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誰かが、俺を呼ぶ声が聞こえる。
その声をとても懐かしく感じる。
いつも側に居て、気が付けば隣りに居て、微笑みを向けていた。
その少女が今、俺を呼んでいる……
EPISODE T─A ━水鏡の森━
「あかり!!」
ハッと目を覚ました浩之がまず目にしたのは、そびえるように林立する木々たちであった。
「ここは……どこだ?」
どうやら自分が仰向けで寝ているらしいことに気づいた浩之は、とりあえず両腕を支えにして上半身を起こそうとした。
「つっ……!」
と、手に力を入れると、ちくりと手のひらに小さな痛みが走った。
どうやら何かを握っていたようだ。
不思議に思い、手を開いて中を見てみると、
「これは……!」
中にあったのは、あかりがいつも鞄に着けていた、浩之があかりの誕生日にあかりに贈ったくまのキーホルダーだった。
「あかり…………そうだ。あかり?先輩?二人ともどこに行ったんだ?!」
ようやく、二人が居ないことに気が付いた浩之は、大声で二人の名前を叫びながら森の中をさまよい始めた。
「あかり〜〜〜!!!せんぱ〜〜〜い!!!くそっ、二人ともどこに居るんだ?その前にここは何処なんだよ!さっきから同
じ景色ばかりだぜ……」
先の見えない森の中、歩けども歩けども辺りは一向に開けてこない。
あてどなく歩きつづける浩之だが、不意に妙な感覚にとらわれた。
(誰かに……見られている?)
ふと、後ろを振り向いてみるが、そこには誰もいない。
「気のせいか……」
と呟いて歩き出そうとしたその刹那、
「伏せて!!」
鋭い声が浩之の耳に届いた。
「な?!」
唐突に聞こえたその声に一瞬戸惑った浩之だったが、気迫に満ちたその声に尋常でない何かを感じ素早く身を伏せた。
その、浩之の上を一陣の風が駆け抜ける。
「はぁ〜〜〜〜、せいっ!」
掛け声のあと、浩之の背後でザクッという鈍い音が聞こえた。
日常ではあまり聞くことのない音だが、確かに聞いたことがある音。
そう、それは包丁で肉を切る音によく似ていた。
(一体、何が起こったんだ?)
「ふぅ、もう大丈夫よ」
さっきの声の主が浩之に近づいてくる。
ただ、先程のように厳しい声ではなく優しい声だ。
ここで始めて、浩之は声の主が女性であることに気づいた。
「ねぇ、怪我とかしてない?」
「ああ、大丈夫だ」
浩之は立ちあがって服についた汚れを払いながら、女性の声がする方を振り向いた。
「そう。それはよかったわ」
しかし、女性のその言葉は浩之の耳に入らない。
なぜなら、浩之は女性の後ろに倒れていたモノに目を奪われていたのだ。
それは、普通のネズミの20倍はあろうかという巨大ネズミの死骸であった。
しかもその巨大ネズミは、口元から尾にかけて綺麗に両断されている。
さらに、浩之が見ている目の前で、そのネズミはドロドロと溶け出し、やがて跡形もなく消えた。
「なぁ、おい!あれ、あんたがやったのか?!」
今まで巨大ネズミがあった場所を指差しながら、浩之は目の前の女性にたずねた。
それに対して、
「そうよ」
と、さも当然のように答えた女性は少し表情を険しくして、
「ねえ、あなた。折角私が助けてやったのに、お礼の一つも言えないわけ?」
と浩之に詰め寄った。
「助けた……」
その言葉を聞いた浩之は、ハッとさっき置かれていた状況を把握した。
(俺は……あの巨大ネズミに狙われていたのか……)
そして、浩之は女性に対して深々と頭を下げ、
「助けてくれて、ありがとう。あんたが居なかったら俺はどうなってたかわからない」
と真摯に礼を述べた。
その言葉を聞いて、
「いや、まあそこまでしてくれなくてもいいんだけどね」
と、女性は多少照れくさそうに頬を掻きながら答えた。
「けど、あなた妙な格好してるわね」
浩之の全身をじっと眺めながら女性が言う。
その浩之の格好は、白の半袖カッターシャツに黒のスラックスという、男子高校生としてはいたって標準的な格好だった。
「そうか?俺はあんたの格好の方が奇抜だと思うけどな」
対する女性の格好は、浩之が今まで目にしたことのないような姿である。
いや、正確には現実の世界では、ということになるか。
その女性の格好は、漫画やアニメの世界で一度は目にしたことがあるような格好だったのだ。
その赤を基調とした服は、どこかドレスに似ていたが、ドレスよりも各段に運動性が高いようだ。
「はぁ?あんた何言ってんの?」
どうやら浩之の言葉は、女性の機嫌を損ねてしまったようだ。
しかし浩之はマイペースに、
「そういや、あんたの名前まだ聞いてなかったな。俺は、藤田浩之ってんだ」
と自己紹介をはじめた。
「フジタヒロユキ……う〜ん、なんかどっかで聞いたことある名前ね。ま、いいわ。私はリミ。リミ・ナナセよ」
「リミ・ナナセ?名前のほうが先なのか?!ってことはここは日本じゃない…いや、でも日本語で会話してるわけだし……」
「何ブツブツ言ってるの?」
「なあ、一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「ここって何処なんだ?」
その言葉を聞いたリミは一瞬我が耳を疑った。
「……そんなことも知らずにここに来たの?フジタヒロユキ」
「あ、俺の事は浩之でいいから。それに、“来た”んじゃなくて正確には“居た”んだと思う。俺にもよくわからんけどな」
「ふ〜ん、なんだかワケありのようね」
「ワケありついでにもう一つ聞くが、この近くで女の子見かけなかったか?」
その問いに、リミは静かに首を横に振った。
「そうか……」
「この“水鏡の森”はね、結界の範囲外だからさっきのジャイアントラットみたいな魔物がいるの。だから、ここに民間人が
入りこむことはめったにないのよ」
「結界……?」
浩之は、聞きなれない単語に戸惑いを覚える。
「だから、こんな所に長居は無用。帰りながら話は聞かせてもらうわ」
「ああ、わかった」
浩之とて、もうあんな巨大なネズミに襲われたくはないのでリミの意見に同意した。
「じゃあ行くわよ、ヒロユキ」
「おう」
二人は、こうして“水鏡の森”を抜けるべく歩き始めた。
