する鳴。  「お姫様が目を覚ますまで待たなくちゃね」  「………力ずくで起こしてもいい?」  自分の腕で眠る少女の頬をプニプニと押す沙月。  「ダメ」  あっさり笑顔で却下する鳴。  「じゃあ、奥で寝かせるわね」  「あんまり可愛いからって変なことしちゃダメだよ」  「しません!!」  少女が目を覚ますと、見知らぬ空が飛びこんできた。  (ここは?)  倒れていた体を起こし、辺りを見回す。  どうやら、どこかの部屋の中らしい。  それで、さっき見た空が天井だということに気付く。  視線を落とすと、薄手の毛布がかけられている。  ベッドで寝ていたらしい。  と、外の方から声が聞こえてきた。  「え〜、全部行ってもいいでしょ〜」  「無理言うんじゃないよ。大体3泊4日でどうして別府と登別と草津と下呂と軽井沢に行けるんだい?それに最後の軽井沢 には温泉ないと思うけど」  「ぶ〜ぶ〜。いいじゃん少しくらい無理したって………あら、お姫様が目覚めたみたいよ」  少女が起きたことに気付いた沙月が、少女の側に寄る。  「おはようお姫様。気分はどう?どこか痛いとことかない?なんであんなとこから落ちたの?そもそもあなた誰?何者?」  早口でまくしたてる沙月。  少女は何からどう答えていいかわからずに視線を宙にさまよわせた。  その様子を見て、満足そうな笑みを浮べる沙月。  「おいおい、子供相手に勝ち誇ってどうするんだよ。さて、まずは自己紹介からしとこうか」  そう言って、鳴は少女に目線をあわせるようにしゃがんだ。  「僕は真北鳴。一応このお店の主人だ。で、こっちが僕のパートナー兼恋人の御手洗沙月」  はろはろ〜と手を振る沙月。  「じゃあ、君の名前を教えてくれるかな?」  「純。川瀬純」  「ジュン?ふ〜ん、男の子みたいな名前ね」  「そのジュンはどんな漢字を使うの?」  そう言われて純はちょっと考えこんだ。  どうやら適切な例えがすぐには浮かんでこなかったようだ。  「じゃあ、これにちょっと書いてみて」  鳴は胸のポケットからメモ帳とボールペンを取り出すと純に渡した。  純は、渡されたメモ帳に自分の名前を記した。  お世辞にも綺麗と言える字ではなかったが、「純」という字が認識できたので問題はない。  「純、ね。いい名前だ」  「ねえねえ、純は何才なの?」  「もうすぐ九才」  「もうすぐって………あなた六月生まれなの?」  こくん、と頷く純。  「ちなみに何日?」  「25日」  「へぇ、25……って明日じゃない!こうしちゃいられないわ!!」  慌しく去っていく沙月。  それを不思議そうな顔で見送る純。  「ああ、沙月のことは気にしなくていいから。誕生日とか結婚式とかそういう祝事は盛大に祝わないと気が済まない人なん だ、彼女」  はぁ、と気のない返事の沙月。  「それに、新しい仲間が増えるお祝いでもあるんだ」  「仲間?」  「そう。純、今日からこのお店の仲間にならないかい?」  あまりにも唐突な鳴の誘いに、その言葉が純の脳に響くまでにかなりの時間を要した。  「………私、が?」  「うん」  「この、お店の?」  「うん」  「仲間……」  「うん、仲間。同僚っていう言い方も出来るけど、仲間っていうほうが温かみがあっていいでしょ?」  「でも、私、まだちっちゃいから……それに、やらなくちゃいけないことあるし……」  「“魔法使い”を探すんでしょ?」  その“魔法使い”という単語に、びくんと反応する純。  「まさか、あなたが……」  「いや、残念ながら僕は“魔法使い”じゃないよ、ちょっと似てるけどね。じゃあ、ちょっとしたクイズをしてみようか。 簡単なイエスノークイズ。でも答えたくなかったら答えなくていいからね」  突然の鳴の提案を拒否する暇もなく、イエスノークイズは始まった。  「第1問。このお店から買った銃を使ったことはありますか?」  首を縦に振りイエスと答える純。  「第2問。その銃で人を撃ったことはありますか?」  首を横に振りノーと答える純。  「第3問。“マジシャン・バスター”という名前を聞いたことはありますか?」  ノー。  「第4問。自殺願望はありますか?」  ノー。  「第5問。学校は楽しいですか?」  イエス。  「第6問。テストは嫌いですか?」  イエス。  「第7問。最近学校に行ってますか?」  答えない。  「第8問。帰る家はありますか?」  答えない。  「第9問。進むべき道は見えますか?」  答えない。  「では、最後の質問。お父さんとお母さんに会いたいかい?」  瞳を涙で濡らし、大きくうなずく純。  「そう、君は普通の女の子なんだ。泣きたい時には泣いていいんだよ。何もかも一人で背負いこむことはない。その荷物は 君には重すぎるんだ。だから、僕と沙月で決めたんだよ、君の荷物を支えてあげようって」  「あなたがビルから落ちたのは、きっとその重さに耐えられなかったからよ。でも大丈夫。落ちそうになったら私たちが引 っ張ってあげる。もしまた落ちてしまったとしても、この前みたいに私が受けとめてあげる」  いつの間にか店に戻ってきていた沙月が優しい口調で純に話しかける。  「だって、私たちは仲間なんだから」  「……ひっく……っく…ぅああああん!おとうさん!おかあさん!なんで居なくなったの?!わたしを置いて行かないで! 返して!返して!!おとうさんを返してぇ!おかあさんを消さないでぇ!!!」  今まで心に止めていた感情が溢れだし、一気に口から流れ出る。  堪えていた涙の堰が外され、とめどない雫となって降り注ぐ。  「それでいいんだ。耐えることなんてまだ覚えなくていい。今は泣いて、泣いて、泣いているだけの純粋な子供のままで」  そっと純の頭を撫でる純。  その様子を穏やかに見守る沙月。  純は、そんな二人に囲まれて、いつまでもいつまでも泣き続けた。
<続く?>