Ever stay snow

 降り止まない雪はどこまでも白く。  踏みしめる感触はどこか遠く。  呟く声は微かに響く。  「……迷ったか」  「『迷ったか』じゃな〜い!!」  「ぐぉ!!」  杏花の渾身の一撃が稔の後頭部に直撃する。  「お前、元気でいいな」  体積が何割か増した頭をさすりながら、稔は杏花に目をむける。  「ったく、な〜にが『こっちの方が近道だ』よ。あんたを信じた私が馬鹿だったわ」  やれやれといった感じで杏花が両手を広げる。  「いや、昨日滑った時は本当にこっちのが近かったんだって。まあ、まさかあんなに吹雪くとは思わなかったけどな。 はっはっはっ」  「笑い事か!!」  「ずぎゅっ?!」  今度は杏花の肘が下腹部に決まる。  「ったく。なんであんたはそんなにノーテンキなの?私たちは今遭難してるのよ?そ・う・な・ん!!」  「ふ〜ん、そう……」  なんですか、と続けようとした稔であったが、杏花から発せられる殺意の波動を肌で感じ必死で言葉を飲みこんだ。  「まったく。……ねえ、本当にどうするの?」  「な〜に、心配ないさ。こんな時は必ずどっかに灯りのともったロッジなんかがあるはずさ」  「そんな“お約束”な展開あるわけ……」  「ほら、あそこ!!」  「え?!嘘………って、何もないじゃない」  「いや、いたんだ。キタキツネが」  杏花はいっそ一思いにストックでサクっといこうかという思いをなんとか踏みとどまり、鳩尾への肘鉄で我慢した。  「はがっ!!」  「まぎらわしいことすな!それにここは北海道じゃないから、キタキツネなんていないわよ」  「……そうだったのか。俺はてっきり北海道だと思ってたんだが……だからやたらと早く着いたんだな」  「多分、北海道の方がここより着くの早いと思うけど?」  「な、馬鹿なこというでねえ!ここよか北海道のほうが遠いだろ。なのに何で北海道のほうが早いんだよ!っていうか ここは何処なんだ?」  「馬鹿はあんたよ。ここには空港がないから電車とかバスとか車で来るしか交通手段がないでしょうが。北海道には飛 行機で行けるのよ?」  「あ、そうか」  「分かればよろしい」  「で、ここは何処なんだ?」  「そ、それは企業秘密よ」  「う〜む、怪しい……」  「それより、ほら、さっさとロッジでもコテージでもかまくらでもいいから探しましょうよ」  そう言って杏花はサクサクと歩いていってしまう。  ちなみに、二人ともスキーの腕前は上級者であるが、なにしろこの辺りは道が平らなので歩くしかない。  「あ、おい、待てよ!」  慌てて杏花を追いかける稔。  すると、前を歩いていた杏花が急に立ち止まった。  「?どうしたんだ」  追いついた稔が声をかける。  「ここって、もしかして……」  稔が杏花の視線をおうと、その先には灯りのともったロッジらしき建物が目に入った。  しかも、その建物には見覚えがある。  「ああ、“シュプール”の裏手だな」  “シュプール”とは、稔と杏花が宿泊しているペンションの名前である。  「よかった、助かったのね」  心底安心した声で杏花が呟く。  「な、言った通りこっちが近道だっただろ」  「結果的には時間かかっちゃったけどね」  そう言って微笑む杏花。  「さて、“シュプール”の場所もわかったことだし……」  稔が“シュプール”に背を向ける。  「あの〜、稔さん?何をなさるおつもりですか?」  杏花の笑顔が次第に引きつる。  「決まってるだろ?キタキツネを捕まえるんだ!」  「させるかぁ!!!」  言うが速いか、杏花は稔の首根っこを引っつかみ問答無用で“シュプール”へ向かった。  その後には、稔の声にならない叫びが残響を残していた。
<終幕>