遥か

 「待ってよ〜、智ちゃ〜ん、彩ちゃ〜ん」  後ろから、唯笑が二人を呼ぶ声が聞えてくる。  「ったく、歩くの遅すぎるぞお前」  ブツブツと文句を言いながらも、しっかりと歩く速度を落とす智也。  自然と智也の歩調に合わせる彩花。  「違うよ〜。智ちゃんたちが速すぎるんだよ〜」  ようやく追いついた唯笑が智也に食いかかる。  「そうね。急ぎの用でもないんだし、智也もたまにはゆっくり歩いたら?」  クスクスと笑いながら、唯笑の味方にまわる彩花。  「そうだそうだー」  「きたねえぞ、彩花!おまえだってさっきまで俺と一緒に唯笑を置いて歩いてただろうが」  「てへっ、バレたか」  「うう、そうだそうだー」  「しかし、そもそもだ。ピクニックに行こうって言い出したのは、唯笑、お前だっただろ?なんで言い出しっぺのお前が遅刻し てくるんだ?」  じとっ、と唯笑を睨む智也。  「だって〜、今日のこと考えるとなんだかドキドキして眠れなかったんだもん!」  「お前は小学生か!」  「まあまあ、二人とも夫婦漫才はそれくらいにしときましょうね?」  「ほえ?彩ちゃん、メオトマンザイって何?」  「しっかし、今日は晴れてよかったよな〜」  唯笑の言葉を無視して智也が言う。  確かに智也の言う通り今日は雲一つない晴天だ。  桜の季節にはまだ少しだけ早いが、肌に感じる風は非常に心地良い。  「まあ、最近じゃ雨が降る日のほうが珍しいけど、それでも晴れてよかったね」  「そりゃ、晴れるよ!だって私てるてる坊主20個作ったんだから!」  「そんな物まで作ってたのか!」  「あら?私も作ったわよ?」  「あ、彩花。お前もか……」  「え〜、じゃあ智ちゃんは作らなかったの?」  「当たり前だ!」  「唯笑ちゃん、智也の場合はね、作らなかったんじゃなくてね、作れないのよ」  「へ〜、そうだったんだ〜」  「こらそこ!適当なことを言うんじゃない!!そしてお前も信じるな!」  唯笑の頭を軽くポコと叩く智也。  なにするのよ〜、と智也をポコポコと叩き返す唯笑。  そしてそんな二人の様子を、微笑みながら見ている彩花。  これが、三人にとっての日常。  なんてことはなく、平和で、少し退屈で、それでも幸せな毎日。  この現実が壊れることなど、今は想像すら出来ない。  「じゃあ、このへんでお弁当にしましょうか?」  「うわ〜い!!唯笑、もうお腹ぺっこぺこ〜」  「ったく、本当、お前歳いくつだよ」  三人がやってきた場所は見晴らしのいい小高い場所にある公園。  東西に街並みを、北には山を、南には海を見ることが出来る、ある意味贅沢な場所。  「んじゃ、いっただきま〜す」  唯笑の元気な挨拶とともに食事がスタートする。  「あ、こら唯笑。食べ物はちゃんと箸を使って食え。行儀が悪いぞ」  すっかり父親モードの智也。  「たくさん食べてね。いっぱい作ってきたから」  ニコニコとそんな二人の様子を見ながら食事する彩花。  「バカ、から揚げから食うやつがあるか!こういう場合はだな……」  なぜかガンコ親父モードへと変化する智也。  「うう、彩ちゃん。智ちゃんが壊れたよ〜」  「はいはい」  そう言って智也の後頭部をパコーンといい音をさせてはたく彩花。  「はっ?!俺は一体……じゃなくて!何すんだ、彩花」  「智也、悪ノリしすぎ」  「むぅ、バレていてはしょうがない」  「え?え?え?」  一人だけさっぱり何が何だかわかっていない唯笑。  それでも5秒後には何事もなかったようにまた弁当をつついている唯笑であった。  「ごちそうさまでした〜」  「ふう、けっこう、いや、かなり食ったな」  「ええ、私も全部なくなるとは思ってなかったわ」  「……ならそんなに作るなよ」  「でも作ってると止まらないのよね〜」  「そんなもんかね。ま、そんなことよりも」  と言って大地に仰向けに寝転がる智也。  「空、綺麗だよな」  誰に言うでもなく、独りそう呟いていた。  「空、飛べるかな?」  いつのまにか智也の隣りに寝転んで空を見上げていた唯笑の小さな声。  「飛べるわよ」  二人の姿を見下ろすように座っていた彩花の確かな声。  瞳を閉じる。  羽根の生えた自分が見える。  どこまでも、どこまでも高く飛んでいく。  風を受け、雲を抜け、空の果て、遥か遥か遠くまで。  「うん!飛べた!」  ばっ、と上体を起こして空を掴もうとする唯笑。  「まあ、悪くはないな」  ゆっくりと起きあがる智也。  「でしょ」  穏やかな微笑みをたたえる彩花。  風は、心地良く頬を撫でている。  もしも、もしも時の流れが風に乗るのならば。  この瞬間を一片の想い出に添えて。  変わることのない未来へと届けてくれるよう。  夢で見た翼に願いを託して。
<終幕>