五月の恋人たち

 その日最初のお客さんは、こんな場所には似つかわしくない小さな女の子だった。  中学生にしては幼すぎる顔立ちだが、小学生と言うのはためらわれる目をしている。  一通り店内を見て回ったその子は、てくてくと歩いてくるとカウンターに立っていた僕にこう告げた。  「銃が欲しい」  あまりにキッパリというものだから、冗談で  「何を殺すんだい?」  と尋ねたら、  「魔法使い」  と即答されたために僕は、  「あるよ」  とつい本当のことを喋ってしまった。  「………で、君はその子にアレを売っちゃったってわけ?」  事の顛末を沙月に話すと、案の定僕をジト目で睨みつけてきた。  「うん。客商売は信用が第一だからね」  まあ、そんなのはいつものことなので軽く受け流しておく。  「それに、もともとアレはあの子の物だったんだと思うよ」  「そんなわけないでしょ!アレは魔銃の中でも『真なる7』に数えられてる“マジシャン・バスター”なのよ!!」  沙月は興奮すると、人の体を揺する癖がある。  そんなわけで今僕は局地的な地震を体感しているわけだ。  「それに、あれは私の今回の報酬だったじゃないの!!!!客商売は信用が第一じゃなかったの?!」  やはり本音はそれか。  「だって沙月はお客さんじゃないから。パートナー兼恋人」  「君のその台詞は聞き飽きました」  はぁ、とため息をつく沙月。  「で、頼んでたものとってきてくれた?」  「そりゃちゃんとあるわよ」  そう言って小さな袋をカウンターの上に置く沙月。  「君と違って、私は律儀な女だからね」  しっかりと小言も付け加えて。  「それに、こういうモノ引きとってくれるお店って日本じゃここだけじゃない」  「まあ、それもそうだね」  そう、僕の店には表と裏の二つの顔がある。  表向きの顔は、エアガンやプラモデルなんかを売ってるどこにでもあるような模型店。  渋いマイナーな商品も常備しているので、マニアな人たちの間では重宝されているらしい。  で、裏の顔。  それは一般的な認知度は皆無の『マジックアイテムショップ』だ。  てっとり早くいうと、ロールプレイングゲームにありがちな道具屋と武器屋と防具屋なんかをごっちゃにしたような店。  いわゆるオーパーツなんかも取り扱ってる、日本では唯一のお店だ。  この裏の商売のことを知ってるのは沙月を含めてごく僅かな人数でしかない。  だから、あの少女がうちの裏の顔を知ってるとは思えない。  なのに、あの少女はうちに置いてある“商品”を求めてきた。  すなわち、それは“商品”が持ち主を選んだということだろう。  珍しいケースだけど、今までなかったわけでもない。  沙月が腰に差しているナイフ、“陽炎”がそうだったように。  「で、君はこれで何をしようとしてるわけ?」  カウンターの上の袋から中身を取り出して沙月が聞いてきた。  「これただの琥珀でしょ?わざわざ私に頼むことなかったんじゃない?」  沙月は小さな塊をマジマジと見つめている。  「いや、ただの琥珀じゃないんだ。もう少し目に近づけて覗いてみてよ」  「?別に変わんな……………え?何、今の?」  「で、何が見えた?」  「わかんない……けど、確かどっかで見たことあるようなもの……」  「うん、本物みたいだね。それは“デジャヴュストーン”っていう魔石の一つなんだ。その石をじっと覗くと今までに見た 事がある映像が一瞬だけ映るんだよ。何が映るかはわからないけどね」  「へー。でも、君はこれを何に使うつもりなの?」  「秘密」  ちょっとお茶目に答えてみた。  「意地悪」  ぷーと膨れる沙月。  「まあ、悪いことにだけは使わないから安心していいよ」  「わかってるわよそんなこと。君がその気になれば世界を敵にまわしても負けないって知ってるんだから」  「そうだね。で、君に一つ頼みがあるんだけど」  「はいはい。今度は一体何を探せばいいのかしら?」  「んー、女の子」  「女の子って、まさか……」  「そう、そのまさかだよ。沙月に“マジシャン・バスター”の所有者を探して欲しいんだ。そして見つけたら彼女を助けて やって」  「助けろって言われても……保護するの?それとも守護?」  「そのへんの判断は沙月に任せるよ。アレの所有者として不適格だと思ったら、剥奪してもいい」  まあ、そんなことはないだろうけど。  「で、今回の報酬は?」  む、なんだか不満気な顔だ。  「そうだね。3泊4日の温泉旅行なんてどうだい?場所は沙月に任せるよ」  「では、早速出発します!待っててねメイ!!」  嵐のように沙月は店を出て行った。  相変わらずわかりやすい。  ちなみに、メイというのは僕の名前で漢字では「鳴」と書くのだが、まあそんなことは別にいいか。
<続く?>