I Love Fish!

 「おはよう」  「おっはよー」  朝。  教室で友達と挨拶を交わす。  何気ない風景。  何気ない朝の一コマ。  きっと、周りの皆も私と同じような景色を見ているのだろう。  「おはよう、真純。ねぇ、英語の宿題だけどさー」  気安く話しかけてくる彼女は、香坂奈央。  愛称はナオ。  けれど私だけは別の呼び方をする。  「やったけど、見せてあげないよ、サカナ」  「っていうかさー、いい加減その呼び方やめてくんない?大体語呂悪すぎっしょ」  「いいじゃん、私が魚好きなんだから」  「わけわかんねー。じゃあ私もあんたのことタマって呼ぶよ?」  「それはヤメテ」  これが、私とサカナのいつも通りのやり取り。  時には喧嘩もするし、やめて欲しい癖や理解できない趣味もあるけれど。  それでも私とサカナは親友だ。  ちなみに、なぜタマかというと私の名前が杉田真純だからだ。  まあ、似たもの同士ということで。  いつからだろうか、サカナの様子がどことなく違ってきたのは。  最初は、私さえわからないほどの小さな変化だった。  例えば、いつもは奥から二番目のトイレに入るのに一番手前に入るようになったとか。  例えば、弁当のおかずに入っていた沢庵が黄色から白に変わったとか。  例えば、靴を履くのは左からだったのが右に変わったとか。  そんな些細な変化。  だから、私もそんなに気にしないでいた。  けれども。  右利きだったのが左利きに変わったり。  一人称が急にボクになったり。  なぜかランドセルを背負ってきたり。  明らかな変化に周囲も困惑を隠せないでいた。  もちろん私も戸惑った。  「ねぇ、サカナ。最近ちょっと変じゃない?本当に魚になっちゃうよ?」  「そんなことあるか!」  と、ツッコミはいつも通りなのだが、妙に違和感がある。  いつもなら掌でツッコムのに今のは裏拳だった。  もっと細かく言えば、いつもなら「そんなわけあるか!」というツッコミのはずだ。  やはりおかしい。  それでも、別に誰に迷惑をかけているわけでもないのでクラスの中でも大した問題にはならなかった。  せいぜい、私がボケるタイミングが掴みづらくなったぐらいか。  漫才師や芸人ならば致命的な問題かもしれないが、幸い私たちはそのどちらでもない。  クラスの中では似たような位置にあったような気もしなくもないがこの際それを気にしてもしょうがない。  実際、「最近、あんたらの芸に張りがないよ?」と佐藤さんに言われたのも黙っておこう。  「真純〜、昼ご飯屋上で食べよ」  「うん」  と、そんな変化に驚きつつも私たちは今まで通りの生活を送っている。  「でもさ、なんでちょっぴり変わったの?」  「え、何?」  「いやまあ、今のサカナもなかなか味があっていいんだけどね」  「そうかなぁ。ボク、何か変わったっけか?」  相変わらず自分では自分の変化に気づいていないらしい。  「ま、気にしても仕方ないか」  「そうそう。ボクが居て、真純が居て、弁当がある。それで充分でしょ」  「確かにお腹は空いたけどねー」  と言って、サカナの弁当箱からミートボールを一つ拝借する。  ちなみに何故かサカナの弁当は愛妻弁当風味だ。  これも変化の一つであるのだが。  「うーむ、美味」  「ふむ、この玉子焼きもなかなか…」  いつのまにか私の弁当から玉子焼きを頂戴しているサカナ。  「どうでもいいけどさー。サカナ、まだ刺身食べれないの?」  「ダメ。なんか身につまされる」  「そっか。残念」  折角ならば、味覚のほうも変化してくれればよかったのに。  「っていうか、身につまされるって何さ」  「真純がいつもサカナサカナサカナ〜♪って歌うから!」  「いや、歌ってない歌ってない」  そんな他愛のない話をしながら空を見上げる。  まばらに雲の浮かんだ微妙な青空は、それでもやっぱり清々しかった。  「平和だねぇ」  「平和ですなぁ」  二人して妙に年寄りくさい感慨にふける。  熱い日本茶でもすすりたいところだが、生憎そんな用意はしていなかった。  「じゃあ、そろそろ戻りますか爺さんや」  「ええ、婆さんや…って誰が爺さんだ!」  そう言って二人でケラケラ笑い出す。  いつまでもこんな日が続くと思っていた。  いつまでもこんな日が続けばいいと願った。  サカナはちょっぴり変わったけど、私との関係は何も変わらなかった。  逆に、私が変わっても、この関係は有り続けるものだと思うから。  そう、思いたいから。  だから、声に出して言おう。  風に乗せて歌おう。  「私は、香坂奈央が、大好きなのだ!」
<終幕>