「先輩、本当に大丈夫なのか?」
 不安げに尋ねる少年の声に答えるよう、長い黒髪の少女は静かにこくりと首を縦に振った。
 「でも、来栖川先輩。なんだか、辺りの様子が変じゃありませんか?」
 きょろきょろと視線を泳がせながら、短めの髪にリボンを巻いた少女がたずねる。
 黒髪の少女──来栖川芹香は、それに「大丈夫です」と答えて儀式を再開した。
 そう、今、ここオカルト研究会の部室では儀式が行われているのだ。
 以前、芹香の隣りで心配そうに儀式のなりゆきを見守る少年──藤田浩之のために行った“降霊の儀”が失敗に終わったので、
再チャレンジさせて欲しいと芹香が浩之に頼んだのである。
 ただし、今行われているのは“降霊の儀”ではない。
 浩之の希望で、芹香が今研究中の儀式を手伝うことになったのだ。
 そして、たまたま浩之と一緒に帰ろうとしていた少女──神岸あかりも成り行きでその儀式に付き合うことになってしまった。
 さて、その芹香が研究中の儀式を“転移の儀”という。
 これは、あらかじめ印をつけていた場所に一瞬で移動できるというものであるが、芹香はまだ研究中のため短い距離しか移動
できない。
 そういった理由で、今回は学校の屋上に印をつけた。
 それに、成功する確率も3割だと聞かされていたので、浩之もあかりも失敗すること自体は疑問に思わない。
 ただ、
 「ねえ、浩之ちゃん!やっぱり変だよ!」
 「ああ。先輩!なんか嫌な予感がする!!今のうちにやめてくれ!」
 しかし、トランス状態にある芹香に二人の言葉は届かない。
 二人が取り乱すほどに部室の中の様子は異常だった。
 芹香の前の床には、儀式用の魔法陣が描かれているわけだが、そこを中心として不可視の力が部屋の中に渦巻いているのだ。
 それが、普通の風でないことは、浩之たちがその身に受ける衝撃の大きさに反して、部屋の中に置かれた装飾品や、芹香が身に
着けているマント、さらに浩之やあかりの髪すらも何の動きも見せないことでわかる。
 「なあ!先輩!!」
 浩之が不可視の力に逆らうように芹香へと手を延ばす。
 同時に、
 「………!!」
 芹香が呪文の詠唱を終えた。
 「せんぱ〜〜い!!!あかり〜〜〜!!!!」
 「ひろゆきちゃ〜〜〜ん!!」
 「…………………!!!」
 不可視の力は時流の渦となり、三人を飲みこんだ。
 浩之は必死に手を延ばし、あかりと芹香を掴もうとしたが、あかりと手が触れたその瞬間にまばゆい光につつまれて、

 意識を、失った。




 

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