月を見上げていた。 真円とは言い難い、どこか歪な曲を持つ月を。 コトリ…… 静かに響くその音に、少女は視線を宙から外す。 少女が立つ場は校舎の屋上。時刻はとうに日付を変えている。 本来なら少女が居ることすら拒まれるこの場所に、新たな客が訪れた。 (祐一……じゃない) 少女の頭に、少し前に知り合ったお節介な下級生の姿が浮かんだが、その客の気配で違うことが容易にわかった。 「誰?」 少女は視線を闇に向け、その先に抜き身の剣を突きつけるようにかざす。 剣の切っ先が、月の光を反射するかのような鈍い光を放つ。 「川澄舞、さんね?」 闇から声が返ってくる。 まるで、闇をも従えるような凛と冷たい声が。 そして返事を待たずに、声が続ける。 「十二年前、この町で起こった事件のことは知っているかしら?」 じり、と気配が動く。 二人の距離が徐々にせばまる。 少女の柄を持つ手に、わずかに力がこもる。 と、 キィィィィィィィィィィィン………… 少女の持つ刃が輝きを放ち、静かな振動音を響かせた。 「これは………共鳴」 対峙している相手に突きつけていた切っ先をことりと下に落とし、戦闘体勢を崩す。 「あなたの持つその剣は、星涙が一つ『霞』ね。あなたもこの地に住まうものならば、星涙の伝説は知っているはず。切なく儚 い一夜の悲劇の物語を」 影が動く。 その姿を月明かりが照らす。 現れたのは、女。 一瞬の凪が途切れ、風が長い髪を揺らした。 「十二年前、同じ悲劇が繰り返された。そして……………あなたも感じているのでしょう?」 少女は返事をするかわりに、下ろしていた剣を天空へと向かって突き上げた。 剣は、月影を反映するかのようにその輝きを増した。 ゾクリ、と少女の背に冷たい汗が走り、慌てて剣をかざすのをやめた。 「これは………」 「もともと、星涙とは呪われているものなの。あなたの剣『霞』に鞘がないように。私の珠『霊』が楕円であるように」 そう言って女は、胸のペンダントを強く握った。 「それが、あなたの?」 「ええ、『霊』とは即ち珠、でも決して玉とは言えないのが皮肉なものね」 女が自嘲気味に笑う。 「それはそうと川澄さん」 「舞でいい」 「そう、わかった」 「それより、あなたの名前を教えてほしい」 「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は柏木千鶴。私のことも千鶴でいいわよ」 「ん」 「単刀直入に言うと、舞、あなたの力を貸してほしいの」 「………」 舞の、柄を握る手にぎゅっと力がこもる。 そして、 「私に、力なんて、ない」 力なく呟くと、舞は千鶴に背を向けその場を後にしようとした。 「また、逃げるの?」 一瞬、舞の歩みが止まる。 けれどそれは本当に一瞬で、すぐさま舞は千鶴の視界から消えていった。 「ちょっと、焦りすぎたかしらね」 舞の姿が消えた闇を見やりながら、千鶴はふぅと肩で息をした。 「でも、諦めない。もう二度と、星に涙を流させてはいけないのだから」 『霊』を強く握り締める千鶴の瞳には、強い決意の色が浮かんでいた。 1st Anecdote 「Night Sight 〜夜見(ヤミ)〜」
【See you next Dream……】 ![]()