ホタル

 「悲しくなったら、いつでもここに帰っておいでよ」  自分を指差して微笑む君の姿が、僕の胸に染み込んでいく。  ほんの些細なすれ違いと、お互いのことを気遣う余りに離れていく僕ら。  それでもまだ、君は僕を受け入れてくれるという。  僕は、気づくのが遅すぎたのだろうか?  君は言った。  「もっと大人になれば、上手に恋愛できるのかな」  僕は言った。  「もう少し子供だったら、素直に恋愛できるかもね」  そして、僕達は大人にも子供にもなれないまま過ごした。  「私は、待ってるから」  運命のレールから逃れようとする僕に、君はそう告げた。  その、懐かしい歌にも似た声の響きが今は胸に痛い。  君にそこまで甘えてもいいのだろうか?  だけど、君がいるから僕が旅立てるというのも事実なんだ。  僕は言った。  「追いかけたい夢があるんだ」  君は言った。  「夢を追いかけるなんて素敵じゃない」  素敵でもなんでもない、僕は現実から目を背けただけだ。    できることなら、この時間をいつまでも止めておきたい。  君の笑顔を焼き付けておきたい。  旅立とうとする僕にとって、それは正しいことではないのかもしれない。  ただの幻なのかもしれない。  それでも僕は忘れたくない。  闇の途中でやっと気づいた光を。  すぐに消えそうで、悲しいほどに鮮やかな君の姿を。
<終幕>