その日、わたしは海を見ていた。 何をするわけでもなく、ただ、ぼうっと。 夜風が運ぶほのかな潮の香りが、私を波打ち際まで誘う。潮風はやさしく私の肌を撫でてくれる。潮騒など聞こえてない。 見事なまでの凪。 夏の海がこんなにも静かで、こんなにも張り詰めているとは、思いもしなかった。 砂浜を歩く私の足音だけは、確実に辺りに響いているはずなのだが、私の耳には届いてこない。 静寂。月光。そして、闇。 それだけが私を包んでいる。今の私にはそれが全てだった。 鼻孔をくすぐる潮の香りも、肌に心地よい潮風も、歩くたびに感じていた砂の感触も、全てが希薄に感じられていた。 その光が私の視界に飛び込んできたのは、そんな時だった。 ちょっとした浮遊感を味わっていた私は、すぐ地に足がついた。現実に引き戻された悔しさから、私はその光の元へと駆 け出した。 その光は浅瀬から発していた。私は服が濡れるのもお構いなしに浅瀬へと足を踏み入れた。光に近づくと、それは二ヶ所 から発していることがわかった。 光を真上から見下ろして、私は愕然とし、すぐに目を背けた。光っていたのは─── 光っていたのは、人間の女の目だった。一目で死んでいることはわかった。首から下のからだが無かったからだ。血はで ていないので、それほど恐怖は感じなかった。 それにしても、何故こんな所に死体が。いや、この場合、体がないから死体とは呼ばないような気がする。やはり、生首 だろうか。 もう一度その生首を見てみる。目の光はいつの間にか消えていた。今は、瞳を固く閉じている。 閉じている? さっきまでは開いていたはずだ。おかしい。 私は急にこの生首興味が湧き、水から出して月光に照らしてみた。 美しい。 それが正直な感想だった。 濡れた長い黒髪は、見たこともない艶やかさで、とても死人のものとは思えない。肌の色も土気色ではなく、なぜか生気 をはらんでいる。触ってみて分かったが、肌の張りも申し分無い。そこで私は彼女は生首ではないと確信した。 そして私は、彼女に魅了された。 DARK EYE
<終幕?>