━K━


今日は週末か。この人並み、見ればすぐに分かる。
明日は休みで、みんな浮かれ顔。足取りも軽い。
でもオレにはそんなこと関係ない。
仲間もいなけりゃ友達もいない。親もいない。
天涯孤独の身。
オレの曲がったしっぽは、名誉の負傷の証。自慢なんだ。
もちろん、オレの毛が黒いのも、ね。
でもな、オレは黒いってだけで、人から忌み嫌われる。不吉な色だって。
そんなの知ったこっちゃない。
人間が勝手に決め込んだ、それだけだ。

いてっ

ほらまた、石を投げられた。
身が軽いから大抵は避けられるんだけど、たまには、当たっちまう。
一体、オレが何をしたっていうんだ?
オレはあんたらに迷惑なんてかけてない。
そりゃあ残飯を漁ることはあるけど、誰も傷つけてないはず。
なのにどうして人間はオレを嫌うのか。
毛が白いってだけで、性格悪いやつもいるのにさ。
人間なんて…

「こんばんは、素敵なおちびさん」
誰だ、こいつ。
「僕は絵描きさ。僕らお互いにひとりぼっち。よく似てるね」
俺の事、捕まえてどうする気だ?
やめろ、抱き上げるな、触るな!
オレは絵描きの腕の中でもがき、引っ掻いた。
絵描きはそれでも嫌な顔はしなかった。
オレは逃げた。
オレの中で、生まれて初めて味わった感覚。
あれが、優しさってことなのか?温もりってやつなのか?
いや信じちゃだめだ。
どうせあいつも人間。
俺の事、不吉なやつだって思ってるに違いない。
信用しちゃ駄目だ。
人間なんて…

絵描きは、俺の事を追いかけてきた。変わり者だ。
オレの付けた引っ掻き傷。でも絵描きは俺の事を怒っている様子はない。
それどころか、優しそうな眼差し…


それから2年。
オレは絵描きと過ごした。
絵描きはオレに「holy night」と名前を付けてくれた。
黒き幸。聖なる夜。
そんな意味らしい。
オレは、絵描きに甘えるようになった。どこへ行くにもくっついて行った。
絵描きなんてのは、もともとそんなに食っていける商売じゃない。
なのに、俺の事ばかり描くようになった。
スケッチブックには、不吉な黒猫の絵ばかり。
そんなもの、売れるわけがなかったんだ。
だから絵描きは、痩せていった。
オレに餌をくれる分、自分じゃあまり食ってなかったんだ。
オレは甘えていた。だから、そんなことにも気付かなかった。
あの手紙を渡されるまでは。
「この手紙を、僕の帰りを待つ恋人に届けてくれ。
僕は自分の夢を追いかけて、飛び出してしまった。
でも彼女は待っていてくれるって、信じてる。お願いだ」
なんだよ、おい、どうした、動けよ絵描き。
なんで冷たくなってんだよ。
オレのことばかり描いてるからそうなったのか?

ちくしょう。

分かった、手紙は受け取った。
オレは届ける。恋人の元へ。
それが絵描きへの友情の証。

走った。
走りながら、思った。
絵描きは優しかった。
人から忌み嫌われるオレを「聖なる夜」と呼んでくれた。
優しさも温もりも全て詰め込んで…
オレはひとりじゃなかった。
ひとりじゃなかったんだ。
オレは親友のために走る。
そうか、これがオレが生まれてきた意味だったんだ。

恋人の家は遠かった。
でもオレは走り続けた。全身傷だらけになりながらも。
疲れた。でも休まない。オレは走る。

もう少しだ、あと数キロで恋人の家だ。
どこの街でも一緒。
オレは忌み嫌われ、石を投げられる。
でももう平気さ。オレは負けない。
罵られても。
蹴られても。
負けない。
おれはholy night。
絵描きがそう呼んでくれた。
オレは嫌われるだけの存在じゃないんだ。
負けるもんか。
くそっ、後ろ足をやられた。千切れそうに痛い。
でも引きずってでも行く。
それが絵描きとの約束。親友との約束。
負けてたまるか。

着いた。ここが絵描きの恋人の家だ。
くわえてきた手紙、ちょっとボロボロになっちまったけど。
でも渡した。
これで、約束は果たしたよ、親友。

恋人は、冷たくなったオレを庭に埋めてくれた。





オレは絵描きの腕の中。
やっぱり温かいや。
「恋人は、きみの名前に『K』を加えたみたいだ」
「なんだよ、それ」
「holy knight。聖なる騎士って意味さ」
「ふぅん。ところで、手紙には何て書いてあったんだ?」
「それは、内緒だよ」
「これからも…ずっと一緒にいていいのか?」
「もちろんさ。僕ら、よく似てるからね」




━了━